第22話:社内派閥戦争からの離脱。
社内の空気が、目に見えないところで変わった。
音もなく、しかし確実に。
それに気づくのは、いつも現場だ。
会議の呼ばれ方が変わる。
同じ議題なのに、参加者が違う。
資料の回り方が、不自然になる。
――来たな。
社内評価ランキング。
ブラック案件の凍結。
特別チームの権限拡大。
これだけ揃えば、役員クラスが動かないはずがない。
発端は、非公式の打診だった。
営業部長が、苦い顔で言う。
「相良くん……一応、耳に入れておく」
「専務の東堂が、君を評価してる」
それだけなら、問題はない。
だが、続く一言で察した。
「その一方で、常務の久我が、面白くなさそうだ」
――やはり。
久我は、数字至上主義。
彼はこの会社で、数字だけで三十年を生き延びてきた。
短期成果を積み上げ、役員ポストを守ってきた人物だ。
一方の東堂は、システム畑。
中長期の再設計を重視する。
俺のやってきた改革は、明確に後者寄り。
つまり――
俺はもう、どちらかの陣営の駒として見られている。
数日後。
社長名義ではない、妙な会議招集が来た。
議題は、「全社改革における権限再整理」
――名目は整理。
実態は、主導権争いだ。
会議室には、役員クラスが揃っていた。
久我、東堂、三条。
そして、なぜか俺も。橘も御堂もいた。
「では始めよう」
久我が、口火を切る。
「最近の改革、確かに成果は出ている」
前置きは丁寧だ。
「だが、現場裁量が強すぎる。統制が必要だ」
分かりやすい。
俺の権限を、削りに来た。
「相良くん」
久我が、にこやかに言う。
「君は優秀だが、新人三年目だ。背負わせすぎるのは危険だと思わないか?」
――守るふりをした牽制。
政治の常套句だ。
俺は、すぐには答えない。
代わりに、資料を一枚出した。
「統制について、数字があります」
空気が、わずかに揺れる。
「改革前後でのトラブル件数」
「是正対応時間」
「役員決裁の滞留日数」
淡々と、事実だけを並べる。
「権限を現場に下ろした結果」
「役員判断が必要な案件は、三割減っています」
東堂が、小さく頷く。
久我の眉が、わずかに動く。
「統制が弱まったのではありません」
俺は、はっきり言った。
「統制コストが下がっただけです」
「……理屈だな」
久我が言う。
「ええ」
俺は頷く。
「ですが、派閥闘争は、理屈でしか勝てません」
一瞬、室内が静まり返った。
「個人に権限を集中させると、危険だ。わからんかね?」
三条が口を挟む。
「ですから、集中させていません」
俺は即答する。
「基準と数字に、つまり『システム』に集めています」
ここで、橘が資料を補足する。
御堂が、経営影響を整理する。
――盤面は、揃っていた。
最終的に、結論はこうなった。
特別チームの権限は維持。
ただし、定期レビューを役員直下で実施。
表向きは、久我の顔を立てた形。
だが、実質は――俺の影響範囲が、役員会まで届いた。
会議後。
東堂が、通り際に言った。
「相良くん」
「君は、派閥に属さない方がいい」
俺は、少し考えてから答えた。
「そうですね。属さないことにします。盤面の方に、立ちます」
東堂は、短く笑った。
その日から。
社内では、こんな噂が流れ始めた。
「相良は、どの派閥にも属してない」
「でも、誰も無視できない」
三十年遅れの新人――元・万年火消し課長。その俺は知っている。
派閥戦争で一番強いのは、一番声が大きい人間じゃない。
数字を握り、論理を置き、感情を使わない人間だ。
そして今。
その条件を、すべて満たしているのは――
俺だった。
盤面は、さらに高い場所へ移った。もう、現場だけの話じゃない。
次に動くのは、会社そのものだ。
次回予告:
数字の隙間に潜む、久我派の不正を摘発。
感情を排した「静かな証明」が、会社に巣食う闇を根本から引きずり出す。




