第23話:不正を暴く。
不正は、派手には始まらない。
いつも数字の隙間に、静かに潜む。
異変に気づいたのは、特別チームの月次レビューだった。
一見、整っている。
売上も、原価率も、問題ない。
だが――俺の目には、違和感だけが残った。
「……この外注費、増え方が妙だな」
俺は指摘した。何かがおかしい。
その指摘に、御堂が首をかしげる。
「率は変わってないけれど?」
「率はな」
俺は頷く。
「でも、発注ロットが均等すぎる」
均等すぎる数字は、たいてい人為だ。
自然な業務は、必ず揺れる。
忙しい月、暇な月、担当者の癖。
それらが消えている数字は、整えられた数字だ。
俺は、過去三年分の支払データを引き出した。
同時に、以前の俺――三十年前の監査部時代に叩き込まれた癖――が、頭を動かす。
――数字は嘘をつかない。
嘘をつくのは、並べ方だ。
月別、案件別、承認者別。
切り口を変えるたびに、同じ外注先が浮かび上がる。
しかも、必ず“決裁が早い”。
「橘さん、この外注先。役員との関係、洗える?」
「……もう洗ってる」
彼女は淡々と答えた。
「久我派の部長が、昔から関わってる」
なるほど。
派閥戦争の、裏側だ。
だが、疑惑だけでは動けない。
内部告発は、最後の手段だ。
感情で踏み込めば、会社は割れる。
必要なのは――
静かな証明だ。
俺は、監査用のチェックリストを引き直した。
契約条件。
成果物の定義。
検収プロセス。
承認フロー。
一つずつ、事実だけを拾っていく。
「……ここだ」
検収と請求のタイミングが、常に逆転している。
成果物が“後”なのに、請求が“先”。
あり得ない。
だが、数字上は通っている。
巧妙な手口だ。
そして――だからこそ、詰められる。
「御堂さん、業務実態のヒアリングを。匿名で」
「橘さん、契約条文と実作業の乖離を一覧化」
二人は、何も聞き返さず動いた。
この段階で、確信している証拠だ。
俺は、役員向け資料を作り始めた。
煽らない。
断定しない。
「不正」という言葉すら、使わない。
ただ、説明できない事実だけを並べる。
逃げ道を、一つずつ消していく構成だ。
数日後。
役員直下の臨時監査会。
久我の顔色が、明らかに悪い。
だが、俺は見ない。
見るのは、数字だけだ。
「不可思議な数字が出てきました」
俺は、静かに言った。
「『不正』とは断定はしません。ただ――説明がつきません」
スクリーンに映るのは、
契約と実務の乖離。
異常に安定した外注単価。
成果物なき検収履歴。
誰も、すぐには口を開けなかった。
「これは……」
三条が、言葉を失う。
「これは、内部告発ではありません」
俺は続ける。
「監査基準に照らした結果です」
「この状況を、説明できるなら、今、ここでお願いします」
沈黙が、答えだった。
調査結果を受け、以下のことが即日決定された。
当該外注先との契約は凍結。
関与した部長は、職務停止。場合によっては懲戒解雇。
その決定に、久我は、何も言わなかった。
会議後。
社長が、珍しく俺を呼び止めた。
「相良くん」
「君は、会社を守る側の人間だな」
俺は、軽く頭を下げた。
「壊す方が、楽です。守るには、証拠が要りますから」
その日から。
社内の空気が、また変わった。
「不正を見逃さない」
「数字で詰めてくる」
「感情で動かない」
信頼と、権限は、さらに積み上がる。
だが、俺は知っている。
不正を暴いた者は、次に――不正を起こさせない仕組みを作らなければならない。
盤面は、もう一段上だ。
これは、終わりじゃない。
会社が、本当に変わり始めただけだ。
次に問われるのは――「誰が、会社を設計するのか」だ。
次回予告:
気が付けば、社内の有能な女性たちが俺の予定を奪い合う。
守られるべき人々が選んだ「避難場所」は、最強の派閥へと育っていた。




