第4話:新人テストで歴代最高点。
午後の研修が始まった。資料の山、スクリーンの光、講師の声。新人たちはペンを握り、必死にノートを取る。教室の空気は熱を帯び、鉛のように重い緊張が漂う。
俺も資料をめくる。手が震えることはない。三十年前の経験と知識が脳内で完全に同期している。問題の傾向、過去のテスト問題の配置、出題パターンまでもが一瞬で頭に浮かぶ。何が出ても答えは見える。
「では、ここから新人テストです」
鷹宮の声が教室に響く。空気が一瞬で張りつめる。未来を知らぬ新人たちは、鉛を背負ったように固まった。呼吸が詰まる者、指先を震わせる者、ペンを握る手がぎこちなく動く者。俺はそのすべてを、冷静に観察した。
試験用紙が配られる。紙に視線を落とした瞬間、頭に浮かんだのは――為替変動リスク、契約条項の不備、過去に起きた不祥事、評価の低かった案件、部下が潰れた理由。全てが答えに変換される。文字が浮かぶ。三十年の経験が即座に手の動きと直結した。
手を止める暇もなく、ペンが紙を走る。
1問目、法務条項の誤り指摘。
2問目、財務計算の矛盾列挙。
3問目、契約上のリスク分析。
三分も経たずに完成。余白には補足メモまで書き込んでいた。ペン先の微かな感触が、手のひらに快感のように伝わる。
周囲を見ると、新人たちはまだ鉛筆を走らせ、眉間に皺を寄せ、迷いながら解答している。額に汗を滲ませる者、消しゴムを何度も動かす者、息を荒げながら焦る者。前列の女子は手元の紙を二度も確認し、ため息を小さく漏らしていた。教室の中の鉛筆の擦れる音、ページをめくる音が、異常な静寂と混ざり合う。
「……時間です。提出してください」
鷹宮の声に従い、俺は用紙を机に置く。冷静だが、心の奥でほくそ笑む。
提出後、人事部の試験監督が用紙を回収する。表情がわずかに硬くなる。紙をめくる指先が止まった瞬間、僅かに眉が上がる。
「……この回答、これは……」
隣の人事部員が小声で囁く。
「もしかして……200点満点……?」
ざわめきが会場に広がる。新人たちは互いに顔を見合わせ、口元に微かな緊張を滲ませる。鉛筆を落とす音、小さなため息、紙の擦れる音、微かな動揺。誰もが自分の答案と比べ、動揺した。
鷹宮は小さく唸る。冷徹な顔に影が差す。目は鋭く光り、微かに唇を噛む。予定調和が崩れたことを察しているのだろう。
俺は心の中で計算する。これで研修での序列はほぼ決まった。上位に食い込むことで、配属や初期評価で圧倒的な主導権を握れる。未来を知る者として、初手を完璧に決めた瞬間だ。
周囲の新人たちはまだ気づいていない。このテストで優秀な者ほど、あとで痛い目を見るだろう。だが、今はその観察も楽しみの一部だ。右隣の新人は顔を真っ赤にしてペンを握り直している。左隣の新人は眉をしかめ、明らかに焦っている。前列の女子は手元を二度も確認し、声にならないため息を漏らす。
「……さて、次は配属面談だな」ペンを置き、席に背を伸ばす。空気が変わった。人事部もざわつき、講師も狼狽している。三十年前の新人としてこの場に立ちながら、俺は初めて“主導権”を握ったのだ。
未来は知っている。倒産も、不祥事も、裏切りも、出世も、失敗案件も。だが――今日、この瞬間から、盤面は俺の手の中にある。
次に来る波を予測し、序列を握り、配属で初期配置を変える。三十年遅れの新人――元・万年火消し課長――である俺は、研修会場で静かに笑った。ただし――未来は、知った通りには動かないかもしれない。だからこそ、先手必勝。知識と経験で差をつける今、この瞬間から全てが始まるのだ。
次回予告:
理屈だけの講師を、三十年分の現場経験で公開論破。
周囲が俺の「異質さ」に気づき始める中、いよいよ配属ガチャの本番へ。




