第8話:配属日本番に業務フローを改善。
審査部配属初日は研修で終わった。
翌日。
朝礼が終わると、各自に分厚いファイルが配られた。
「これが、この審査部の基本フローです」
係長が淡々と説明する。
案件受付から一次審査、再確認、課長決裁、部長承認。
帳票は五種類。処理用Excelファイルは三つ。
同じ数字を、別々のファイルに手入力している。
――懐かしい。
三十年前、俺が何度もため息をついた光景だ。
非効率で、ミスが起きやすく、それでも誰も手を付けない。
「今日は、この流れを実際に回してもらいます」
新人たちは一斉にパソコンを開く。
隣の席の先輩は、早速、セルをコピーし間違えている。
俺は、画面を見ながら静かに確認した。
数式、参照、承認印欄。
――変えられる。
午前中が終わる頃には、全体の流れが見えた。
この部署が遅い理由。忙しいのではない。無駄が多いだけだ。
昼休み、俺は自席でExcelファイルを開いたままにしていた。
「相良くん、昼行かないの?」
先輩が声をかけてくる。
「後で行きます。ちょっと、気になるところがあって」
適当な理由でやり過ごす。
そして、手を動かした。
入力欄を統一。
参照を一元化。
承認段階ごとに色分け。
チェックが終われば、自動で次の帳票に反映される。
――三十分。
三十年前、俺が何度も上に出して却下された改善案だ。
今なら、新人の「ちょっとした工夫」で済む。
午後。
再び演習が始まる。
「……あれ?」
先輩が首を傾げる。
「入力、終わった?」
「はい」
俺が答えると、周囲がざわついた。
「早くない?」
「まだチェック残ってるでしょ?」
「いえ、もう全部通ってます」
俺は画面を見せた。
承認欄まで、すべて埋まっている。
「なにこれ……」
早見が、画面を覗き込む。
「数値、連動してる?」
「ええ。同じ数字を三回入れるの、無駄なので」
彼女は一瞬、言葉を失った。
「これ、誰でも使える?」
「使えます。共有すれば」
気づけば、周囲に人が集まっていた。
同期、先輩、係長。
「ちょっと待って。相良くん、これどうやった?」
係長が本気の声で聞いてくる。
「Excelの基本機能です。承認ルートも、ここを一段省略できます。課長決裁前に係長確認を入れてますけど、実態は同じなので」
係長は黙り込んだ。
そして、苦笑する。
「……確かに。なんで今まで気づかなかったんだろうな」
その様子を、奥の席から課長が見ていた。
「どうした?」
事情を聞き、俺の画面を見る。
「……なぜ、こんなことが分かる?」
課長の眉が、困惑気味に動く。
「前職……じゃないな。新人だよな?」
「はい」
俺は、それ以上説明しなかった。
説明する必要はない。
結果だけ、そこにある。
その日の作業は、予定より二時間早く終わった。
残業前提だった空気が、妙に軽くなる。
「相良、助かったわ」
「これ、正式に使えない?」
「明日から共有しよう」
評価は、まだ表に出ない。だが、確実にポイントは積み上がった。
俺は席に戻り、静かにファイルを閉じた。
三十年遅れの新人――元・万年火消し課長。
俺が知っているのは、特別な裏技じゃない。
無駄を放置すると、現場が死ぬ
ただ、それだけだ。
この部署は、まだ変えられる。
いや――もう、変化は始まっていた。
次回予告:
有能すぎる新人への、上司の醜い嫉妬。
押し付けられた地雷案件を、俺は「課長の手柄」に変換して静かに飼い慣らす。




