覆水、掬って盆にもどす~托卵未遂されて婚約破棄した俺は、十年前に別れた幼馴染と復縁します~
「――別れようか」
それは、どちらが告げた言葉だったか。
どちらにせよ、俺自身の口から出た事には間違いが無かった。
「その方がさ、いいと思うんだ」
目は合わせない。振り向きもしない。視線は真っすぐ、モニターを向いたままだ。
ゲーム機のコントローラーを握り、自機を操作しながら俺は淡々と告げる。
「そだね」
真横から答えが返って来る。その声には驚きもなければ、縋るような感情も籠っていない。
俺たちは肩を寄せ合い、きっと互いに同じ気持ちを抱いていた。
「あたしさ、ヒコに不満は無いよ。本当だよ」
「ああ、俺もだ」
「たまに作ってくれるご飯は美味しいし、あたしの事をなんでも分かってくれるし、嫌な事は絶対にしないし」
「それは俺だってそうさ。テスト勉強も手伝ってくれるし、モヤっとした事があったら、こうやってストレス発散に付き合ってくれるし」
良い所も悪い所も知り尽くしている。
だから、なにがタブーでなにをしたら喜ぶのかも、息を吸うが如くにやってのけられる。
不満なんて無い。あるわけがない。
「ヒメは理想の彼女だよ、間違いない」
「ヒコは理想の彼氏だね、間違いない」
そこでようやく、俺たちは視線を合わせた。
彼女の顔に浮かんでいるのは哀しみでも怒りでもなく、単に苦笑いだけ。
それはきっと、俺もそうなのだろう。
「だからさ、怖くなっちゃった」
ヒメは笑う。どこか疲れたように笑う。
「近すぎてさ、なんでも理解しててさ。好きだとか愛してるとか、そういう告白したわけでもないのに、いつの間にかこうなってたじゃん? きっとこのまま何事もなく結婚もして、お爺ちゃんお婆ちゃんになっても一緒にいてさ。それって、なんだかさ」
分かる、彼女がなにを言いたいかが分かってしまう。
だって、それは――
「――ああ、俺もだ」
それ以上は、言わなくてもいい事だ。
「そっか、やっぱり気が合うね」
「そうだな、気が合うな」
そうやって俺たちはまた、笑い合う。どこか、肩の力が抜けたみたいに。
画面の向こうで爆発音と共に自機が砕け散る音が響く。それがこの関係の終わりを告げているように聞こえた。
「……戻ろうか」
異口同音。その台詞も、どちらが先に言ったかは分からない。
そう、戻るのだ。俺――藤原文彦と本条姫華は、正しい形に向き直るのだ。
彼氏彼女の恋人同士から、生まれた時から共に育った、幼馴染という関係に――
◇
「ふぃ~あっついね!! まだ六月だってのにさ! なにこの暑さ!」
助手席に乗り込んでくるなり、ヒメはそう言って片手で顔を扇いだ。
それについては俺も、全くの同意である。もうすぐ日も暮れるというのに、窓の外からの日射が実に眩しい。
エンジンを掛けて、車を発進させる。
そうして車内のエアコン温度を下げながら、俺は肩を竦めてみせた。
「今年もヤバそうだよな。熱中症には気を付けようぜ」
「だねえ。去年の夏はさ、うちの職場でも倒れちゃった子がいてさあ」
「そうなのか? 室内に居ても油断は出来ないなあ」
こっちが知らない話をヒメがして、俺はそれを不思議にも思わずに頷く。
そう、高校生の頃とは違う。俺たちはもう、なんでも知り得る間柄では無いのだ。
「つうかさ、久しぶりだよね。こうやってヒコと二人で会うのはさ」
「ああ、大学を卒業して以来だから……四年ぶりか」
そんなにかあ、とヒメは笑う。
けれども元気してた、等とは聞いてこない。
分かっているのだろう。恐らく、この短い間に交わした会話だけで、俺の変化を悟ってしまったのだ。
「ヒコは誠実だからさあ。付き合ってる彼女さんが居る間は、絶対にあたしと二人きりにならないよね」
「……それはヒメもだろ」
ああ、そうか。俺もまた理解してしまった。
顔を合わせる機会もめっきりと減ったのに、こうして会えばすぐに分かり合ってしまう。
――なぜ、彼女が俺の呼び出しに応えてしまったのか。その理由も全て。
本当に、幼馴染ってのは厄介な関係だよなあ。
「ラジオ聞いてもいい? この時間、好きな懐メロの番組をやってんだよね」
「おう、いいぜ」
昔からそうだ。ヒメはこういう時、絶対に勝手な操作はしない。必ず了解を求めてくれるのだ。
親しき中にも礼儀あり、を素で実践する。だから俺たちは、居心地の良い幼馴染で在り続けられたんだろうな。
「いいねえ、懐かしいねえ。これ、あたし等が小学生の頃のだよ」
「十六年くらいか。まあ、確かに懐メロだな」
「でしょ」
流れてくる楽曲には聞き覚えがあった。
当時、クラスでも流行ったアニソンの一種だったはず。ヒメも良く友達と一緒に口ずさんでいたっけな。
それをBGMに、俺はハンドルを傾けてゆく。
実の所、目的地は無い。都会の喧騒から離れられる場所なら、何処でも良かった。
それがヒメも分かっているのだろう。特に尋ねる事も無く、鼻歌なんぞをさえずっている。
やがて日が落ち始め、周囲から人の気配が薄れてゆく。そうして海岸線に差し掛かった辺りで、俺は口を開いた。
「直美が妊娠した」
「……そっか」
祝福の言葉は無い。俺の様子から、その言葉に込められた意味を察しているのだろう。ただ、ヒメは目を伏せ、自身の腹へと手を当てた。
その動作が少しだけ引っ掛かる。まさか、彼女も既に――そんな想像が首をもたげ、俺はそっと首を振った。
だとしても、この話を止める事はもう出来ない。
「アイツは、俺の子だって言い張ってるけどな」
「一応、聞いとくけど。思い当たる節は無いの?」
「式を挙げる前だ。避妊はしていたし、それに――」
俺はそこで、初めて口ごもった。
その事実だけは、どうしてかヒメに悟られたくないと、そう思ってしまったのだ。
――ああ、くそ。情けねえなあ、俺。
「……そう。勝算があるんだね」
「ああ、もちろん。証拠も、たんまりと用意してある。少し高くついたけどな」
探偵に依頼をする、なんて事が俺の人生に起こるとは思わなかった。
意外と良くある話ですよ、なんて向こうは苦笑していたっけな。
人の心は移ろうものだって良く言われるが、まさかこんな形で思い知るなんてなあ。
俺の脳裏に『証拠』の映像と音声が流れだす。
二人で過ごしていた寝室に、彼女の艶めいた声と生々しい音が響いていた。
「……本当に、笑っちまうよな。俺が気付いてないと本気で思ってるんだぜ?」
怒りよりも先に、空しさが胸を突いた。
彼女と出会ってから五年。付き合い出してからは四年だ。
少なくない時間を共にしたのに、俺が間抜けなサレ男だと信じているらしい。
「お疲れ様、はまだ言わない方がいいね」
「ああ、そうだな。まだ早いな」
俺が頷くと、ヒメは片手をこちらに差し出した。
「んじゃ、見せて。あるんでしょ、証拠」
「……ああ、そうだな」
オウム返しにそう答え、俺は車を停車させた。
やっぱり幼馴染つうのは厄介だ。けれども今はそれが有難くもある、か。
海が近いせいか、波の音が微かに聞こえる。
俺は薄闇を睨みつけながら、鞄の中にあるそれを取り出した。
「へえ、へえ……? ふうん、やっぱりクロかあ。それもめっちゃブラックじゃん。過労死しそう」
「やっぱり、お前も気付いてたんだな」
「そりゃあね、分かりますとも。こっちもそこそこ、長い付き合いだったからね」
軽口を叩くように見えて、ヒメの声は震えている。
彼女の手にある『資料』へ皺が寄り、引っ搔くような音が響いた。
「うわ、最低じゃんアイツ。なにしてくれてんの、あたしの幼馴染に」
「……すまん」
「なんでヒコが謝るのさ。『アイツら』が悪いんでしょうに」
もっと上手い告げ方は無かったか。そればかりが頭をグルグルと巡ってしまう。
いかんな、俺も結構なショックを受けてるらしい。取り成す言葉さえ浮かばねえ。
「冷静でいられた、つもりだったんだがな」
「無理でしょ。アンタじゃ無理」
「言い切るねえ」
スッパリと一刀両断され、逆に心地良くなってしまう。
「そりゃね、あたしの婚約者よりもずーっと長い付き合いですもの。分からないはずがなくてよ?」
「流石はお姫様。敬服するで御座候」
「うむ、わらわを見くびるでないぞよ」
和モノなのか洋モノなのか。全く分からんこのやり取り。
……ああチクショウ。なんで、こんなに懐かしいかなあ。
「んじゃ、一口噛ませなさいよ。手筈は整ってるんでしょ?」
「ああ。少し遠いけど、それでも良いならお付き合い頂けますかね」
「おうともよ。あの浮気者共を噛み砕いてやらぁ!」
歯ぎしりをする我が幼馴染は、本当に恐ろしい。
全く、奴らも馬鹿な事をやったもんだ。
本当に、全く――
◇ ◇
――寝室に踏み込んだと同時に、悲鳴が二つ上がった。
醜い、あまりにも醜い。聞くに堪えない声である。
「ふ、文彦っ!? ウソ、なんで!? 出張に行ったんじゃ」
「おう、コイツの所までな。ガソリン代もそれなりに掛かったぞ」
県を跨いでまで、会いに行ったんだ。その代償は払ってもらおうか。
俺が顎をクイっと引くと、ヒメが両腕を組んだまま前に歩み出た。
「ねえねえ、みっくん? 今、どんな気持ちなのかなあ?」
「ヒッ……!? ひ、姫華……!?」
素っ裸のまま、慌ててもがく浮気男。なんだこいつ、なっさけねえな。
こんなのがヒメの――『婚約者』だったのかよ。
「ええと、あなたは中野満さんでしたっけ? 一度、この四人でお会いしましたよね」
「あ、ああ……」
「ああ、じゃねえよこのボケカスが。つうか、妊娠初期だってのに盛るか普通? なに考えてんだテメエら」
脅しめいた声を上げたのは、ヒメだ。コイツは怒らせるとマジで恐ろしい。
背は低く童顔であるからか、一見してそうは思えないのだが――野獣の如き獰猛さを合わせ持っているのだ。
「親にも、もう連絡してあるから。もち婚約は破談ね」
「ま、待ってくれ! こ、これは……!」
「うるせえ黙れ。そこのビッチの腹に、アンタの子供が居るんでしょ? 責任を取んなさいよ!」
ベッドの端を、ヒメが思い切り蹴り飛ばす。
面白いくらいに弾んで跳ねる二人を見て、俺は思わず拍手を送ってしまった。
相変わらず、華奢な体に見合わない膂力である。
「ま、待って! 浮気をしたのは謝るから! でも、この子は本当に文彦の――」
「違うね」
やっぱり、ここで言わなきゃならんか。
「俺はさ、無精子症なんだとよ」
「……は?」
「黙ってたわけじゃねえさ。ついこの間、分かったんだ」
すぐさまに告げるつもりではあった。正式に結婚をしてからでは遅い。
婚約を破棄する事さえ覚悟していた。心の底から泣きたくなったのを思い出す。
だが、ほんの少し迷う内に、俺の婚約者は托卵なんぞを目論みやがった。
「なんなら、DNA鑑定をするか? 費用はもちろん、そっち持ちな」
「あ、ああ……? う、うそ……」
「だな。俺もウソだったら良かったよ。なにもかも全部、ウソだったらさ……」
優しく笑う、その穏やかさに惹かれた。
自分よりも料理が上手いと、悔しそうに笑うその仕草が好きだった。
彼女と一生を添い遂げたいと、そう思っていた――のに。
「……なんでだよ」
「あ、あの……」
「なんで、よりにもよってコイツなんだよっ!!」
沸々と湧き上がる怒り。ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!
俺だけじゃなく、ヒメの幸せまでこいつ等は壊しやがった!!
「だ、だって……! 文彦はなんでも出来ちゃうから!!」
「ああ?」
「わ、私が居なくても生きていけるでしょ? 私なんて、必要無かったでしょ?」
なんだ、なにを言ってやがるんだコイツは。
「そ、そうだっ! お前らが悪いんだっ!」
その勢いに乗るように、浮気男が叫ぶ。
「姫華だって、僕を愛してたわけじゃないんだろ!? 本当に好きだったのはそいつなんだろう!?」
「お前、なにを言って」
「知ってるんだぞ! 懐かしそうにその男との画像を眺めてたのを! お、お前だって浮気をしてたんだろ! そうなんだろ!?」
なんだコイツ、なにを言ってるんだコイツ。
狂ったようにせせら笑う声が、癇に障る。暴力を振るうつもりは無いが、聞くに堪えねえ。
黙らせようと足を踏み出し――
「――子供が作れないやつら同士、お似合いだ!!」
……なん、だと?
「……うん、事実だよ。あたしね、少し前に病気をして子宮を取っちゃったんだ」
「な……!?」
「そ、こんな所まで気が合うなんてね。やっぱ怖いね、幼馴染」
アハハ、と笑う姫華の顔はどこか虚ろに見えた。
「お母さん達には口止めをしたんだよ。なんでだろうね、ヒコだけには知られたくなかったんだ」
馬鹿みたいだよね、と目を伏せるヒメを見て浮気野郎が激昂する。
「そら見ろ、やっぱりだ! 僕たちは悪くない! そうだ、お前らがぜんぶ――」
「黙れよ」
今度の蹴りは、俺がベッドへ入れた。
たちまちに転げ落ちる浮気男を見下ろし、俺は床を踏み鳴らす。
「どんな理由があろうが、テメエらのやった事は消えねえだろ」
「ヒッ!?」
「一番辛かったのも、ヒメだったに決まってるだろ。なのに、俺に甘える事すらしなかった。その意味を考えろや」
自分の口から、こんなにも冷たい声が出るとは思わなかった。
「ヒコ……」
「……チッ」
舌打ちをして、クズどもへ向けて再び足を踏み鳴らす。
浮気カップル共は互いに抱き合いながら、惨めに震えていた。
「浮気だけでもアレだっつうのに、托卵までやりやがって」
「ふ、文彦……」
「すぐに出ていけ。荷物は全部、お前の実家に送り返す」
「待って! 話を、話を聞いてよ!!」
泣いて縋ろうとする直美を、横から伸びた手が引っぺがす。
「なんの話だっつうのよ。慰謝料の直談判?」
「あ、ひ……」
「あたしだけならともかく、よくもヒコまで馬鹿にして……っ!」
ヒメの目が釣り上がり、口が半月の如く裂けてゆく。
演技ではない。あれは本気の激怒だ。
「後は、弁護士に任せる」
そのままではクズどもを文字通りに八つ裂きにしかけない。俺はヒメの肩をそっと抑え、青ざめる二人を睨みつけた。
単なる恋人同士ならともかく、俺たち四人は婚約者であったのだ。
「――相応の報いを、覚悟しとけ」
◇ ◇ ◇
「……なーんて言ってたのに、やっぱ甘いよね、ヒコはさ」
「ヒメがそれを言うか……っと!」
コントローラーを握りしめ、俺は自機を操作する。
十年ぶりに遊ぶゲームは、当時よりも歯応えがあるような気がする。何故だ。
「衰えたね、老化だね、もうろくしたね」
「抜かせ」
かつてはノーミスクリアだって出来たのだ。勘さえ取り戻せば、きっと!
「あ、落ちた」
「馬鹿な……っ!」
「アハハ、昔もここでヤラレてたじゃんか。変わんないねえ、ヒコも――それに、この部屋も」
懐かしそうに周囲を見回し、ヒメが笑う。
俺の自室は、小奇麗に整っていた。うちの父親がマメに掃除をしてくれているらしい。
どこかズボラな母と違い、父さんはその辺りが妙に細かいのだ。
「やっぱおじさん似だよね、ヒコ」
「そうかあ……?」
「そうだよ。こんなふうに昔の部屋をそのまんま保存してくれてるの、良いよね」
大学は寮生活だったし、就職先も向こうで見つけた。
帰省するのは盆と正月、それに――直美を連れて挨拶をした時、だけ。
「暗くなるな、青少年。今に良い事あるよ」
「下手な慰めをあんがとよ」
肩をぶつけられ、俺は苦笑する。
「ヒメこそ、大丈夫か?」
「うん、まだあたしの機体は無事だし」
「いや、そっちじゃねえし」
分かってるよ、とヒメは笑う。あの頃と同じ笑顔で笑ってくれる。
「慰謝料も少なく済ませて示談。お人好しだね、ヒコ」
「別に気取ったわけじゃねえさ。だって、アイツの腹には子供が居ただろ?」
複雑な気持ちはまだ残っている。愛情が冷めても、過ごした思い出までは消えてくれない。
呪いみたいなものだ。さっさと割り切れればいいんだろうが、そうもいかない。
あれから一年以上が経過して、ようやく前へ進めるようになったのだ。
「未練……でもないか。ただ単に、親の因果が子に――ってのが気に入らねえだけだ」
「まあ、それはそう。あたしだってそう思う」
だから、ヒメも合意したのだろう。俺と同じ結論を出してしまったのだろう。
そしてこの一年の間、互いの間で半ばタブーとなっていた、この話題を口に出したのだろう。
「……言ってしまえば、寝覚めが悪い。それだけなんだがな」
結局、子供は無事に生まれたそうだ。
あんなに雑に扱われて、流れなかったのは奇跡的だとかなんとか。直美のご両親がそう言っていたっけ。
「胸糞悪い一連の事件で、それだけが救い――と言っていいのかねえ」
「だねえ」
最後に会った時の二人を思い出す。
周囲から散々に責められ絞られ、見るも無残に憔悴しきっていた。
浮気の理由としては、互いのパートナーに対する不満が燻ぶり合い、火が点いてしまったそうだが――正直言って、知った事か。
噂も色々と広がり、肩身の狭い思いどころの話ではなかったらしいが、自業自得である。
憑き物が落ちたみたいに、ただひたすらに謝罪を告げるクズ男に対し、あの日のヒメは哀しく笑った。
『……こんな人でもさ、少し前までは優しかったんだよ。あたしをいつも気遣ってくれた。とても繊細で、抱え込んじゃうタイプでさ、だからあたしの事で色々と気に病んじゃったのかもね』
許せはしないけどね、という彼女に俺も頷いた。
反省はして、直美とも一応籍は入れたらしいが、信用はしていない。ただ、生まれた子が不幸にならない事を祈るだけだ。
「後はまあ、俺らもそこまでは責任取れねえしな」
「んだあね」
やられたー、と言ってヒメがコントローラーをほっぽり出す。
「子供は生まれて来る親を選べない。理不尽だよね」
「そうだな……」
しみじみと、そう思う。
この世に生まれる事が出来るかどうかさえ、親の気持ちひとつなのだ。
「んで、それを踏まえてどうするね?」
「ああ、どうするかな?」
とはいえ、答えはもう決まっているようなものだ。
トラウマは大きい。互いに女性不信、男性不信になりそうだった。
けど、なんで浮気をされた俺たちが不幸になってやらにゃならんのだ!
仮に、そうされる理由か原因が俺らにあったとしても、あの連中のしでかした事は下劣そのものである。
「遠回りをしたって思うか? 十年前に別れなきゃ良かったってさ」
「わかんない」
「即答かよ」
「だって、あたし達は神様じゃないんだし。なにが最良か、なんて分かるわけないじゃん。それこそ、このゲームみたいに最適解のルートがあるわけじゃないでしょうに」
ごもっとも極まる意見であった。ぐうの音も出ない。
「だなあ。道っつうのはきっと、歩ききったその後に分かるんだろうなあ」
だから、俺とヒメはどちらからともなく、決めたのだ。
この日を迎えるまでに、気持ちが再び固まったなら、それならば――この場所で。
「あー、なんだ。子供は生まれる親を選べねえって言ったよな」
「うん」
「だから、その。いつか俺たちが家族を迎えようと思った時は……その子に、ちゃんと選んでもらえるようにしないとな」
声が震える。体が強張るのが自分でも分かった。
けれど、それが嬉しい。ヒメを相手にちゃんと緊張出来る事が、なによりも嬉しかった。
「う、ん……」
横目で見ると、ヒメが頬を紅くしていた。波打つ髪を指で巻いて、クルクルと回している。
初めて見る仕草だ。昔の短い髪の彼女では出来なかったこと。とても愛らしく、可憐な姿であった。
――なんだ、まだまだ知らない事があるじゃんか。
俺はコントローラーを握り直し、モニターの方へと向き直る。十年前の、あの時と同じように。
もしかしたらこれは、あの幼く未熟だった俺たちへの、意趣返しなのかもしれない。
「なあなあ、ヒメさんや」
「なんだい、ヒコさんや」
掛け合いが楽しい。返って来る言葉が、愛おしく感じる。
「俺さ、夏のボーナス出たんだよね。去年よりも増えたんだぜ」
「す、すごいじゃん」
「おうよ。だからさ、えっと」
肩に、重みがのしかかる。あの頃よりも強く、熱く、柔らかい。
「この後さ、指のサイズを測りにいかないか?」
「……っ!」
息を呑む気配が伝わる。
「慰謝料や、アレを売り払った代金で買うのは嫌だしさ」
「……うん」
ズズッと、鼻を啜るような音が聞こえる。
「俺は、やっぱヒメじゃないと駄目だな」
「あたしも、やっぱヒコじゃないと駄目だね」
そんな単純な事を理解するのに、十年が掛かってしまった。徒労と疲労が重くのしかかる。
それが幸か不幸かは、やっぱりこの先へと歩いた後に分かるのだろう。
「なあ」
「ねえ」
そうして俺たちは、再びやり直す。元に戻る。
十年前のあの夏と同じ場所、同じ日時、同じ態勢で――異口同音に。
「――結婚しようか」
やっぱり、どちらが先に言ったのか分からない。
けれども、込められた意味は、あの時とはまるで正反対で。
「はは……っ」
「あはは……っ」
感極まったように、ヒメが笑い俺も続く。
かつて虚ろに空しく響いたそれは今、明るく希望に満ちたものへとすり替わる。
「……愛してる」
それもまた、どちらが言い出した言葉だったか。
けれど、かつては決して口に出せなかったもので。
俺たちは照れ臭そうに笑いながら、そっと唇を重ね合う。
十年ぶりに交わしたキスは少し塩辛く――そして、とても懐かしい味がした。
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