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雨上がりの床下

よろしくお願いします。

しとり。しとり。


雨が降っている。このところずっとこんな天気だ。


飼い猫のタマ(本名:カルム)は家の床下でのんびり雨の音を聞いていた。


昔はこんなに降っていなかったとババ様は言っていた。


ここは人里離れた民家。近くにある家は一軒だけで、後は草木が好き放題に伸びている。


カルムは雨の日が好きだ。いつもはうるさいほどバタバタとしている人間たちが静かにしているからだ。


ポカポカと暖かい日は確かに好きだが、何日もすれば飽きてしまう。


今日は久しぶりの雨。


カルムは縁の下で落ちる雨粒を眺めていた。


「おや?」


雨の中に影が見える。隣の家のプラタだ。


「やあ、やあ、どうしたのプラタ。びしょびしょじゃあないか。さあさ、早く入って。」


「悪いね。うちの家はどこもかしこも穴だらけでね。水溜まりが多いんだよ。」


しとり。しとり。


プラタは隣の家に住むハツカネズミだ。優しそうなおじいさんとおばあさんが住む隣の家に住んでいるのは、おじいさんとおばあさんとプラタだけだ。


「こんな天気の日にわざわざどうしたの?」カルムは雨の中に体を出し、プラタが濡れないようにして招いた。


「やあ、カルム。実は面白い話を聞いたんだ。」


そう言うとプラタはあたりに誰もいないかと周囲を見回した。


「まあ、座りよ。何か食べ物を持ってくるから。」


プラタは他に誰もいないことを確認するとしっぽでくるくるとわっかを作り、それを頭からくぐるようにして座った。


「すまないね。」


体の大きさはカルムの十分の一にも満たないプラタだったが、カルムとは大の仲良しである。


このあたりにはプラタの家に住むおじいさんとおばあさん、それにカルムの家に若い夫婦が住んでいる。


そして老夫婦の家にはプラタが住み、若い夫婦の家にはカルムが住んでいる。後は動物も含めて誰も住んでいない。


もちろん野山には花が咲き、木々が乱れ、そこにはたくさんの動物がいるだろう。


しかしカルムもプラタも人間の生活に密着しすぎたせいか、それらとの間に線を引いていた。


長い年月がそうさせたのか、それともカルムたちが特別なのかは短命な彼らにはわからない。


ただ、野に住むものたちと交わろうとしなかったのは確かだ。


コツン、コツンと音がして、カルムが戻ってきた。


口には銀でできた皿をくわえている。


それをプラタの前に置き、再び奥へ行ったかと思うと今度は大豆の入った袋をくわえてきた。


「知っているか。この家に住んでいる二人に子供ができたらしい。」


「もう生まれているのか?」


「いや、あれでは早くても来年の春だな。」


「子供は私を追いかけるから嫌いだ。」


「だが、かわいらしいじゃないか。」


「うむ。なぜ種族の違う私たちまでかわらしいと思うのだろうか?」


「それはきっと、子供はまだなんの罪も犯していないからだろう。肉をくい、自然に逆らって生きる我々は罪深い。


しかし子供はなんの罪もない。きっと生まれたことを万物に祝福されているからに違いないのだ。」


「うむ。しかし追い詰めるのだけは勘弁してほしい。」


「それはそうと面白い話とはなんだ?」


「そうそう。一昨日のよる、じいさんの鞄に紛れてネズミがいたんだよ。明くる日にばあさんの手提げに隠れて町へ帰ったけどね。」

「そうか。我々以外にケモノがここにくるとは、なんとも珍しいことだな。」


「だろう。そいつから恐ろしい話を聞いたんだ。」


「ほう。それはどんな?」

「なんでも、町に住むネコは私たちネズミを襲うんだそうだ。」


「どうして?」


「それが聞いてもさっぱりわからないんだ。特に仲が悪かったわけでもなく、見境なく襲うんだそうだよ。」


「それなら私も襲われるだろうね。私はネコだが町のネコとは違うようだから。」


「そうかもしれないね。なにせ見境なく襲うんだから。」


バアンと音がしたかと思うと途端に上が騒がしくなってきた。


「どうやらご主人が帰ってきたようだね。雨も弱くなってきたし今日はもう帰るよ。明日も来るだろうけれど。」


そういってプラタは薄暗くなった夜道を水溜まりを避けるようにジグザグに走って行った。


「もし町のネコに会ったら私の友達だと伝えなよ。私はネコだから、少しはまともにしゃべれるだろうから。」


カルムがそう叫ぶとプラタは一瞬立ち止まり、しっぽをくねくねと振ってみせた。


その後、カルムは上に上がってご主人を迎えた。


町で働くご主人はどこか錆っぽい臭いがする。


その臭いが町のネコの臭いのような気がして、カルムは逃げるように床下に戻った。


「今日はここで寝ることにしよう。明日もプラタはやって来るだろうから。」


そう思って太い柱の横に丸くなった。


ちょうど外の雨を眺め易い場所だっので、カルムはしばらく水滴が水溜まりになるのを見ていた。


またしばらくするとだんだん眠くなり、柱に巻き付くようにして眠った。






その夜カルムは忘れていた昔の夢をみた。


夢なんて長い間みていなかったので、起きてからもそれが夢だと気づくのにしばらくかかった。


カルムは町にいた。


カルムは昔、町のネコだったのだ。


カルムが少し大きくなったとき、今のご主人がここに連れてきてくれたのだ。


ぼんやりと雑踏を見つめていると、カルムを呼ぶ声がした。


「…。」


なんと言っているのかわからなかったがカルムを呼ぶ声が後ろの方から聞こえた。


見るとそこには蓋の開いたマンホールがあり、声は中から聞こえるようだった。

「…。」


またカルムを呼ぶ声がした。


「…。」


声は等間隔でしきりに自分を呼んでいるようだ。


四度目の声が呼ぶと同時にカルムはマンホールに飛び込んだ。


どのくらいの高さだったのだろうか。想像したより底が深く、カルムは少しの間着地のポーズのまま宙を舞った。


すとん、とそれでも綺麗に着地したカルムはうずくまりあたりを探った。


暗闇はカルムには関係ない。目はいいほうだ。


しかし何度目をこらしてみてもあたりは暗く、漆黒が広かっていた。


あまりの暗さにカルムの目を持ってしても暗いままなのかとも思ったが、そんな考えはすぐにどうでもよくなった。


見ると目の前に一匹のハツカネズミがこちらを見上げていた。


瞬間にカルムから理性が消え失せ、気がつくとそのネズミをくわえていた。


ネズミはぴくぴくと痙攣したかと思うと口の中で冷たくなった。






ハッと我に返ると、もうあたりは明るみ始めていた。


雨はまだ降っていて、水溜まりがカルムの近くまで伸びていた。


カルムはふわっと外に踊り出てプラタの住む、老夫婦の家へと駆けた。


雨に打たれ、泥を被り、艶のいい毛並みがボロボロになるほどに走った。


カルムは思い出したのである。


なぜプラタがあそこに住んでいるのかを。


なぜ仲の良い今に至ったかを。


カルムは昔の事などすぐに忘れてしまう悪い癖がある。三日以上前のことなどわずかも覚えてはいない。


しかし、カルムは思い出した。


ドシャンと水溜まりに滑り、カルムは足を切った。


それでもカルムは走り続け、やっとのこと丘の上にある老夫婦の家へとたどり着いた。


「プラタ、お願いだ!出て来ておくれ!どうしても謝りたいことがあるんだ!」


床と地面との隙間、プラタがいつも出入りしている穴に向かってカルムは叫んだ。


「プラタ、お願いだ!」


カルムは何度も叫んだが、雨音のせいで掻き消されているようだった。


カルムは更に声を大きくして叫んだ。しかし待てども待てどもプラタが出てくる様子はなく、もう行ってしまったのかと思い始めた。


昨日の夢がカルムに忘れていた記憶を戻してくれた。

それは遠い昔の事なのか、それともつい最近の事なのかそれについては定かではない。


カルムは昔、町に行ったことがあったのだ。


「プラタ!お願いだ!どうか町に帰る前にもう一度だけでよいから姿を見せてくれ!」


雨が頬を伝ってゆっくりと地面にこぼれた。


カルムは昔、町でネズミを捕まえた。


特に腹が減っていたわけではなく、退屈だから捕まえたのだ。


家に持って帰り、首を噛み切ろうとしたときそのネズミが言った。


「もしお腹が空いているなら私を食べなさい。しかしつまらないだけであるなら私を逃がして下さい。そうすれば今日からしばらくの間、あなたの元へ訪れて話し相手になりましょう。」


それからというものプラタは毎日カルムの待つ床下に現れ、日が暮れるまで話したのだった。


きっとプラタは役目を終え、町に帰る前にそのことを私に思い出させようとしたのだとカルムは思った。


「ああ、頭の良いプラタよ。お前には本当に悪いことをした。」


プラタに会う前のカルムはただの町のネコだった。


だが、プラタと話すうちに自我が生まれ、頭の良いネコになった。


あのときなんの躊躇いもなしに首を噛み切っていたら、カルムはこんな風に悲しんだりしなかっただろう。


カルムは長い間そこに座り続けた。


途中、おじいさんが気づいて中に入れようとしたが、カルムは頑としてそこを動かなかった。


待っても無駄だとは分かっていた。


それでも待たずにはいられなかった。




二日が過ぎ、三日目の太陽が山の向こうへ消え、景色が暗くなってきた。


カルムは何も言わず立ち上がり、プラタの家を背にした。


そこから家に着くまでの間が長かったのか短かったのか、それすらカルムにはわからない。


ざわざわと森の音が聞こえてくる。


その中には微かに気配がしてカルムの方を伺っているようだった。


いつもは遠くに見えた木々が、今日はやけに近くに感じた。



家まで後数十メートルというところでカルムは立ち止まった。


小さな影が床下を這うのを見たからである。


もはやあの賢いプラタはいない。そのことがカルムを戻した。




エモノだ。


そう思うと体の奥底からふつふつと何かが浮かび上がり、カルムは町のネコになった。


すうっと足音一つさせず忍び寄る。



血は恐ろしく澄んでいて、まるで生きているかのように体中を駆け回った。


柱を避け、陰を伝い、しだいに近づいていく。


エモノの立つ柱の裏へ着くと耳をたてて気配を窺う。


そして自分に気づいていないことを確認すると、本能の赴くままにカルムは噛み付いた。


「どう…したの…ですか?カル…ム?」


ハッと我に返り、くわえていたものを下ろす。


見るとそれはハツカネズミのプラタだった。


「プラタ!私はついお前が町へ帰ってしまったのかと…。」


「そんなわけ…。友達を…放ってなんて…。」


プラタはヒクッと体を奮わせた。


「いいや、プラタ!お前は帰るべきだったのだ。私が元の町のネコに戻る前に…。」


カルムは涙声でそう訴えた。


「だからカル、ム。私達は友達、じゃないか。カル、ムはやっぱり町のネコとは違うよ。だってそん・・・な風に謝るんだものね。そんな風に思い出して謝るんだものね。」


ヒクッヒクッっとまた二度痙攣したかと思うと、それ以降プラタは喋らなくなった。


ニャァゴ。


カルムは低く唸り、骨だけになるまでプラタを食べた。


残った骨は柱の陰に埋めた。





カルムの、カルムなりの最後の礼だった。







町のネコでも、頭の良いネコでもなくなったカルムはその日のうちに住み慣れた家を出た。







やがて冬が過ぎ、カルムの住んでいた家の主人たちに赤ちゃんが生まれた。


その日が来たことを誰もが喜び、それに合わせて春が来た。



ベタ?でもたまにはいいかもね。いつもベタだけれど。


段落等がないのは仕様です。そうすると長くなりそうなので。

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