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神様のお医者様

作者: 天馬トビオ

「お父! お母!」


「どうしたシズ、こんな夜ふけに。またタスケになんかあっただか?」

「息してねぇ!」


わたしの弟は生まれつき体が弱い。今年で10になるが同い年の友達もなく、家からほとんど出ない。

時々、息をしなくなるからどこにも行けないのだ。


「シズ、赤松先生呼んできとくれ!」

「わかった!」


赤松先生は村でたったひとりのお医者様で、隣村もそのまた隣村もお医者様がいないからお忙しくされている。

性格は温厚で、どんな患者にも同じように接してくれる評判のいいお医者様だ。


「はぁはぁはぁ……」


ドンドン、ドンドン!


「先生、赤松先生! タスケが! タスケが!」


出てこない、かなり夜もふけている。恐らく寝ているのだろう。

しかしタスケが危ない状態だ。一刻を争う。


「先生、起きて! 先生! 先生!」

「おやシズ、どうしました?」

「あれ? 先生?」


赤松先生が後からやってきた。


「先ごろ隣町でお産があってね、 !! タスケに何かあったのかい?」

「うん、すぐ来て!」

「わかった!」


赤松先生は嫌な顔ひとつしない。隣町でお産を済ませ、やっと帰って寝れると思っていただろうに。 


「容態は?」

「息してない!」

「わかった、急ごう。」


先生の家からは走れば5分くらい。

16歳の私は5分間走くらいなら少し深呼吸すれば呼吸も整うのだけれども、今年三十路の赤松先生はそうもいかないらしい。


「はぁ、はぁ、はぁ、ちょ…ちょまっ…待って……」

「先生ご苦労様、はい水。飲みながらこっち来て」

「あ…ありがとぅ……ごきゅごきゅ……」


汗だくになりながら水を飲む先生、この人の横顔はちょっと奇麗だ。男の人特有のそれがある。


「先生、タスケ!」青ざめた、お母が叫ぶ。

「すみません、お待たせしました」


先生の魔法の鞄。この鞄には魔法の道具がギッシリ詰まっている。

タスケは先生が村に来てから何度もこの魔法の鞄に助けられている。

先生は魔法使いなのだ。


「かはっ! かはっ! ごほごほごほっ! ごほっ!」

「タスケ! お父! タスケが!」

「ああ、呼吸が戻った! 先生! ありがとうございます!」

「ふぅ〜、もう大丈夫です。しばらくはこの薬を飲んでおいてください」

「せ、んせい……」

「ああ、タスケ。もう大丈夫だから、温かくして今日はお休み」


うちは貧乏だから、恐らく先生には満足に薬代も治療代も払えていないのだろう。

更にはこんな夜中に呼び出されたにも関わらず、先生は嫌な顔ひとつしない。いつも通りの奇麗な横顔だ。


「では、お大事に」

「先生、毎度ありがとうごぜいやす」

「ほんと、こんな時間にすみません」

「いえ、そういう仕事ですから」


先生はひと仕事終えて家路を辿る。


「先生!」


シズが赤松先生に駆け寄る。


「シズ! どうした? タスケか?」

「ううん、お見送り」

「そんなんいらんよ、おかえり。若い娘がこんな時間に外におってはいかん」

「大丈夫、ほんの近くだし」

「いいから、おかえり」

「弟の命の恩人だもん、送らせてよ」


そういう言葉には弱いらしい。


「ねえ先生」

「なんですか?」

「タスケはずっと、ああなのかな?」

「いや、そんなことはない。この辺りにはずっと医者らしい医者がいなかったからね。タスケは少し肺が弱いだけだから、薬を飲んでもう少し成長すれば普通の体になるよ」

「ホント?」

「ああホントだとも、僕は人の体を治すのが仕事です。その僕が言うのだから間違いないよ。」

「よかった、先生が来てくれて」

「そう言ってもらえると助かります」


歩いたら15分くらいだったろうか、先生を家まで送って手を振って別れた。

さて、わたしも家に帰って寝るとしよう。




     ※※





赤松先生は独身だ。この界隈では人望の厚い先生だから縁談は色々なところから降ってくる。


「先生、先生。隣町の傘屋の娘、アンタにどうかと思ってね」

「赤松先生よ、どうだい? うちの娘もらってやってくれねえか?」

「せんせ〜、アタシと結婚しな〜い?」


だけども先生は「こんな医者の僕と一緒になると、不幸になりますから」と言う。

言ってることは分かる。でも先生のような人についていけるのなら、多少の苦労は乗り越えられる人などいっぱいいるだろうに。

わたしは、そんな架空の先生を想う人物の気持ちを分かってしまっていた。


タスケが11になる頃、タスケはお父の畑を手伝うようになった。

先生の言ったことは本当だ、もう息が止まることはなくなったし普通の生活をするにつれて体も丈夫になりつつある。


「あ、お父、あれ赤松先生でねーか?」

「お、そうだな、おいタスケ、この胡瓜持っていってやんな」

「ん、わかった」


ダダダダダッ!、タスケが勢いよく走る。


「先生!」

「ん? あー、タスケか」

「先生、ウチで獲れた胡瓜。食べてよ」

「あー、ありがとう。タスケ、すっかり元気みたいだね」

「先生のおかげで、すっかり元気だから毎日畑仕事を手伝わされてるよ」

「いいことじゃないか、親孝行はできる内にしておきなさいよ」

「うん、先生もね」

「僕は両親を亡くしていてね、医者を志した理由のひとつでもあるんだけど」

「え、ごめん……」

「いや、気にする事はないさ。ほらタスケ、今度はシズが帰ってきたよ」

「おーい先生〜!」シズが駆け寄る。

「おかえり、姉ちゃん」

「ただいま、あ、ウチの胡瓜?」

「あー、今いただいてね。いつも助かるよ」

「お父がつくる野菜は美味いからね」

「ほんとにシズとタスケが羨ましいよ、お父さんとお母さんを大切にね」

「うん、せんせ……、!!!!」ガシ! タスケがシズの脛を蹴る。

「何すんのよ!」

「じゃあ先生、また収穫したら持ってくるよ!」その場から元気に走り去るタスケ。

「うん、ありがとう」手を振り、自宅へ向かう赤松先生。

「なんなのよ!」不可解な空気の中に取り残され、しかめっ面のシズ。

しかしシズは、赤松先生が見えなくなるまで見送っていた。自然と表情を緩めながら。




     ※※




秋が来る頃、タスケはまた少し逞しさを増していた。

「本当にタスケは元気になったねえ」

「あー、お母、これも赤松先生のおかげだ。またお礼に野菜でも持って行きたいな。」

「ほれ、南瓜が良い感じだったで、持っていってやんな」

「あー、そうだったな。じゃ、姉ちゃん、赤松先生に南瓜持って行ってくれよ」

「はあ? なんでわたしなのよ」

「いや、行きたいだろうなと思ってさ」

「なんでよ? 別に持って行くくらいはいいけどさ」

「じゃ、頼むよ」

「タスケ、姉ちゃん想いだねえ」お母から笑みがこぼれた。



南瓜をふたつ、さすがに少し重かった。

ドンドン、ドンドン!


「先生、赤松先生、いる?」

返事がない、人の気配がしない。

「留守かな、でも出かけるところも見てないし」

夕焼けの挿す時間、赤松先生の自宅を強い光が通り抜ける。なんとなくだが、横たわる人影のようなものが見えた気がした。

「なんだろ? ウトウトしちゃったのかな?」

シズは赤松先生の家に上がったことがない。それ故か、好奇心か、少し覗いて見ることにした。

「お邪魔しますよ〜」


すると、シズが人影を感じた場所に赤松先生はうつ伏せで寝ていた。いや、倒れていた。

「先生? 先生……、!!!!!」

不自然な寝方、感じる違和感に不安を覚え、先生に駆け寄る。

「ちょ、先生! 先生! い……息してない……」

涙が大粒で流れる。駄目だ、今自分に何ができるか考えるんだ。シズは涙を拭った。

部屋の隅に魔法の鞄が見える。しかしそれは魔法使いにだけ許されたものだ、シズにはその資格がない。


シズは全速力でウチへ戻った。お父に事情を話し、タスケとお父が担いで隣の隣の、そのまた隣町のお医者様のところへ赤松先生を運ぶことにした。

お母に留守を頼み、わたしも一緒に行った。お医者様のところに着いた頃には、すっかり日も落ちていた。

その間、先生は一度も息をしていない。


「こりゃ、もう助からん。死んじまっとる」

遠くの町の、おじいちゃん先生はそう言った。

何度も何度も最悪なパターンは頭を過ったが、イメージが出来上がる前に良いイメージを作るようにしていた。だから今の今まで、おじいちゃん先生の言葉を聞くまでは、助からないなんて思ってもみなかった。いや、思わないようにしていた。

また、大粒の涙が流れる。粒は粒と連なり、それはもう粒とは言えない大きな流れを作っていた。


「なんで、なんで先生が……わたし……先生の……こ……」

「先生、オレ、もっと先生にお礼したかったのに……」

「わ…たし……お父…なんで…なんで先生が……」

「シズ、タスケ、なんでだろうな、なんで先生みたいないい人がこんなに早くに」


するとおじいちゃん先生は、開いているのか開いていないのか分からない目で言った。

「赤松先生は優れた医者じゃった。それはもう儂ら医者の間ではもの凄い評判のな。たぶんその評判が神様まで届いたのじゃろう。恐らく今、神様がご病気で腕のいい医者をご自分の元にお呼びになったのじゃろうて」


わたしもタスケもその言葉を聞いた途端、泣くのを止めた。

赤松先生は今、神様のところにいらっしゃる。神様のご病気を診てらっしゃるのだ。そう思うと何故か、とてつもない淋しさが少し楽になった。わたしは、そんな赤松先生を誇らしく思う。


「姉ちゃん、オレ勉強したら医者になれるかな」

「アンタには無理じゃない?」

「いや、お父はタスケなら出来ると思うぞ」


弟の命の恩人の赤松先生、わたしの大好きな赤松先生、横顔が奇麗な赤松先生。

今頃、神様に聴診器でもあてているのだろうか。

赤松先生は、神様のお医者様となりました。

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