雑魚狩り先生の一番弟子(自称)
ダンジョン三層、うだつの上がらないソロ冒険者の前で、トップクランに所属する少女がフラフラになっていた。。
最初は随分勢いがよかったが、そろそろ限界らしい。
男は全身使い込まれた皮の鎧。
少女は対比するように煌びやかの新品の金属鎧だった。
とても三層で狩りをする格好ではない。性能が過剰すぎる。
一刀両断どころかバラバラになるモンスターは、もはや哀れですらあった。
男はため息をつくわけでもなく、まっすぐ少女を観察していた。
だが、それもここまで。
切り上げ時だろう。
まぁ、頑張った方ではあるが。
何でこんなことになったんだか。
簡単だ、自分が「お願い」を断れないほど雑魚だからだ。
トップクランから受けた引率依頼。立場上断ることはできなかった。
「ハネっ返りにお前の仕事を見せてやってくれ」
まさか今更俺の仕事を奪いに来たわけでもないだろうに。やってきた少女は成程、勝ち気で、不満たらたらで、才気に溢れていた。
本来だったら、一生会話もしない相手だろう。
だがそんな少女も、両の膝に手を付き、息を乱している。
ここからは俺が引き継ごう。
なんでこんなことになったのやら。
鞘から獲物を抜刀する。
いつもの重さ、いつもの握り心地。
そして、いつもの仕事を始めよう。
相手はグレイウルフ、このダンジョンの第三層における主要モンスターである。
きっかけは雑魚狩りとか終わってる冒険者と呼ばれる男が、酒場で大手クランのリーダーに呼び出され席に向かうところから始まる。
雑魚狩りに対し褒めも貶しもしないが、近況についてだけクランリーダーは聞いた。
「いや、ぼちぼちですよ」
「ぼちぼちか…」
リーダーがある種気遣いをする理由は別にある。
この雑魚狩りは「より強いモンスターを倒してこそ冒険者」という風潮に真っ向から逆らい、簡単に倒せるモンスターを山程狩り、軽い魔石ドロップだけを回収しているのだ。
おかけでダンジョンにおける、スタンピートやらモンスターフラッド対策という間引きの義務依頼をクランは受けずに済んでいる。
はっきり言ってズルに近い。
実質義務を負わずに、深層を独占しているのだから。
他のギルドの上位クランが聞いたらブチ切れるだろう。
だから大切にする。大切にしてやるさ。
あんな『実入り0名声0時間の無駄』をやらなくていいならと、呼び出して酌をさせる程度の仲であるとアピールを欠かさなかった。
周りに手を出させないようにしているのだ。
雑魚狩りは雑魚狩りだが、居てもらわないと面倒になる雑魚狩りなのだ。
特に変わりがないなら、それでいい。
これからも雑魚狩りにいそしんでほしい。
クランリーダーとして全力で応援する。手は貸さないが。
そんな折、クランリーダーはふと思いついた。
最近クランに入ってきたリーダーの従兄弟である剣士の少女はどうも気合が入りすぎて空回りしており、すぐバテてしまう。
雑魚相手とはいえクラン級の殲滅力をソロで持つこいつに面倒をみさせたら、何か発見があるかもしれない。
そんな大手クランリーダーの依頼を、雑魚狩りが断れるわけもなかった。
クランリーダーの思い付きに、少女は反発した。
リーダーの想定通りだった。
「私が雑魚狩りと?なにかペナルティになることをしましたか?」
「お前には足りないものがある。そのままでもいずれ克服できるだろう。だがアイツを見ていれば何かの近道が見つかるかもしれん。1週間でいい。アイツの戦いを横で見てこい」
「あの雑魚狩りから何を学ぶんですか 」
「お前はちょっと視線が若すぎる。いいか、お前が一撃で倒せるだろうグレイウルフを、俺は素手でも倒すことができる。だが、無抵抗であれば!喉を食い破られ俺は死ぬだろう。どんな雑魚でもこちらを殺すことができる。それがダンジョンだ」
それがわかっていないと、言い含めるようにリーダーは言う。
「そしてダンジョンに長期間、それもソロで潜り続けて生還する奴は、何かしら持っている。俺には不要なものだが、お前から見たら参考程度にはなるだろう」
どのみち拒否は許されない、依怙贔屓は少女自身も嫌うものだ。
はてさて、翌日の夕刻。
ぼちぼち一般的な冒険者が帰還し始めるころに、その引率は始まった。
そして話は冒頭に戻る。
少女は自身が思ってよりもずっと早く、限界を迎えた。
「じゃあ選手交代だな。あと200は狩らないと」
「200?!冗談でしょ? 」
自分でやってわかった、ソロでモンスターを狩り続けるのは狂気の沙汰だ。たとえそれが各下であろうともだ。
一応引率として雑魚狩りがいるが、頼るつもりはなかった。
だが周囲の安全を常に意識しながら、誰も助けてくれない環境で戦い続けるのは思ったよりずっと精神と体力を摩耗する。
100回に1回しか失敗しなくても、100回続ければ6割死ぬのだ。
「冗談じゃない。200匹倒さないと経費と貯金にならないからな」
つまり限界が200なのではなく、200匹狩らなければならない。
相手がどんな雑魚でも自分を殺すことができる相手に、200キルを達成しなければならない。
30で息が上がった少女は、今更ながらにこの男の異常星に気付いた。
こいつは雑魚狩りだが、クランの間引き義務依頼相当の雑魚を狩るのだ。
雑魚狩りはダンジョンの中を一度ぐるりと見渡す。
まるで壁のその先まで見通すように。
そんな能力はもちろん雑魚狩りにはない。ただ現在位置からダンジョンの地図を頭の中に広げて、ルートを決めていただけだ。
男が動き出した。走るわけでもない、歩くわけでもない、小走りより少し遅いくらい。気配を絶つわけでもない。だが不気味なほど、その動きは静かだった。
(うちの斥候より全然だめじゃない)
最初はそう思ってぶちぶちと文句を言っていた少女も、やがて黙り込む事になる。
直角の通路で、男は飛び上がると、正面の壁を蹴り右手に消えた。
斬撃音、ケモノの悲鳴、打撃音、何かが何かにぶつかる音。
少女が角を曲がる頃には、2回目の斬撃音が聞こえていた。
男の下に倒れるグレイウルフは2匹、少し離れた場所に体勢を建て直している最中のグレイウルフが一匹。
少女は見てすぐさま理解した。
恐らく最初の奇襲で一匹を仕留め、即座に一匹を蹴り飛ばした。
最後の一匹を正面から切り捨て、今蹴り飛ばしたグレイウルフが立ち上がる頃には、顎の下からの斬り上げが致命一撃として差し込まれている。
光と共にドロップ品が落ちるが、小石のような魔石を拾い、毛皮や牙は無視してまた移動を始める。
男は気配を消しているわけでもなんでもない、単に一番疲れないように移動しているのだ。
結果的に、装備が揺れにくいから、音がしないだけ。
「か、皮はひろわないの?」
「重いからな」
雑魚狩りが見てるのは1つあたりの単価ではなく、重量あたりの単価だからだ。
荷物の運搬役もいないソロであること、そして移動中に先の戦闘の疲れを抜かなければならない。
だから男の移動速度は歩くよりも速いが、走るよりもずっと遅い。無限に戦い続けることは出来ないが、可能なかぎり自身の性能を落とさずに処理し続けなければならない。
そう、処理だ。この男がしているのは狩りではない、処理だった。
少女は雑魚狩りの走り方を真似してみる。
ぎこちなく、かえって変な場所に力が入って疲れてしまうが、慣れると大分疲労感が違う事が理解できた。
敵に素早く近づくためではなく、忍び寄るためでもない。
ただ移動を続けるための走り方。
成程、確かにこの雑魚狩りからは、学べる事がある。
いつしか少女は、戦闘終了時のわずかな時間しか口を開かなくなった。
移動している最中に会話をすることは、体力回復に反するからだ。
それでも、気になることはある。
「あなた、結構突きの割合が高いのね」
「切るより楽で致命傷になりやすいからな」
そんなわけあるか、と少女は否定する。
「オススメはしない。俺も最初はやらなかったし」
と続ける男の背中を睨んだ。
両手で掴み、体ごと突進すれば確かにそれは致命の一撃になりうるだろう。
だがそれは当然体力を使う。男は片手突をしていた。
まるで水中の魚をモリで貫くように鋭く、確実に。
剣は手から離していないが、まるで投擲でもするようなフォームだった。
だがそんな事は普通しない。
片手であれば力は伝わりにくいし、関節を固定化して体重をのせたら軌道修正がきかない。
相手にも筋肉があり、骨がある。
そのような突きでは皮は裂けても肉でずらされ、骨にそらされるだろう。
それこそ余程グレイウルフの構造を理解していないかぎり…あぁなるほど。
この雑魚狩りのグレイウルフの討伐数は、記録通りであれば5桁前半のはずだ。
1日あたりの討伐数が200に到達するのならば、最早それは処理ですらない。
作業だ。
「腕だけでやると一か所に疲労が溜まるだろ、全身に分散させて疲れないようにするんだよ」
全身のバネから力を集め、中継させ、一撃に乗せる。
少女のクランでもそれができたら一人前と呼ばれる技術だった。
チンピラと冒険者を明確に別ける基礎にして、どんな状態でも繰り出せるのならば奥義となる。
それを「疲れないから」で説明されてはたまったものではない。
少女ですらまだ出来ないのだ。
「そこまでの技術があれば、もっと上に行けたんじゃないの?」
「無理に決まってるだろ 」
そんなことができるのならば、雑魚狩りなんてやってはいない。
「所詮、グレイウルフにしか使えない技術だ」
雑魚狩りは続ける。
「俺自身の筋肉、体力、技術、、それに合わせたサイズと重量バランスの剣。防具もそう、魔石入れの袋もそう。すべてここだけに特化してるんだ」
雑魚狩り曰く、1つ上の大角鹿にすら通用しない技術だ。
「だから俺から何か直接学べると思わないほうがいい。たぶんペース管理とか、そういうのを理解させたかったんじゃないかな?あの人は」
そんなわけあるか。少女は今日何度目かもわからないそんなわけあるかを発動した。
1週間後、少女は帰ってきた。
「倒せるようになったわよ。一晩でグレイウルフを250。先生にはもう顔も見たくないって言われたわ」
「先生か」
クラリーダーは、笑った。
この才気あふれる向こう見ずの従兄弟が、あの雑魚狩りを先生と呼んだこともだが。
特化しているわけでもないのにきっかけだけで、才能と能力でゴリ押しであの男を超えた所とその結末にだ。
どうやらあの男にも、プライドはあるらしい。
「これでわかったろう?アイツがいるから、俺たちはあんな事をしなくて済むんだ」
「そうかしら?」
あくまでクランリーダーにとっては必要な存在ではあるが雑用係に過ぎない。
明らかに下に見る口調に対し、少女は反撃するつもりは無かったがつい反論した。
「たまにやるには、自分を見つめ直すいい機会になるわよ」
「やめてやれ、あいつの稼ぎがなくなる」
ほぼ毎日やってる頭のおかしい奴だから重要なのだ。、気まぐれでたまにやる奴が必要なわけじゃない。
ダンジョンごとに管理ギルドがあり、その下にクランやパーティーは所属する。
このダンジョンは中堅が少なく、低層を大量に狩るクランが居ない。
よって本来は上級クランに義務依頼である間引きが回ってくる。
面倒なのであまり上級クランが寄り付かなかった所に、現れたのがあの雑魚狩りだった。
あ男を馬鹿にしてもいい、本人のいない所であれば。
そうでない場合、このクラン内では制裁をうける。
「一晩でグレイウルフを200倒してこい。達成するまで、面を見せるな」
半分が1週間で音を上げるか、そこそこの怪我をした。
残りの半分は、「じゃあそれを5日間続けてこい」と言われる。
ここで大抵心が折れるか、雑魚狩りの価値に気付く。
なぜなら高価な武器でも使えば摩耗する。グレイウルフの収入ではそもそも維持ができない。
最終的に安い武器で200キルを一度に達成しなければならないのだ。しかも連続して。
その日から、少女はクランの狩に参加しない日はちょこちょこと雑魚狩りの前に現れるようになった。
ついてきて、たまに戦闘に参加する。
バッファが出来ると言えば聞こえがいいが、所詮少女の気まぐれだ。
その内、顔を出さなくなるだろう。
雑魚狩りにとっては勘が鈍るので、正直今日にでも飽きて欲しかった。
「グレイウルフ以外も狩れるぞ」
「えっ、グレイウルフ特化じゃななったんですか?」
「グレイウルフの前はジャイアントラットを狩ってたからな」
名前から察せる通り、ジャイアントラットはグレイウルフよりも格下のモンスターだ。
そもそもなんでこんな狩り方をしているのか、少女が問うた時があった。
「俺の冒険者デビューは田舎から都会に来た悪ガキ4人組でさ」
別に秘密にするようなことでもない、雑魚狩りは素直に答えた。
「全員前衛っていうか、田舎のクソガキに魔法使いなんて居なかったならな。剣士ですらなかった。よくある話だ」
そして雑魚狩りが食あたりで寝込んでる間に、ちょっとひと稼ぎしようと普段より踏み込んだ。
当時雑魚狩りは、まぁ当時は雑魚狩りとして活動していなかったが、パーティーのストッパーだった。
そして普段より深い層で、紅熊にやられた。
「全員引退して今じゃ畑を耕してるよ。だけど、その時の仲間の怪我がかなりグロくてな。」
他人の傷ならそこまでショックはうけななっただろう。
「いつか敵を取ろう、、もう少し強くなったら、、確実に倒せるようになったら。気づけばもう、グレイウルフしか倒せなくなっちまった」
何をやっているんだろうな、俺は。
そう呟いた雑魚狩りに、少女は「一緒に紅熊を狩りに行きましょう」とは言えなかった。
「先生は何を考えながら普段狩ってるんですか?」
「たぶん何も考えてない。あぁ誤解するなよ。何も考えるなって言ってるわけじゃない。何も考えなくてもいいくらい一連の動きを体に馴染ませるんだ。たまに選択肢がある。いずれそれも、気にならなくなる 」
「意識リソースコストの話ですか?」
「なんだそれは? 」
雑魚狩りと少女の話は、たまに噛み合わない。
経験だけで語る雑魚狩りと、それなりに冒険者としての教育を仲間から受けた少女には、ジェネレーションギャップがあった。
たまに、雑魚狩りはそれを恥じていた。
結局、田舎から出てきた悪ガキから何一つ変わっていないと。
「私だって沢山狩れるようになりましたけど、終わった後でも先生はまだ体力残ってるじゃないですか。その気になればもっと行けるんじゃないですか?」
「それで怪我でもしてみろ。一発で当面赤字だぞ 」
雑魚狩りも、自分に向けられる視線が軽蔑以外のものもあると気づいていた。
少なくともそれは、継続し続けているからという点だけは確信があった。
「これも参考にはならないけどな。お前は無理をしなきゃいけない。いやオレが無理をしてないだけなんだが」
より強いモンスターを倒すのであれば、無理をしなければいけない。
むしろ、無理をしていないのは自分くらいだ。
「十分無理をしていると思いますけど」
「人によるだろう、そんなことは」
雑魚狩りは剣を握りなおす。
無理をしていないから、一晩で200キルを達成しても、最後まで刃はガタつかずについてきてくれる。
少女のそんなわけあるかが発動した。
「なんで先生はこんなに評価されないんでしょう。同じことが出来る人なんてあんまりいないですよね?」
「…冒険者っぽくないからな」
嘘だった。だが、少女は知らなくていい。汚い大人の世界の話だ。
いずれ察するか、知らぬまま過ごすか。、後者のほうがいいのだろう。
大人になると、いやこんな職について一定期間生き残ると、見えてくるものある。
ロクに学もないガキが殺し合いの日々を送り、常に武器を持ち歩く。
はた迷惑で危険な存在で、同時にギルドの収入源でもある。
もっとこう、初心者向けのダンジョン勉強会でもあれば仲間は大けがをしなかったかもしれない。
そんな意味のない事を考えているうちに気付いた。
そんなことは、どこのギルドもやっていない。
つまり、そういう事なのだろう。
ある意味、このダンジョン冒険者という制度や仕組みに対して、雑魚狩りは逆張りしているともいえる。だから間引きをしていても評価は一定止まり。
貢献度ではなく強さしか評価されないし、ギルドもある種の壁のようなものを感じる。
同じような冒険者を増やそうと誰もしない。おかげで雑魚狩りは自分のやり方を通せるわけだ。
「結局もっともらしい言い訳を並べて、紅熊を避けているだけか。無様極まりないな。、それでもまだ、冒険者にしがみついている。何がしたいんだか」
ため息とともに吐き出された雑魚狩りを、少女は笑わなかった。
聞こえないふりをした。
流石にただの弱音ではないことぐらいは理解できたから。
だが、雑魚狩りの独白は続いた。
多分今までの経験と、金を物資に変えて、一匹の紅熊を倒すのならばできるだろう。
なんならケガ1つしないかもしれない。
そのくらいには積み上げてきた。
このまま何もなければ、引退前に一匹狩って終わらせるだろう。
ただ、何か違うんだよな。
圧倒的でありたいんだ。
苦労して無傷で倒すのではなく、苦戦もせずに勝ちたいのだ。
蹴散らしたいのだ。かつての仲間がそうされたように。
そうして初めて、仲間の雪辱を晴らした事になる。
ならば紅熊狩りをしてそこまで自分を高めればいいのだが、そんな事をしたら早晩に死ぬだろう。
才能がないのは、わかっていた。
「これだけ倒しているなら、称号とかはないんですか?」
ある日少女は聞いた。
称号。
それは人間が与えるものではなく、ダンジョンが与える称賛であり、バロメーターであり、「次」に挑む資格を得たということだ。
ふと頭の中に浮かぶらしい。
聞いた話では能力が上がったり何か力を得たりするとか。
当然それは、「ほかの誰かがやっていないこと」でなければならない。
「そんなん上級冒険者だけだろ。俺がやってることは、俺がいなきゃ君のクランに義務依頼が行くだけって程度の内容だ」
それでもそのクランはソロでやろうとはしないが。
「1個もですか?」
「ゼロだ。グレイウルフだけじゃない。俺は称号は1つも持ってないぞ」
自称弟子が固まった。
実は少女はこの先生につきまとうようになってから、3つ称号を得ているからだ。
「その、欲しいと思ったりはしないんですか?紅熊を倒すために」
驚いたように雑魚狩りは少女を見た。
「要らないというか、普通持ってないだろ。紅熊を倒す程度で称号なんて」
その程度の、中堅レベルの冒険者に称号なんて。
そして雑魚狩りはその中堅ですらない。
「でもおかしいわ、【戦い続ける者】も【不夜の剣】も、あと【バランサー】も。私が取れた称号は多分先生も該当するばすなのに」
「そんな称号だったのか」
条件は明記されていないが、名前から推測できる。
だがそれならば、より長く戦い続けた先生こそ先に称号が付与されてなければおかしい。
「まぁ、キツイ話だな。わかっていたけど」
多分、そういうことなのだろう。才気溢れる少女は強い。
出会った時点で、既に自分より何倍も。
恐らく今の少女であれば、今自分がやっているグレイウルフに対する間引き的な狩りを、紅熊やもっと上のモンスターに対して行えるだろう。
吟遊詩人が歌にするかもしれない。
自分は決してそこには登場しないだろう。
そんな人間に、ダンジョンが興味を引かれるはずもない。
雑魚狩りはダンジョンにすら評価されていなかった。
ダンジョンの管理人が居るとしたら、見る目が無いなと少女は思う。
「あ」
雑魚狩りはダンジョンでふと足をとめる。
周りを見渡し、何かを感じ取ろうとしていた。
いや、既に感じ取っていたのだ。
その何かの、確証を得ようとしていた。
「どうしました?先生」
「いや…」
ギルドの熱量と活気、ダンジョンですれ違う冒険者、モンスターの配置と数。
妙に全体的に、薄い。
下振れをさらに少しだけ下回っていた。広域に?
「まずいかもしれない」
「何がですか」
「死神…君たちでいう、アルファがいるかも」
「アルファ(群れのリーダー)」
同種族を率いるアルファがいるグループは、文字通り群れになる。
リーダーに統率され、全体が1つの意思を持って行動する。
深層ではたんなるやっかいなグループに過ぎない(十分脅威ではある)が、低層は違う。
「低層のアルファは周囲のモンスターを呼び寄せるんだ」
「グレイウルフが集まるだけでしょう?」
「君にとってはそうだな」
つまりほかの冒険者が出会えば、死ぬ。
「帰るぞ」
「ほんとにいるんですか?」
「過去に2回こんな事があった」
「逃げ切ったんですか?」
「出会ってたら死んでるよ。後になってギルドで真相を知っただけだ」
数万体も狩っていれば、そんな日もあった。
「先生なら倒せるんじゃないですか?」
「3匹づつ休憩を挟んでいいならアルファ以外はやってやるよ」
つまり無理である。
アルファどころか、その取り巻きですら。
「多分だけど、こっから斜めに3ブロック半かな、後少し前に出てたら勘付かれるかもしれない」
ダンジョン内のウルフ種は外の肉食動物よりは嗅覚が鈍い。
それはたんに性能が低いのか、ダンジョン中が匂いだらけなのか、それはわからない。
ただ人間よりも良い。
こちらは多分いると思うだけ、向こうは確信している。
「立場上俺は君を預かっているから…」
傷物にはできないし、もちろん死なせるわけにはいけない。
さすがに立場がなくなる。
というか死ぬことになるだろう。
基本的に俺より死ににくいという前提で成り立っているに過ぎない。
その時響いた悲鳴に、少女は走り出した。
「クソっ!」
追いかけるが、追いつけない。シンプルに少女のほうが速いからだ。
悪癖、というものでもない。
彼女の周りには仲間思いで強いクランメンバーがいるのだろう。
普段からそうなので問題はなかった。
だが今は、先生先生となぜか一目を置いている俺しか近くに居ないことが問題だ。
つまり今は異常事態なのだ。
許されていたのは、グレイウルフを相手にしているだけだったからだ。もちろん通常種に限定してだ。
犠牲者がいたおかげで、彼女の不意打ちは成功したのだろう。
追いついたその先では、数匹のグレイウルフが光となって消えていくところだった。
ただし明らかに体格が大きいアルファとは睨み合いになっており、その周囲を取り巻きが囲いつつあった。
「バックアタックはあまり経験がないんだが…」
探知能力に優れるモンスターに対しては、通路の角を利用した正面からの不意打ちか、逃げるフリをしての反転攻勢が基本だ。
ソロは後ろを取ることは無い。
だが注意がこちらに向いてなければ、一匹二匹を処理することは造作も無い。
群れの外から削るが、すぐに警戒され距離を取る。
吟遊詩人の物語であれば、群れを突破し彼女と背中合わせで武器を構え、気の利いたセリフの一つでもいうのだろう。
無論無傷でこの取り巻きを突破することなんてできないし、できても囲まれて俺は死ぬだろう。
きっと、いや確実に。
少女はアルファよりも強いのだろう、だが一撃のもと切り捨てるほどではない。
そうしてる間に、取り巻きが背中から襲うのは試すまでもなくわかる。
唸り声や遠吠えで少女の気を引こうとしている取り巻きはどもは、確かに群れの一員として仕事を果たしていた。
普通だったら、消耗しても頭から削る。
もちろんそんなオーソドックスが通じる状況ではなかった。
「泥臭くやるしかないか」
後は彼女を信じるしかなかった。
この状況から、どう雑魚狩りが動こうとするか、どうやって生き延び、そして勝つのか。
理解していると信じるしかない。
「3匹づつならやってくれるんでしょ?」
少女の呟きは雑魚狩りには届かなかったが、やるべきことはわかっていた。
アルファは倒せる。だがそのかわりにたぶん自分は死ぬ。
だから、倒してはいけない。
周囲の取り巻きが、少女を妨害し続けなければならない。
つまり戦い続けなければならない。
あとはもう、先生を頼るしかなかった。
「【戦い続ける者】と【不夜の剣】は伊達じゃないってところ、見せてあげるわ」
つまり話は単純である。
周囲一帯のグレイウルフが文字通り枯れるまで、そして取り巻きが少女にとってアルファ諸共処理できる範囲まで、先生が削りきれば勝ちである。
普段の仲間ならさっさと協力してアルファを倒しただろう。
この層にいる冒険者では何人いても途中で破綻するだろう。
こんな作戦を無言で実行して完遂してくれそうなのは、先生だけだった。
なんだかそれが、特別なペアであるような感じがして、少し楽しくなってきた。
言うまでもないが彼女はこのエリア最大クランリーダーの従兄弟であり、才気溢れる「持ってる側」の強者である。
フロア中央では均衡状態が続いている。
このまま続くと信じるしかない。
フロアに走りこんでくるグレイウルフを処分しながら、作戦ともいえない手順を組み上げる。
増援が枯れるまで潰し続けて、取り巻きを減らす。
後は少女がアルファを倒し、取り巻きを一緒に殲滅すれば終わりだ。
「ざっと1時間半ってところか」
長くても、それまでには結果がでるだろう。
自分が死ぬか、アルファが死ぬかがだ。
走りこむ増援は気配を隠さない。
1匹だけの時もあれば、5匹の時もあった。
狩る。
殺す。
駆除する。
なんでもいい、相手が死ぬならそれで。
雑魚狩り全身はボロボロだった。
意図的にそうしたからだ。
一か八かでノーダメージをパリィで狙うよりも、諦めて鎧が分厚い場所で牙を受けた方がいい。
たった一回であれば極限まで集中すればできるだろう。
今は何度も、何度も、何度も襲い掛かるグレイウルフを倒し続けなければならない。
ついに穴が開き血液が滲みだした皮鎧を見て、尾てい骨から頭頂部までぶるりと震えが走った。
「先生!」
「前だけ見てろ!!」
雑魚を狩るのは雑魚狩りの仕事だ。
それくらい信じて任せて欲しい。
過ぎた願いかと自分を笑った。
前を見ろ。お前がだよこのマヌケ。自分に言い聞かせる。
何時だって危険と隣り合わせに居た。
雑魚狩りですら、いつからかルーティン化して忘れていたのだ。
「自称弟子の前で初心を思い出すなんて、洒落てるじゃないか」
今思い出したくはなかったが。
恐怖なんてものは。
そして、恐怖に打ち勝つ方法も、雑魚狩りは知っている。
塗りつぶせ。
敵意で
闘志で
殺意で
克己心なんて必要ない。
弱い自分を超えるとか、どうでもいい。
重要なのは目の前の敵が死ぬこと。
塗りつぶせ、自分の心の色を、ただ黒く。
雑魚狩りの咆哮に、少女は思わず視線を動かした。
隙と勘違いして飛びかかった取り巻きの鼻先を拳で砕きながら、先生と仰ぐ男を見る。
いつもの彼とは明らかに違った。
雑魚狩りはどれだけ倒しても、余裕があった。
例えば狩りが終わった後にあと30体狩れと言われたら「まぁ出来るけど」と答えて本気でできてしまうくらいには。
だが今の雑魚狩りにそんな余裕の貯金は見られなかった。
何処か近いゴールに向けて、全力疾走しているような。
必要以上に力が籠っているように見えた。
視線をアルファに戻しても肌に伝わる裂ぱくの気合は、普段の彼が非効率と切り捨てているものだった。
休む暇もなく、戦い続けている。
終わらぬ狩りに抗議するように、理不尽に怒っているように。
息を荒げて通路をにらむ雑魚狩りの前に、ついに増援は来なくなった。
フロアが枯れたのだ。
戦いは次のフェーズに進む。
雑魚狩りは取り巻きを減らすべく振り返った。
見つめ合ったわけではない、ほんの一瞬、視線が交差しただけ。
後になって気づいたが、その目を見た時だったのだろう。
少女の心の特別な位置に、雑魚狩りが居ると自覚したのは。
その日少女が受けたダメージで最も大きかったものは、クランリーダーに殴り飛ばされて腫れた頬だった。
「何故パーティメンバーの雑魚狩りと意思統一せずに突進したのか」「信じると丸投げは違う、事前に取り決めはあったのか」「失敗してもお前は負傷しながら逃げられたかもしれないが、その場合雑魚狩りは確実に死んでいた」「次はクランのパーティメンバーかもしれない」「こいつらは雑魚狩りよりよほど頑丈でそんなことは起きないが、だからといって忘れるな」
何度も何度も繰り返しされ、最後に褒められた。
「低層とはいえアルファ狩りは誉れだ。放置していたら何人死んでいたかもわからん。よくやった」
少女にとってそれは慰めにすぎなかった。
何人もの推定犠牲者を救ったとしても、クランとしては極論どうでもいいのだ。
命を掛ける冒険者として当然のこと。全ては自己責任。
だが雑魚狩りが死ぬのは困るのだ。
結果論的な成功では釣り合いが取れないほどに。
【アルファキラー】
ごく少数でアルファを倒した者に与えられる称号は、当然のように少女にだけ与えられた。
当たり前だ、雑魚狩りはアルファに触れてすらいない。
なおクランとギルドからの報奨金は雑魚狩りにも与えられたが、軽度とはいえ全身の負傷と装備の損壊により、しばらく狩りには出られないだろう。
週末には、久々の義務依頼が発生する予定だった。
その間に溜まる数を考えれば、依頼内容はおおよそ、猶予2日間で1000を超えるだろう。
それでもクランメンバーを動員すれば、容易いことだ。
だがそんなことは、したくないのである。
雑魚狩りが引き受けていた深層独占のデメリットが、久しぶりに降りかかってくる。
クランリーダーはため息を吐いた。
ほんとうに、やりたくないのだ。




