10 衝突
「本当に、何もかも予想外! どこからここのことを嗅ぎつけたのかは知らないけど、一体どう言うつもり?」
魔女のお母さまが紫色の瞳を座らせて仰った。
怒っていらっしゃるの?
どうして、魔女のお母さまは怒っていらっしゃるの?
「それは俺が先に言った。質問に答えるのはお前が先だろ、魔女ヴァイオレット」
「あら、あたしの名前くらいは知ってたのね。アウトキリア国の王太子キースさまは」
「嫌でも知らざるをえないからな、立場上、あんたのことは特に」
「光栄なこと、とでも言っておけば満足かしら?」
どうして……、どうしてこんなに刺々しい会話になっているの?
魔女のお母さまは、この方をご存じなの?
貴方も、魔女のお母さまのことをご存じだったの?
ぐるぐると頭の中で繰り返される疑問を伝えることができなくて、私はただ二人を交互に見ているだけだった。
「質問に答えろ、コレは何だ?」
「見て分からないの? それ以前に、人へのものの聞き方すら分からないわけ?」
「御託はどうでもいい! 俺が知りたいのは、何故“魔具”をこいつが作っているかってことだっ!!」
荒々しく私が作っている途中だったものを、貴方は掴み魔女のお母さまへと突き出した。
魔女のお母さまは突き出された腕を乱暴に払い除けて、魔女のお母さまよりも高い背丈の貴方を見下された。
低い位置からでも、明らかに見下されていたの。貴方のことを!
「あたしより遥かに劣っている魔力しか持っていないくせに、調子にのってんじゃないわよ。この、若造が」
「貴様……っ!!」
「勝手に人の領域を踏み荒らしておいて、ただで済むと思ってんじゃないわよ?」
ぱちん、と。
魔女のお母さまが指を鳴らした。
私は知ってる。
コレは魔女のお母さまが魔法を使うときに、いつもすること。
怒った魔女のお母さまが何をするかなんて、簡単に想像できるけれど。私は動けなくて……
「目障りだわ」
「なっ!?」
貴方は、外の世界へと放り出されて……消えてしまった。
たったまばたき一回している間に、貴方は窓の外へと消えてしまった。
“また”の約束もなく、帰ってしまった!
私を置いて、貴方は……!
「―――――…!!」
慌てて窓辺に駆け寄っても、外の世界を覗き込んでも、貴方の姿は見当たらない。
鮮やかな赤色の髪が何処にも見えないの。
魔女のお母さまは、どうしてこんなことをなさったの……!?
どうして、こんなことをなさるの……!?
「ラプンツェル、アレとはいつから……いや、何回会ったの?」
疲れたように髪をかきあげた魔女のお母さまに、ゆるゆると三本指を立ててみせる。
初めてお会いしたときに、忘れられないようなキスを落とされた。
二回目は、激しく鳴った胸に満ち足りた気持ちを残してくださった。
三回目の今日は……
「三回も侵入を許したなんて……。目眩ましの魔法だけじゃダメってことかしらね」
貴方の安心する温度の腕を知って、不安を残された。
たった三回の逢瀬だったのに、貴方はこんなにも私の心をかき乱すのはどうして……?
「もうアレがここに来ることはないわ。あたしの領域を犯させやしな……ちょっと、何で泣いてんのよ」
涙が、勝手に溢れてくるの。
あの方のことを想うと苦しくて、勝手に涙が流れてしまうの。
どうしてかしら。
私の世界には、魔女のお母さまさえいらっしゃればそれでよかったのに。
今はこんなにも、貴方がいらっしゃらないことが苦しい。
「アレが心配なの? 大丈夫よ、アウトキリア国の王太子は魔法が使えるって有名だから。これくらいで死にやしないわよ」
あぁ、魔女のお母さまが優しく涙を拭ってくださる。
でも心配なの。
あの方が無事でいらっしゃるか、お怪我などしていらっしゃらないか、心配で仕方がないの。
あの方のこと以外を考えられないの。
「いい加減泣き止みなさい、ラプンツェル」
涙は、止めたくても止まらなかった。
止め方も分からなかった。




