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異世界召喚逃走劇

作者: nore

 日も昇らぬ早朝から、俺は全速力で走り続けていた。

 背後には相変わらず“アイツ”が追ってきている。

 魔法で増強された身体能力をフルに活かしても、完全に引き離すことは無理なようだ。


「いい加減、諦めたらどうだ? しつこい男は嫌われるってよく言うぜ」

「…………」

(チッ、だんまりかよ)


 相手は無言を貫いたまま、聞く耳も持たずに俺を追い続ける。


 いや、よく考えると、聞く耳を持たなくともしょうがないのだ。

 全力で走り続けていたせいか、頭が全く回っていなかったようだ。

 返す言葉もないどころか、返す口さえない相手なのをすっかり忘れていた。




 そう、俺を追い続けている相手は“召喚魔法陣”なのだから。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 物心が付いたときから俺は魔法が使えた。幼いながらも、それが異常な事であることに気づいていたのか人目に付くところでは使用しなかった。

 その結果、人の少ない早朝に裏山で魔法を練習することが日課となっていた。


 今日も例に漏れず魔法の練習をしているところだ。

 体中に魔力が広がり、やがてまた収束していくのを感じる。直接的に魔法として放つ前に魔力を練り込む練習をすることで、眠気を覚まし、気持ちを切り替える。

 

 そんなことをしている時だった。

 突然足元が淡く光ったかと思うと、魔法陣が形成されていた。


 魔法陣が現れるほどの魔法ということは、相当に強力な物のはずだ。

 咄嗟に後ろに跳び、衝撃に備えて身を屈める。


 しかし、魔法陣は一度強く光った後にそのまま消滅した。


 いよいよもって大変だ。

 攻撃系の魔法でないということは、特殊系。

 そして直感的に、転移召喚魔法であることを察してしまった。


 物語の登場人物の中には召喚魔法に巻き込まれて異世界に旅立つ者たちもいた。

 でも、そんなの俺はご免だ。

 美しいお姫様との出会いや、恐ろしい魔物との戦闘は物語だから楽しいのであって、現実の自分には荷が重すぎる。


 魔法陣が消えた地面を睨みながら、身体強化の魔法をかける。

 召喚を望んでいるのなら、一度失敗しただけで諦めるとは思えないからだ。

 すると予想した通り、もう一度足元に魔法陣が形成された。

 

 今度は走ってこれを避ける。

 この場は危険と考え、そのまま裏山を下ることにした。

 少し離れた所にあるリュックサックを回収しながら、逃走ルートを頭の中で思い描く。

 振り返ると、魔法陣はすぐに消えることはせず、多少ラグはあるものの後をたどるように追ってくる。


「何か転移させれば諦めるか?」

 そう呟き、回収したばかりのリュックサックを魔法陣めがけて放り投げたが、魔法陣に変化はなく、そのまま俺を追い続ける。

 無生物では効果がないのかもしれない。

 とにかく打開策が浮かぶか、相手の魔力が切れるまで逃げ続けようと心に誓った。





 裏山を降りること数分、すぐに変化はやってきた。

 魔方陣の追いかけてくる速度がゆっくりになり、点滅し始めたのだ。


 魔力切れの兆候かもしれない。

 異世界から魔法を飛ばしてきていることを考えると、それを維持するだけでも計り知れない程の魔力を使用するのだろう。

 一息付けるなと思い、走る速度を落とした直後、魔法陣は急加速をしてきた。


「おわあ」

 思わず情けない声を出してしまう。

 急いで速度を戻し後ろを見ると、さっきまでの変化はなんだったのかと言いたくなるくらい最初と同じ速度で魔法陣が追ってきていた。

 かわりに俺との距離は若干詰まっていた。


 どうやらこの魔法を操っている奴は、相当にたちが悪いようだ。





 やっと裏山を抜ける。

 ひとまずの目的地は犬小屋だ。

 無生物には反応をしなかったが、ある程度の大きさの生物になら召喚魔法が発動するかもしれない。

 俺はひと思いに犬小屋を飛び越えた。

 

 魔法陣が犬小屋に達した途端、それは強く光った。

 目を向けると犬小屋から犬が居なくなっていた。


「ロッキいいい―――!! 本当に消えるとは思ってなかったんだ。出来心だったんだ。謝るから帰ってきてくれ!」

 今更ながらに自分の犯した罪の重さを知った。

 自分の身を守るためならともかく、実験感覚でロッキーを異世界に送ってしまった。

 これで償えるとは思わないが、お前の好きだった骨の形をしたジャーキーをお供えに行くよ。


 そう心に誓っていると、再度、犬小屋の前に魔法陣が現れた。

 同時にロッキーが何もない空間から現れる。


「ああ、ごめんよロッキー。そして、お帰りロッキー!」

 ロッキーの口を縛るかのように結んであった赤い紐をポケットにしまいながら、俺は心の底から再会を喜び感謝した。

 

「ワンッ!」

 

 ロッキーも気にするなと言っているように思えた。


 そんな感動の再会を邪魔する物がいた。

 召喚魔法陣だ。

 奴はキョロキョロと犬小屋から円を描くかのように動き、周りを見渡すような動作をし始めた。

 そして、その動きで俺の位置を確かめたのか一直線に向かってきた。

 またもや追い駆けっこが始まるが、残念だったな魔法陣。

 ここからは、走り易い舗装された道路だ。





「いい加減、諦めたらどうだ? しつこい男は嫌われるってよく言うぜ」


 叫んだところでしょうがない、さすがに逃げ続けるのも限界を感じてきた。

 かれこれ1時間は走っている。

 俺の魔力も底を尽き始めた。


 ここまで逃げ続けてわかったことだが、どうやら俺の魔力に反応して追いかけてきているようだ。

 魔法を解除することでやり過ごせるかもしれない。

 どうせ限界が近いんだから、思い立ったら行動あるのみだろう。


 目の前の曲がり角を急いで曲がり、更に脇の細道に入って身体強化の魔法を解除する。

 念のため傍にあった地蔵の影に隠れて、息を殺して様子を窺う。


 すると魔方陣がキョロキョロし始めた。

 成功か? いや、また罠かもしれないな。


 しばらく見ていると、諦めたかのようにトボトボともと来た道を戻りだした。



「やっと諦めたか」

 あれから数分経った後、堪えていた息を吐き出す。


「これで一安心だな。でも、あれだけ追い続けてきたんだから、話だけでも聞いてあげればよかったかもな」

 少しだけ罪悪感に包まれて、そんなことを呟いていた時だった。

 体中を寒気が通り抜けた!


 直感に任せて振り返りながら跳ぶと、そこにはいつの間に回り込んで来たのか魔方陣がいた。

 魔法陣の向こう側から、ニヤリと笑っている顔が透けて見える気がした。


 急いで身体強化を掛け直し、細道から出ようとすると、目の前の道一面に魔方陣が出現していた。

 万事休すだ。

 思わず空を仰いでしまう。

 その視線の端には、ジリジリと距離を詰める沢山の魔方陣達がいた。





 お腹と背中がくっついたり、頭と足が引っ張られたりしたような感覚のあと、気づくと俺は床に座っていた。


 目の前には、女性と言うにはまだ早いくらいの女の子が1人立っているだけだ。

 民族衣装なのか、所々引き裂かれたような細工が施された美しいドレスを着ており、雪の様に真っ白な髪は赤い紐で片側を結ばれている。

 異世界人との対面に高揚しているのか頬は紅色に染まっており、肩も小刻みに震えている。


 そんな彼女が話し始める前に、俺は先手を打つことにした。


「まだ協力するとは言っていません。話を聞きに来ただけです」

「我もひとこと言いたいだけじゃボケ―――!」


 ビシッと指差しながら彼女は叫んだ。

 あれ、何か怒っていらっしゃる?

 突き付けられた指に噛んだ跡があるのに気付いた俺は、理由を察して宥める。


「まあまあ、逃げられ続けてイライラしたからって指を噛むのは行儀が

「お主の犬に噛まれたのじゃナス―――!」」


 食い気味で喋られたのには驚いたが、そんなことなら心配無用だ。


「大丈夫です。狂犬病の予防はちゃんとしてあります」

「そういう問題か―――!」

「いたいいたいいたい」


 両手でポコポコ叩かれると、痛くなくても言ってしまう。


「わかりましたよ。ちょっと失礼しますね」

 これくらいなら無詠唱でも治すことができる。

 彼女の手を取り撫でるだけで、たちまち傷は癒えた。


「その魔法の才能を見込んで力を借りようとおもったのじゃがの」

「先ほど言ったように、僕は協力するつもりはまだありませんよ」


 ここで流されてはいけない。

 俺には帰る家も、帰る世界もあるのだ。


「そもそも協力を乞える状況じゃなくなってしまっての」

 そう言いながら髪留めを外し始める彼女。

 あれ?この髪留め、どこかで見たような気が?


「そんな状況じゃなくなった?」

 思い出せないままオウム返しに尋ねる俺と、俺の手を取り髪留めを結んでくれる彼女。


「そうじゃ、もう手遅れなのじゃ。『バインド』!」


 気づいたら拘束されていた。

 思い切り両手を離そうとするも、びくともしない。


「え、ちょっと待っ」

「王女を傷付けた犬の責任者として、お主には罰を与えねばならないのじゃ。悪気はなかったかもしれぬのじゃが、これも法で定められておっての」

「え、嘘だろ? 弁明の機会は?」

「すまんが極刑なのじゃ。刑罰の内容は流罪、つまり島流しじゃ」

「え、あ、あれ?」


「さらばなのじゃ、異界の民」

 その言葉が聞こえたと同時に、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 お腹と背中がくっついたり、頭と足が引っ張られたりしたような感覚のあと、気づくと俺は地面に横たわっていた。

 どうやら俺は、島流しにあったらしい。


 視線を動かすと細道の傍にある地蔵が目に入り、元の世界に送られたのだとわかった。

 いや、もともと異世界に召喚なんてされていなかったのかもしれない。

 変な夢を見ていただけかもしれない。

 そう思えるほどのやりとりしか交わせられなかった。


 起き上がろうとして、手に違和感を覚えた。

 視線を下げると、そこには髪留めで拘束された両手があった。

 魔力の繋がりが断たれたからか、力を込めると髪留めは簡単に外れた。

 

 胸の中が寂しさで一杯になった。

 なんだかんだと言いながら、異世界での出会いを楽しみに思っていたことに、今更気づいた。





 家に帰りながら、もう一度出会えたとしたら何をしようかと想像を膨らませる。

 まず初めに、傷つけたことをちゃんと謝ろうと思う。

 それから自己紹介をしよう。

 まだ彼女の名前すら聞いていなかった。

 今度こそ、物語の登場人物のように、異世界を楽しもうと心に誓った。


 そんなことを思っている時だった。

 突然目の前が淡く光ったかと思うと、魔法陣が現れた。

 同時に手紙が何もない空間から現れる。


『元の世界に流された異界の民へ

 一番大事な要件を言い忘れておったのじゃ。もともとお主は、髪留めを回収するために呼んだのじゃった。

 ついカッとなって犬の口を縛ったは良かったのじゃが、魔法陣で回収しようとしたら、お主が持って逃げ出したのじゃ。

 あれは我が家に代々伝わるものであっての、嫁入り道具でもあるじゃ。じゃから魔法陣に2つとも置いてはくれんかの。

 犬に噛まれた我より』


 顔を上げると、魔法陣が目の前で待機していた。

 ご丁寧に、中央に箱まで置いてある。


「ここに入れればいいってことか」

 そう呟いて、俺はポケットから赤い紐を取りだす。


 丁度、日が昇り始めたところだった。


 間違っても途中でどこかに落とさないように2つの髪留めを結ぶ。


 そして俺は身体強化の魔法を再度かけ直す。

 魔力は異世界にいたおかげか、回復しているようだ。

 目の前の魔法陣が急かすかのように、左右に小刻みに動いているが気には止めない。


 俺は赤いブレスレットを巻いた後、魔法陣の向こう側へ伝わるように叫ぶ。



「予行練習は終わりだ! さあ、本番を始めようじゃないか!」



 だから俺は、踵を返して走り出す。


 流罪の期限が切れ、また異世界に行けるようになる日まで。


 唯一の繋がりを断たないように、この髪留めを守りながら――




 逃走劇を続けるのだ。


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