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神奈月村にて

作者: 彼岸
掲載日:2026/05/20

ある日、神奈月村が勝手に私の夢に入ってきました。

いや、正確に言えば神奈月村が私の夢に現れたのです。

これはもう、描けと言ってる!と直感した私は、書きました。

これは、その話です。

おら……「春」は、神奈月村さ住む女の子だ。

おっかあと、囲炉裏のあるあったけぇ家で暮らしてた。

おっとうは帰ってこねぇ。記憶にもあんまり残ってねぇけど、おっきくて、やさしかった思い出がある。

だから、ちょっぴりさみしかった。

おっかあは、ときどき、さみしそうにおっとうの様子をラジオで聞いでいた。

村には、おっきな広場みてぇなとこがあって、そこでみんな集まって、一つのラジオを聞いでた。

みんなラジオさ釘づけで、それ流れてる間は、ずっとしゃべる声が小せぇ。

ラジオって、子どものおらには不思議なもんだった。

机の上さ乗せられでる姿は、なんだか特別で、神さまみてぇに見えた。

「……大本営発表。本日未明、帝国海軍航空部隊は南方海域において敵艦隊を攻撃。我が軍は敵巡洋艦ならびに輸送船多数に損害を与えたり……」

ラジオの声は、なんだか難しくて、立派で。

大人たちは真剣な顔して聞いでいた。

「……鬼畜米英撃滅の聖戦は、ますます我が方に有利に進展しております……」

何言ってるか、よぐわがんねかった。

「これ、なんだべ?」

おらが聞ぐと、おっかあはやさしく、穏やかに笑って言った。

「おっとうはな、遠ぐの海さ行って、悪い奴らど戦ってけでるんだ」

「すげぇ!」

おらは目ぇ丸くした。

「帰ってくっといいなぁ」

おっとうはすごかった。

誰にもできねぇことしてくれる、特別な人。

遠ぐにいる、かっこいい人。

おらはおっとうに憧れでいた。

おっかあは雑炊作ってくれた。

それは、おっかあが作ってくれたからだべか。

すんごぐ美味しかった。

おっかあは少しさみしそうに、それでもやさしく笑って、おらが食べるの見でくれていた。

「おっかあ、これうめぇな」

すると、おっかあは静がに笑った。

「いっぱい食べで、大きぐなりなさい。大きぐなったら、やさしいおっかあになるんだぞ」

「やさしいおっかあに……?私が?」

「……そうだ。おめぇなら、きっとなれるべ」

おっかあはその時、なんだか少しだけさみしそうで。

でも、とってもやさしい顔して笑うのだった。

家ん中は、雑炊のあったけぇ匂いでいっぱいだった。

その匂いが、やさしい空気さしてくれた。

あったかくて。

おらは、この時間ずっと続げばいいのにって思ってた。

おっかあの笑顔は、おらにとって、一番の幸せだった。

でも。

今、おっかあはいねぇ。

死んだんだ。

おらは、どこまでも走った。

山ん中は、なんだかじめじめしてた。

とくに地面。

雨あがりだったからだべか、水たまりの水が、ときどき足さぴちゃって当たった。

それでも、おらは走った。

……おっかあ。

おっかあ……。

おっかあ……。

頭ん中、おっかあのことでいっぱいだった。

でも、走った。

はぁ……はぁ……はぁ……。

息がうるさかった。

後ろは振り向がねで、ずっと走った。

おっかあは死んだ。

なんでだべ。

わがんね。

でも――あの家さ、もう戻れねぇんだって。

なんだか、どっかでそう思った。

……やだ。

頭ん中さ、急に言葉がわいできた。

まるで、お湯がぐらぐら沸ぐみてぇに。

やだ……!

あの家さ戻れねぇなんて……

やだ……!

ガッ!!

木の根っこだが、なんだがさ足が思いっきりぶつがった。

視界がぐわんって揺れた。

足のどごが、ずぎって痛かった。

でも、おらは這うみてぇに前さ進んだ。

目ん前で、木の根っこど土が、ゆらゆら揺れてた。

ここがどごだがも、わがんなぐなりそうだった。

真っ暗な闇が、後ろから迫ってきてる気がした。

おらは、ぶるっと震えた。

だめだ。

ここじゃ……


おら、春は山から戻ってきた。

春だ。

おらは。

そうなんだ。

でも、それだけだった。

おらは、這うみてぇにして進んでいた。

足引きずって、手ぇは地べたさついていた。

とてもでねぇけど、ちゃんと歩げなかった。

夜ももうすぐ明げる頃だった。

空は白ぐなりはじめでて、紺色に、少し緑っぽい色が混ざってた。

なんだか、不思議な色。

やさしい色。

山ん中なら、おら、きっと見でたと思う。

でも今は見れねぇ。

おら……

おら……

おら……

そればっかり、口から出でた。

ゆっくり。

ずる、ずるって進んでた。

口はぽかんて開いだままで、よだれが垂れできてた。

でも、それも拭ぐ気になれなかった。

家が見えた。

役人はいねかった。

もう、来ねぇみてぇだった。

家の戸さ手ぇかげで、力いっぱい押した。

バンッ!!

音がした。

おらは、びくってなった。

びくって。

体が勝手に跳ねた。

どっか壊れだべか。

わがんね。

わがんなくても、よかった。

戸の陰さ隠れるみてぇにして、おらは家の前の土さ座りこんだ。

目ぇだけが、動いでた。

ぎょろ。

ぎょろ。

ぎょろ。

あっち。

こっち。

向こう。

誰もいねぇのに。

何もねぇのに。

見ねぇど。

見ねぇど。

何か来る気した。

家の囲炉裏は、火ぃ消えでた。

しん……としてた。

でも、付け方は知ってた。

おっかあがやってた。

手ぇの動ぎ。

火ぃの見方。

覚えでた。

覚えでたんだ。

そっと近づいた。

囲炉裏の上さ、蓋ついた鍋あった。

開げた。

冷てぇ雑炊だった。

おっかあ。

思い出す。

おっかあがやってくれたみてぇに。

そのへんさ転がってたお椀さ、雑炊すくった。

お椀には米粒くっついてた。

床は濡れでた。

塩っぽい跡。

前のまんま。

そのまんま。

腕、ぶるぶるしてた。

いっぱい、こぼれだ。

でも。

もう、よかった。

がぶりって飲んだ。

……

オイシイ。

体の中さ、入ってきた。

あったけぇ気した。

でも、味はよぐわがんなかった。

疲れでた。

ものすごぐ。

疲れでた。

それからは、もう構わねかった。

お椀ですくって。

がぶ。

がぶ。

がぶ。

飲んだ。

浴びるみてぇに。

口の脇から垂れでも、構わね。

喉さ流し込んだ。

とにかぐ。

おいしくて。

おいしくて。

気づいだら、なくなってた。

鍋の底、見えでた。

……なくなってた。

なんだか。

もっと欲しかった。

もっと。

もっと。

もっと。


それからおらは、一人っきりでこの家さ住んでいた。

村人はいだ。

……いたはずだった。

でも、どごさ行ったが、よぐわがんなかった。

なんとなく。

なんとなぐだけど。

わがるような気もした。

考えっと、胸の奥がもぞもぞした。

だから、おらは考えねようにした。

空っぽんなった鍋の中を、じっと覗いでいた。

おらは口のまわりを、ぼろ布で拭いた。

家さあったやつだ。

なんであったが知らね。

でも、あった。

だから使った。

おらは、とにかく腹ぁ減ってた。

腹減る。

腹減る。

腹減る。

それ以外は、もうどうでもよかった。

そういや、あの山には山姥の話あった。

山姥が山さ出で、人襲って、連れてって、殺してしまうって。

子どもの頃、おっかあも言ってた。

「暗くなる前に帰ってこい」って。

でも、おらはそれ以上知らね。

知らねけど。

怖ぇ山だった。

だから戻ってこれで、よかった。

……よかったんだ。

ここは町からずっと遠い村だった。

だから、人はあんまり来ね。

広場さあったラジオも、誰もいねかったから、おら持って帰ってきた。

家さ置いた。

つけた。

そしたら。

「……堪え難きを堪え、忍び難きを忍び……」

知らね男の声がした。

くぐもってた。

遠ぐから土さ埋まってる人が喋ってるみてぇだった。

なんだか変だった。

村は静かだった。

しん……としてた。

静かすぎた。

いつからだべ。

誰もいねぐなったみてぇだった。

風の音もしねぇ。

笑い声もしねぇ。

戸の閉まる音もしねぇ。

だから、その変な声だけ、よぐ聞こえた。

いつもの放送ど違った。

暗ぐて。

重ぐて。

沈んでた。

嫌だった。

おっとうのすげぇ話しねぇ。

船も。

敵も。

勝った話も。

なかった。

嫌だった。

だから、おらラジオ持って、また広場さ戻した。

夏だった。

暑い日だった。

空は、どごまでも青かった。

開げたみてぇな空。

青ぐて。

高ぐて。

それが見えるぐらい、静がだった。

物音、一つしねぇ。

……

みんな、どご行った。

おら、そう思った。

村の建物は、そのままあった。

そのまんま。

なのに、家の戸はどごも開いでた。

そっと覗いた。

ぐちゃってしてた。

家具が倒れでた。

散らがってた。

茶碗も。

布も。

箱も。

そのまんま。

急いで出でったみてぇだった。

靴も転がってた。

あっちにも。

こっちにも。

たぶん、おらみてぇに裸足で走ったんだべ。

……役人さん、怖かったんだべか。

そう思った。

でも。

なんだか。

違う気もした。

家の中、誰もいねぇのに。

誰か、いる気がした。

ずっと。

見でる気した。


おらは、ずっとこの村で暮らしていた。

ずっと。

朝んなれば起ぎで、腹減って、なんか食って。

でも、したって山さ出た鹿の肉だ。

なんでか切れて置いてあった。

誰がやってんだべ。

…お腹減った。

暗ぐなれば家さ戻った。

そんなふうにしてた。

でも、その間に、ときどき誰か来ることあった。

知らね人。

山道さ迷って来たみてぇな人。

ある日も、一人来た。

男の人だった。

村の誰かに、少し似でた。

だから、おら、なんだか嬉しくなった。

その人は笑って言った。

「いやぁ、迷っちゃってさ。道案内してくれて助かったよ。……こんなとこで、一人なのか?」

「そうだよ」

おら言った。

「いやぁ、お腹も減ってるし、寂しかったからさ。できれば食べもんほしいなぁ」

男の人は、ちょっと変な顔した。

「……そうなの?」

「そうだよ」

「……」

少し黙ってから、その人笑った。

「なら、いい話あるんだよ」

「なんだべ?」

「宿あり、飯付き。ちゃんとした食事だよ」

男の人は指立てた。

「白米だって食える」

おら、ぱちくりした。

「雑炊でねぇの?」

「いや……雑炊がいいなら、それでもいいけど」

「なにそれ、どんな話?」

男の人は少し近寄ってきた。

「……俺と一緒に来てみなよ」

「?」

「そうすりゃ、いい話だってわかるから」

言いながら。

男の人、おらのももたさ触った。

やわって。

そっと。

なでるみてぇに。

おら、びくってした。

「……えっ」

なんか変だった。

やわらかすぎた。

おっかあと違った。

その人は笑った。

「……春ちゃんなら、大丈夫だよ」

「大丈夫って何?」

「いや、ほら」

男の人、笑ったまま。

「いけるっていうか……向いてるっていうか」

「なにさ」

よくわがんなかった。

だから、おら、じーっと顔見だ。

男の人も、おら見でた。

笑ってた。

でも。

なんか変だった。

おっかあは、さみしい顔して笑ってた。

でも、この人は違った。

なんだべ。

なんだか。

下から覗いでるみてぇな。

井戸の底から見上げるみてぇな。

変な感じ。

でも、おら腹減ってきた。

どうでもよくなった。

「……あの」

口動がした。

ちょっと、よだれも垂れた。

「今、食べたいんだけど」

男の人、止まった。

「あ……今?」

「うん」

「……」

黙った。

風だけ吹いた。

結局。

男の人、食べ物持ってなかった。

いい話も、最後までよぐわがんなかった。

いつのまにか、いなくなった。

帰ったんだべか。

消えたんだべか。

わがんね。

でも。

鞄だけ残ってた。

おら、開げた。

中さ箱あった。

森永 キャラメル

って書いでた。

知らね。

でも、甘い匂いした。

すごぐ、いい匂い。

だから、おら包み紙取った。

四角いの出できた。

食った。

……

あめぇ。

おいしい。

おいしい。

おいしい。

おら、次も食った。

次も。

また次も。

口ん中、あめぇ匂いした。

腹、いっぱいなってきた。

いっぱい。

いっぱい。

……

なんだか。

眠くなってきた。


それから、しばらぐ。

誰も来ねぐなった。

ほんとに、誰も。

風だけ通って。

蝉だけ鳴いて。

夜になれば、虫の声だけ聞こえて。

おらは、ずっとここさいた。

腹は減った。

いつも減ってた。

ひもじかった。

だから山さ行って、鹿探したりした。

前は、ときどきあった。

鹿の肉。

切られでて。

置いであった。

誰がやったが知らね。

でも、あった。

だから食った。

でも最近は、少なくなった。

あんまり、なくなった。

鹿も見ね。

おらも、鹿なんか狩れね。

追っかけでも、逃げるし。

速ぇし。

だから、おらは腹さ手ぇ当でて、ぼんやりしてた。

そしたら、ある日。

ブロロロロロ……

って音した。

おっきい音。

山鳴りみてぇな。

でも違った。

生き物じゃねぇ音。

おら、飛び起きた。

夜だった。

でも、その音、すげぇ目立った。

外さ出た。

夏の夜は、じめじめしてた。

空気が肌さくっつぐ感じ。

なんか動きにぐい。

ねばってるみてぇだった。

そしたら。

いた。

男の人。

女の人。

てかてか光る、おっきい機械さ乗ってた。

見だことねぇやつ。

目ぇ、光ってた。

虫みてぇだった。

男の人は、上の服薄くて動ぎやすそうだった。

女の人は、ふわふわしてた。

髪、二つに分けでた。

へんな感じ。

ふわってした飾りもついでた。

変なのに。

なんか、かわいかった。

おら、見でた。

ずっと見でた。

そしたら女の人が言った。

「すいませ〜ん、あたし達迷っちゃって。」

なんだべ。

その喋り方。

なんか。

かわいかった。

女の子っぽいっていうか。

なんか。

好きだった。

……あたし。

いいな。

おらも使ってみっかな。

そう思った。

おらは、いつものように道教えた。

ちゃんと。

丁寧に。

教えた。

……はずだった。

女の人。

「ん……?」

って顔してた。

でも、すぐ笑って。

お辞儀した。

男の人が、おら見だ。

変な顔だった。

「あなたはここに住んでるんですか?一人で?」

「そうだよ。寂しいこともあるけどね、おっかあもいないし」

男の人、ちょっと止まった。

「…おっかあ…お母さんのことですか。それは寂しそうですね。」

「…ちょっと食料が足りないのが嫌だけど、町まで行くのはおっくうで。身だしなみもそんな整えてないし」

そしたら女の人、急に言った。

「え、そんなことないですよ!あなた中森明菜みたいな髪型してますし、むしろ小綺麗だし。」

……ほめられた。

たぶん。

なんか嬉しかった。

でも。

腹減った。

腹のほうが、おっきかった。

おら、男の人見だ。

荷物、多かった。

いっぱいあった。

食べ物ありそうだった。

だから、おら言った。

「……今、なんかくれない?」

風、止まった。

虫の声だけ、聞こえてた。


「キャーー!!!」

気がついたら、あたしは叫んでいた。

だって。

だって目の前で……あたしの大好きな、光雄くんが。

消えたんだもの。

食べられた……?

いや、違う。

飲み込まれた……?

わからない。

何が起こったのか、本当にわからなかった。

ただ。

ほんの一瞬だった。

あまりにも、はやすぎた。

さっきまで。

さっきまで、あの中森明菜みたいな髪型のおばさん、普通だったじゃない!

小綺麗で、おとなしくて、ちょっと変わった人で。

なのに。

なのに……

「……っ!」

逃げなきゃ。

頭の中、それだけだった。

おばさんは、まだ何か探していた。

地面を見たり。

きょろきょろしたり。

何か落としたみたいに。

今だ。

今しかない。

あたしは走った。

息なんかしてる暇なかった。

足ももつれそうだった。

転びそうになって、それでも走った。

車。

車!

乗って……

……いや待って。

あたし、そんな運転したことない!

でも、そんなこと言ってられなかった。

震える手でドアを開けた。

鍵。

どこ!?

これ!?

わかんない!

「お願い……お願いだから……!」

手が震えてた。

何度も何度も失敗して。

やっとエンジンがかかった。

ブロロロロ……!

「やった……!」

いや、違う!

急がなきゃ!!

アクセルとか、もうよくわかんなかった。

踏んだ。

とにかく踏んだ。

おばさんが教えてくれた方向?

そんなの知らない!

反対!

反対行く!!

思いっきりハンドル切った。

タイヤが変な音した。

怖い。

怖い怖い怖い!!

なんで!?

なんで、光雄くんっ!

なんでこんな変なところに冒険心なんか出しちゃうの!?

涙が急に出てきた。

視界がぼやけた。

でも止まれなかった。

止まったら。

止まったら、後ろから…。

嫌な想像が頭に浮かんだ。

見ない。

バックミラーも見ない。

絶対見ない。

車は揺れた。

ガタガタいった。

でも走った。

ずっと。

ずっと。

ずっと。

……

気がついた時には。

街の灯りが見えていた。

あたしは、そのまま、泣きながら逃げ続けた。


あれ。

あの女の人、逃げちゃった。

おら……

いや、あたしは、ぽかんとしてた。

なんでだべ。

お腹は、もういっぱいだった。

ぽかぽかしてた。

でも、あの男の人、あんまり良さそうなもの持ってなかった。

荷物、がさごそ見てみたけど。

甘い匂い、あんまりしね。

なんだべな、これ。

箱みてぇなのあった。

「ガム」って書いであった。

知らね。

でも、中さ薄い紙で包まれたの入ってた。

あたし、一個取って食べた。

……

もぐ。

……

なんだこれ。

変な味。

甘いような。

でも、なんだか口の中さ、ずっとくっついでる感じ。

いやだった。

「ぺっ」

扉の前の土さ吐いた。

なんだべ。

おいしくね。

あのキャラメルの方が、ずっとよかった。

あたし、そう思った。

あの男の人、なんだか固ぇ感じしたなぁ。

なんでだべ。

そんなこと考えながら、口のまわり拭いた。

ぼろ布で、ごしごしって。

……

あれ。

赤かった。

赤。

赤いの、ついでた。

あたし、ちょっとだけ見だ。

見で。

それから。

まあ、いっか、って思った。

夏の風、じめってしてた。

どっかで、ひぐらし鳴いでた。


それから、またしばらぐ経った。

誰も来ね。

ほんとに、来ね。

たまに遠ぐで音した気ぃしても、誰もいね。

風だったり。

鳥だったり。

そんだけだった。

でも、お腹は。

前みてぇに空ぐこと、少なくなった。

最近は、なんだか鹿の切り身にありつげるようになった。

なんでだべ。

わがんね。

鹿の死体の横さ、置いである。

切られでる。

きれいに。

食べやすぐ。

前から、そういうことあった。

でも最近、また増えた。

誰がやってんだべ。

あたし、わがんね。

でも、あったから持って帰った。

囲炉裏さ乗せた。

じゅう……

じゅう……

火さ近づげると、肉の匂いした。

あったけぇ匂い。

あたし、じっと見でた。

冬だった。

寒かった。

家の隙間から、風入ってきた。

ひゅうって。

囲炉裏の火ぃも、ときどき揺れた。

そしたら。

雪、降ってきた。

あたし、外さ出た。

しんとしてた。

音、しねかった。

ほわ……

ほわ……

雪、落ぢてきた。

ゆっくり。

ゆっくり。

白ぐて。

ふわふわしてた。

なんか。

なんだべ。

きれいだった。

でも。

ちがう。

きれいってだけでも、なんか足りね。

言えね。

言えねけど。

隣の家の屋根さ、雪積もってた。

白ぐ。

まるぐ。

ぼうって。

光ってるみてぇだった。

月の光、乗っかって。

ぼんやりしてた。

あたし、見でた。

ずっと。

腹減ったのも忘れで。

寒いのも忘れで。

見でた。

なんだか。

誰か、帰ってくる気した。

雪の向こうから。

歩いで。

歩いで。

おっかあが。


また、大きな音した。

前のより、ずっと。

ブォロロロロォォ、ゴゴゴ……

腹の奥まで震えるみてぇな音。

地面まで、ぶるぶるした。

あたし、飛び起きた。

なんだべ。

また誰か来た。

外さ出た。

雪の上、裸足で走った。

冷てかった。

でも、気になった。

見えた。

前のてかてかしたのより、もっとおっきい機械。

黒っぽくて。

ごつくて。

生き物みてぇだった。

機械だけ来た気した。

でも。

……動いた。

中で。

なんか、いた。

人だ。

人いた。

どんどん出てきた。

一人。

二人。

三人。

四人。

五人。

いっぺんに。

みんな、きょろ。

きょろ。

きょろきょろしてた。

寒そうに肩すぼめて。

雪踏んで。

あっち見で。

こっち見で。

そしたら、一人が後ろの山見だ。

ぴたりって止まった。

それ見で、みんなも山見だ。

ひそひそ話しはじめた。

「…あれ、山姥伝説の山だよ。戦争末期に八十五人が行方不明になって、帰って来なかったやつ。」

「やばいじゃん、やめよ。」

「でも、行くしかないっしょ。」

「てか、他にも行方不明者いるんでしょ?」

「そう、少なくとも五人は。でも、この山で迷ったことになってる。」

「オカ研も、とんでもないことに巻き込まれるかー」

「女の人が錯乱して化け物が出た、って言ってたっていうのもあるよ、マジじゃない?ここ」

……

あたし?

あたしのことだべか。

扉の影さ隠れで、じっと見でた。

誰にも見つがらねように。

見でた。

なんにも、できねかった。

なんだか。

胸の奥、変だった。

でも。

その時。

いた。

一番後ろ。

一番、怖そうな顔してる女の人。

その人。

その人だけ見だ瞬間。

頭、真っ白なった。

……

おっかあ。

おっかあだ。

おっかあ。

おっかあ。

違う。

違うのに。

生き写しだった。

目ぇ。

口元。

困った顔。

雪の中さ立ってる感じ。

全部。

全部、おっかあだった。

胸の奥が。

ぎゅうってなった。

なんだか、急に。

お腹、空いた。


「……そこのあなたがた」

あたしは、出ていった。

雪、踏んで。

ぎゅっ。

ぎゅっ。

音した。

五人、びくってした。

「わぁ!あ、ここに住まれてるんですか?」

「そうですよ」

おら……いや。

あたし、言った。

「え、ここで?一人で……?」

そしたら。

五人とも、急に静かになった。

しーんってした。

隣の家も。

その隣も。

誰もいね。

村じゅう、静かだった。

雪だけ降ってた。

ほわ……

ほわ……

白いのが、頭さ落ちた。

あたしにも。

あの人たちにも。

冷たかった。

あたし、言葉探した。

頭の中、ぐるぐるした。

なんか言わねど。

変に思われる。

だから。

口が勝手に動いた。

「……みんな山姥とかいうのにに怯えて逃げちゃって。本当は熊とかだったんだろうけど、今はあたしだけ。」

言ってから。

なんか、変だった気した。

変な声だった。

誰の声だべ。

あたしの声だった。

たぶん。

「あぁ〜、そっか〜」

一人が、うんうんした。

「ここ、熊もよく出るんだよ。」

「まじで?それも怖いじゃん。」

「だから行方不明になったと考えれば納得はいくけど…」

みんな、納得したみてぇだった。

でも。

一人だけ。

……おっかあ。

違う。

違うけど。

おっかあ。

その人だけ、見でた。

じーっと。

あたしの顔。

目ぇ。

見でた。

「…何か、変なもの見たりしてないですか?」

「…変なものかは知らないけど…女の人が逃げてったことはあったね。すごい叫んでた。」

「え、それ何かにあったのかな、」

あたし、考えた。

女の人。

走ってた。

泣いでた。

怖がってた。

だから言った。

「わかんないけど、逃げないと、って言ってたな。」

四人、また納得した。

「でも、問題はあの山。あの山が伝説なんだよ〜」

「え、熊よけとか大丈夫そう?」

「大丈夫。持ってきたよ〜」

でも。

……おっかあだけ。

動がね。

体、固まってた。

雪、肩さ積もってるのに。

動がね。

じーっと。

あたしの目ぇ見でる。

なんでだべ。

そんな変だべか。

あたしの目。

……

あ。

そういえば。

うち。

熊よけみたいなの、ねぇ。

鈴も。

笛も。

なんにも。

それが。

変なのかな。

でも。

なんで、おっかあ。

そんな怖そうな顔してんだべ。


「え、こんなのが熊よけで良いの?!」

「大丈夫、いざとなったら逃げるから。」

「やばいでしょ、やばいって!」

「……」

「ハナちゃんも、元気出してよ、怖いなら車で待ってよ!」

「はい……いや…私もついてく…」

「なら行こう!」

五人は、わいわいしてた。

車から、いっぱい物出してた。

がちゃがちゃ。

ごそごそ。

長い棒。

袋。

箱。

見だことねぇもの。

雪の上さ、いっぱい並んだ。

みんな、にぎやかだった。

笑ってた。

声、いっぱいした。

村で、人の声こんな聞いだの。

いつぶりだべ。

おら……いや。

あたし、ずっと見でた。

お腹、さっきから。

ごろごろしてた。

ぐるぐるしてた。

腹、減ったんだべ。

たぶん。

でも。

見でた。

ハナ。

いや。

おっかあ。

目、離せねかった。

ハナ。

……

おっかあも、花の名前だった。

たしか。

ユリ。

……だった。

顔。

同じだった。

目ぇも。

口も。

困った時の顔も。

全部。

全部、おんなじだった。

気づいたら。

口、動いでた。

「ハナ……雑炊って、作れる?」

「…え!?」

びくってした。

肩、跳ねた。

わがった。

でも。

あたし。

腹減ってるのに。

なんでだべ。

なんでか。

手ぇ出せる気、しねかった。

「…雑炊のカップ、あるよね。」

「うん、あるよ」

「それ、おばあちゃんに作ってあげよ」

……

おばあちゃん。

「…おばあちゃん…」

声、出た。

小さぐ。

勝手に。

おばあちゃん。

あたし。

おばあちゃん。

……?

なんだ、それ。

おら。

春だ。

春。

春だべ。

おばあちゃん、じゃね。

……なのに。

頭、止まった。

ぐらぐらした。

ハナの顔、ぼやけた。

雪みてぇに。

白ぐなった。

それから、声出ねかった。

ハナは、一緒に家さ入ってくれた。

囲炉裏。

鍋。

暗い家。

いつもの家。

なのに。

なんだか、違った。

あたし、ぼうっとしてた。

何も考えられねかった。

ただ。

頭ん中。

ぐるぐる。

ぐるぐる。

あたしが。

おばあちゃん。


雑炊、ことこと鳴ってた。

囲炉裏の火、ぱちって鳴った。

あったけぇ匂い、家ん中さ広がってた。

前にもあった匂い。

ずっと前。

おっかあといた時の。

でも、なんか違った。

なんか。

少し遠かった。

あたしは、ぼうっと座ってた。

頭、まだぐるぐるしてた。

ハナは、なんか落ち着がねみてぇだった。

家の中、きょろきょろして。

ごそごそして。

それから、鏡出した。

ぴかってした。

見だことある。

でも、あんまり見ねやつ。

村役場さあった。

でも、見に行がねかった。

「……なんか曇ってる気がするから」

ハナ、言った。

笑ってた。

でも、笑ってなかった。

なんだか。

何回も見でた。

角度変えて。

また見で。

また見で。

そうしねぇと、安心できねぇみてぇだった。

あたし、見でた。

ずっと。

それ。

見せて。

気づいたら、言ってた。

ぽつりって。

ハナ、止まった。

こっち見だ。

少し迷って。

鏡、渡してきた。

あたし。

見だ。

……

「これが……」

声、出た。

目、開いた。

ぽかんってした。

鏡。

映ってた。

おら……いや。

あたし。

……

しわしわだった。

おばあちゃんだった。

髪、ぼさぼさで。

顔、しわくちゃで。

皮、たるんで。

口元、赤黒くて。

目だけ。

目だけ、変だった。

ぎらぎらしてた。

村役場の鏡。

あった。

でも。

行がねかった。

いや。

見に行がねかった。

腰も、いつからか曲がってる気がした。

足も、少し変だった。

何か。

ずっと。

何か、おかしいって。

思ってた。

でも。

見に行がねかった。

見だぐなかった。

……

ハナ。

口から出た。

意味もなく。

「……どうしたの?」

ハナ。

やさしい声だった。

おっかあと同じだった。

あたし、口開いた。

声、出た。

ゆっくり。

「……あたしが。」

ハナ、首かしげた。

「?」

雪、降ってた。

ほわ……

ほわ……

静かだった。

すごく。

静かだった。

「……このあたしが…。」

喉、痛かった。

でも、言った。

言わねぇと。

わかったから。

やっと。

やっと。

「……山姥なんだよ。」

しん、ってなった。

雪だけ。

ほわ……

ほわ……

降ってた。


「……」

ハナは。

山姥のあたし見で。

何も言わねかった。

叫ばね。

逃げね。

驚ぎもしね。

ただ。

じっと。

食い入るみてぇに。

目ぇ見でた。

ずっと。

怖ぇぐらい。

「……なんで山姥なんですか?」

ハナ、言った。

ぽかんってしたみてぇな。

変な声だった。

頭、追いついでねぇ声。

戸の向こう。

あとの四人。

遠ぐで、ひそひそしてた。

こっち見でた。

でも、入ってこね。

おら……いや。

あたし、喉動いだ。

なんか。

痛かった。

声、出ねぇ気した。

でも。

出した。

「……あたしのおっかあは、山姥に襲われた。」

火、ぱちって鳴った。

「……何がどうなったのかはよくわかんなかったけど、あたしも。……それで、山姥になった。」

やっと出た。

絞り出したみてぇだった。

喉の奥。

ぎゅうってした。

ハナ、瞬きした。

「……どうやってなったか、わかんない…?」

その声で。

やっと。

やっと、驚いたのわかった。

「……そうだよ」

あたし、言った。

「山姥になったと気づいたのは、いつからか……でも、おっかあが死んだ家に戻ってきてから……なんとなくわかってた。」

声、かすれた。

変だった。

ハナの方、見れねかった。

上、向げねかった。

向いだら。

なんか。

終わる気した。

「……村人がいないのも…。」

声、小さぐなった。

「……何人かいなくなったのも……。」

囲炉裏、揺れた。

「………おんなのひとが、さけんでたのも……」

言葉。

切れた。

うまく出ねかった。

泣いてねぇ。

涙も出ねぇ。

でも。

泣いでるみてぇな声だった。

しばらぐ。

音、しねかった。

そしたら。

ハナが言った。

下向いたまま。

暗い声で。

「……あなたは、雑炊が食べられるんでしょう。どうして…。人間を…食べたんですか。」

戸の向こう。

四人、近づいた。

雪、ぎゅっ。

ぎゅっ。

足音した。

止まった。

聞いでた。

全部。

わかった。

気配で。

でも。

誰も、入ってこね。

誰も。

何も。

言わね。

……

あたしも。

何も言えねかった。

言えねかった。

だって。

わがんねかった。

腹、減ったから。

ただ。

腹、減ったから。

そう言えばいいのに。

言えねかった。

雪だけ。

ほろ……

ほろ……

降ってた。

白ぐ。

静がに。

ずっと。

ほろ……

ほろ……

雪、降ってた。

かなり積もってた。

屋根も。

道も。

村の端っこも。

白ぐなってた。

足跡、消してくみてぇだった。

誰が歩いたが。

誰が来たが。

何が通ったが。

わがんなくしてしまうみてぇに。

白ぐ。

静がに。

隠してた。

囲炉裏の火も、小さぐなってた。

ぱち。

ぱち。

鳴ってた。

おら……いや。

あたし、口開いた。

潰れたみてぇな声だった。

「……ハナは。おっかあに似てる…」

言った。

そしたら。

「……え、だから?!」

ハナ、急に叫んだ。

びくってした。

肩、跳ねた。

「…そこかーい…」

「もっと驚くところあったよ。」

戸口の四人。

なんだか、ひそひそしてたのやめて。

変なこと言いはじめた。

「え、これどうしよう……」

「いやでも、まだ確定してないよ。」

「うーん、これは……?」

みんな。

困った顔してた。

わがった。

でも。

あたし、もう決めてた。

決めでた。

ずっと前から。

たぶん。

ほんとは。

なんとなく。

決めでた。

口開いた。

「家に入れば、血に染まった布がいくつもある。それは……」

止まった。

喉、つまった。

でも。

言った。

雪に消えそうな声で。

わざと。

なんでもねぇみてぇに。

なんでもねぇ顔して。

「……あたし、山に入ったっきり、これからは出て来ないよ」

誰も。

何も言わねかった。

あたし、立った。

ぎし。

膝、鳴った。

腰、痛かった。

おばあちゃんだった。

ほんとに。

おばあちゃんだった。

振り向がねかった。

振り向いだら。

たぶん。

行げねくなる。

雪さ、足跡ついた。

ぎゅ。

ぎゅ。

ぎゅ。

一歩。

また一歩。

白い山の方さ。

歩いだ。

後ろ。

見ねかった。


ほろ……

ほろ……

雪、降ってた。

山は寒かった。

見渡すかぎり。

白。

白。

白だった。

木も。

道も。

石も。

みんな雪の下さ消えでた。

雪が足さ触れた。

さらって。

やわらがく。

撫でるみてぇに。

……

あの時みてぇだった。

山、走った時。

雨あがりで。

水が足さ触れだ時。

似でた。

なんだべ。

雪。

なんだか。

あたしさ馴染んでた。

服の上。

髪。

肩。

背中。

積もってるのに。

冷たぐなかった。

まるで。

最初っから、そこさいたみてぇに。

馴染んでた。

山姥。

そんな感じ、しねかった。

怖ぇのでも。

化け物でも。

なかった。

ただ。

雪と。

山と。

あたし。

それだけだった。

足にも雪積もってた。

いや。

積もってた気した。

でも。

足の感覚、ほとんどなかった。

歩いでた。

ちゃんと。

歩いでたはず。

でも。

何もなかった。

木の根っこ、触れた気した。

ごつって。

でも。

すうって。

夢の中みてぇに通り過ぎでった。

なんだべ。

山ぜんぶ。

真っ白な世界ぜんぶ。

夢みてぇだった。

あたしの体。

少しずつ。

溶がしてるみてぇだった。

雪んなって。

風んなって。

消えてぐみてぇだった。

その時。

「おばぁちゃん!」

声した。

……

ハナ。

いや。

おっかあ。

声も。

顔も。

同じだった。

あたし、振り向いた。

ハナいた。

息、ぜぇ……

ぜぇ……

肩、上下してた。

雪まみれで。

必死に登ってきたみてぇだった。

顔、真っ赤だった。

「…名前、なに?」

聞いできた。

あたし。

少し笑った気した。

わがんねけど。

声、出た。

やさしい声だった。

「……知らなくても良いよ」

ハナ。

寂しそうだった。

泣きそうだった。

でも。

なんだべ。

少しだけ。

晴れた顔してた。

変な顔だった。

風、吹いた。

雪、舞った。

その時。

あたし、言った。

小さぐ。

「……おっかあ。」

……

胸の奥。

なんか。

ぎゅうってなった。

「……雑炊、食べよ…」

ハナ、言った。

息、白かった。

肩にも。

髪にも。

雪、積もってた。

ハナは、蓋ついた水筒持ってきてた。

それと。

家さあった、お椀。

あのお椀。

おっかあが使ってたやつ。

少し欠げでるやつ。

ちゃんと持ってきてた。

「……ぞうすい。」

あたし、言った。

小さぐ。

ぽつって。

最後にしようって思った。

これで。

最後。

もう、いいべって。

ハナ、お椀さ入れてくれた。

湯気、出でた。

ほわ。

ほわ。

雪と、同じみてぇだった。

あたし、両手で持った。

あったけかった。

指、もう感覚ねぇはずなのに。

あったけかった。

口さ入れた。

……

おいしい。

おっかあの雑炊でねぇ。

違う。

違うのに。

あったけぇ。

やさしい。

なんだべ。

なんだか。

言葉で言えねぇ。

胸の中。

お腹の中。

体じゅう。

じわって。

広がってった。

あったかかった。

気づいたら。

口、動いでた。

「……おっかあ、おいしい。」

言ってた。

言ってから。

あたし、見だ。

お椀。

空っぽだった。

いつのまにか。

なくなってた。

ハナ、見でた。

笑ってた。

でも。

泣ぎそうだった。

嬉しそうで。

悲しそうで。

寂しそうで。

……

おっかあの顔だった。

ほろ……

ほろ……

いや。

ほわ……

ほわ……

雪、降ってた。

白かった。

山も。

空も。

木も。

全部。

白かった。

ほわ……

ほわ……

白さ、回りはじめた。

目ん中。

ゆっくり。

ぐるって。

回って。

溶げで。

消えて。

「…あ…!」

おっかあの声。

聞こえた気した。

最後に。

たしかに。

聞こえた。

あたしの。

……

いや。

おらの。


山の中は、一面真っ白だった。

ハナは、じっと立っていた。

何もなくなったその場所を、ただ見つめていた。

雪は静かに降り続いていた。

ほわ……ほわ……と、音もなく。

辺りには雪が積もっていた。

そして、その場所だけ。

そこだけが、少しだけこんもりと盛り上がっていた。

まるで、誰かがそこにいた証みたいに。

ハナは動かなかった。

何も言わなかった。

ただ、見つめていた。

息だけが白く、空に溶けていく。

けれど。

やがて、その小さな盛り上がりも崩れていった。

風に吹かれて。

雪に混ざって。

まるで最初から、何もなかったみたいに。

静かに。

静かに、消えていった。


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