第6話:配属ガチャを操作する。
時は少し、遡る。
配属面談の時間は、思っていたよりもあっさり訪れた。
新人テストが終わった午後、人事部から呼び出しがかかる。
会議室前の廊下には、新入社員が数人、所在なさげに立っていた。皆、緊張している。人生を左右すると、どこかで分かっているからだ。
――三十年前の俺も、そうだった。
あの時は、何も考えずに希望を書いた。
「現場で鍛えたい」「最前線で経験を積みたい」
聞こえのいい言葉を並べ、結果として“火消し便利屋コース”に突っ込まれた。
今回は違う。
俺はすでに知っている。
この会社で権限を握る部署。
数字と契約に触れられる場所。
人を動かす前に、案件を止められる席。
――地味で、不人気で、だが全てに口を出せる部署。
「相良くん、どうぞ」
人事担当の課長代理が、にこやかに手招きする。
部屋に入ると、テーブル越しに二人。穏やかな表情だが、目は鋭い。
俺は軽く一礼し、椅子に腰掛けた。
「では、配属希望を聞かせてください」
来た。
俺は、事前に用意していた“無難な顔”を作る。
前に出すぎず、引きすぎず。できる新人だが、扱いやすそうな新人。そういう人物になりきる。
「第一希望は、審査部です」
一瞬、空気が止まった。
人事の片方が、わずかに眉を動かす。
当然だ。新入社員で審査志望など、ほとんどいない。地味で、評価も遅い部署だと思われている。
「理由は?」
俺は間を置かず答える。
「現場に出る前に、案件全体を見る力を身につけたいと考えました。リスクを理解しないまま前線に出るより、長期的に会社に貢献できると思います」
嘘ではない。
ただし、三十年分の裏付けがあるだけだ。
「珍しいですね。営業志望ではない?」
「もちろん営業にも興味はあります。ただ、数字と契約を理解してから動ける人間の方が、結果的に強いと考えています」
少しだけ、評価が上がる気配を感じる。
ここだ。意見を押しすぎない。あくまでも、慎重に。
「第二希望は?」
「法務関連です。審査と連携できる部署で、基礎を固めたいです」
人事同士が、ちらりと目配せする。
“考えている新人”という評価は、今ので十分だ。
面談は、それ以上深掘りされることなく終わった。拍子抜けするほど、静かに。
廊下に出ると、同期たちが小声で話している。
「営業にしとけばよかったかな……」
「希望通るかな……」
俺は何も言わず、壁際に寄りかかる。
その間に、観察は終えていた。
この同期は、口は達者だが詰めが甘い。
この男は優秀だが、上に逆らえない。
この課長は数字に弱いが、権威に弱い。
あの係長は、派閥を読むのが異様に上手い。
――使える。
――距離を取るべき。
――いずれ切る。
三十年分の失敗が、人物評価を一瞬で終わらせる。
数日後、配属結果が掲示された。
俺の名前は、狙い通りの部署にあった。
審査部。しかも、将来中核になるチーム。
周囲がざわつく。
「相良、運いいな」
「なんであそこなんだ?」
「地味じゃね?」
「堅物コースじゃん」
俺は、周囲の声を、軽く笑って受け流した。そう思ってくれるなら、それでいい。
運じゃない。ガチャでもない。
これは――完全に操作した初期配置だ。
盤面は、思った以上に綺麗に整った。
あとは、静かに駒を進めるだけ。
三十年遅れの新人――元・万年火消し課長の俺は、心の中で、ゆっくりと頷いた。
初手は、完璧だ。
さて、これから、審査部で、思った通りの未来を描けるか。俺は、少し緊張するのだった。
次回予告:
審査部で出会った、将来の看板娘・早見真帆。
鋭い彼女の警戒心を、圧倒的な実務の切れ味で「興味」へと変えていく。




