第24話:誘いが、重なる。
不思議なことが起き始めたのは、不正調査が一段落してからだった。
まず、昼だ。
「相良さん、今日……空いてます?」
声をかけてきたのは、経理の佐藤だった。
以前、ブラック案件を止めたときに、何度も数字を一緒に洗った相手だ。
「ええ、大丈夫ですが」
「よかった。お礼、まだだったので」
その日の昼は、二人だった。
店は、ごく普通の定食屋。豚カツ定食が美味い定食屋だった。
だが、話題は自然と、仕事の続きになる。
「正直、あの案件のあと、夜ちゃんと眠れるようになりました」
佐藤は、そう言って箸を置いた。
「数字が怖くなくなったんです」
俺は、頷くだけだった。
余計な言葉はいらない。
次の日も、昼だった。
「相良さん、今週どこかでご飯行けません?」
今度は、人事の中村。
特別チームの評価制度を組み直したとき、現場目線を拾ってくれた人だ。
「この前の件、本当に助かりました」
「“守られた”って、初めて思えたんです」
彼女は、笑いながら言ったが、目は真剣だった。
断る理由は、なかった。
そして、気づけば。
昼も、夜も。
俺の予定が、埋まり始めていた。
「今日、橘さんとご飯らしいですよ」
「え、昨日は早見とじゃなかった?」
「白石も誘われてたって」
噂は、勝手に広がる。
俺の知らないところで、話は膨らんでいく。
だが、違う。
少なくとも、俺の感覚では。
誰も、“俺を囲いに来て”はいない。
ただ――話したいだけだ。
愚痴。
不安。
制度の隙間。
評価されない努力。
炎上しかけていた記憶。
仕事の話が九割。
残りの一割が、少しだけ個人的な話。それもたわいもない話。
それ以上、踏み込む者はいない。
踏み込ませない空気を、俺自身が作っているからだ。
「相良さんって」
白石が、箸を止めて言った。
「ちゃんと、聞いてくれますよね……否定しないし、軽くもしない」
「……仕事ですから」
そう答えると、彼女は少し笑った。
「……それが、できない人、多いんですよ」
早見の言葉は、誰よりも率直だった。
「正直さ」
「相良のとこ行くと、安心する」
「“何かあっても大丈夫”って思える」
それは、好意というより。
「避難場所」を見つけた人間の言葉だった。
橘は、誘い方すら違った。
「相良さん。今日、時間ありますか?業務外ですが、話したいことがあります」
食事中、彼女は仕事の話しかしなかった。
リスク、統制、判断基準。
だが、最後に一言だけ言った。
「あなたの判断基準は、一貫しています……だから、人が集まる」
それだけで、十分だった。
社内では、半ば冗談交じりに言われ始めていた。
「相良さん、女性陣から引っ張りだこらしいですよ」
「ハーレムじゃん」
俺は、笑わなかった。
否定もしなかった。
事実だからだ。
ただし――意味が違う。
好かれている、というより、“預けられている”。
この人なら、壊さない。
この人なら、逃げない。
この人なら、数字で誤魔化さない。
それが、連鎖しているだけだ。
TUEEEE?
たしかに、そう見えるだろう。
だが、俺は知っている。
人望は、力じゃない。
安全だと証明された場所に、人が集まるだけだ。
三十年遅れの新人――元・万年火消し課長。その俺は、ようやく分かった。
火を消す人間の周りには、
必ず――温度を下げたい人間が集まる。
そして、今日もまた。
新しい誘いが、スケジュールに一つ増えた。
盤面は、静かに。
しかし、確実に――人の側から、埋まっていく。
それが、いちばん強い。
次回予告:
属人化を排した、全社システムの刷新。
俺がいない未来でも会社が回り続ける「究極の設計」が、ついに実装される。




