第21話:ブラック案件を止める。
社内評価ランキングが発表されてから、一週間。
俺の周囲は、目に見えて変わった。
相談が増えた。
それも、「決裁前」ではなく「壊れる前」に来る相談がだ。
承認依頼が、俺経由で回ってくる。
会議に呼ばれる回数も、倍になった。
だが――その日の案件は、どれとも違った。
「相良さん、ちょっといいですか」
声をかけてきたのは、総務の女性社員だった。
表情が、硬い。
「この業務計画……見てほしいんです」
差し出された資料を、俺は受け取る。
ページをめくった瞬間、胸の奥が、冷たくなった。
――来たか。
大型システム刷新プロジェクト。
納期、三か月。
人員、据え置き。
残業想定、なし。
数字を見ただけで、無謀。
中身を読めば、もっと酷い。
「……これ、誰が主導ですか」
「システム部です。役員案件で……止めにくくて」
分かっている。
この形は、知っている。
三十年前。
同じ構成。
同じ判断。
同じ空気。
結果――現場は壊れ、人が倒れ、責任は消えた。
過労死。
退職者。
プロジェクト失敗。
俺は、資料を閉じた。
「止めます」
即答だった。
「え……でも、もう決裁――」
「今からでも、止めます」
俺は立ち上がる。
迷いは、なかった。
まず、数字を洗った。
表に出ていない作業。
移行リスク。
テスト工数。
障害対応。
すべてを積み上げ、現実の工数に直す。
「……三倍、ですね」
隣で見ていた総務が、息を呑む。
「三倍でも、ギリギリです」
次に、人を見た。
配置予定メンバー。
既存業務。
休暇消化率。
「このまま走れば」
俺は静かに言う。
「確実に、誰かが潰れます。下手をしたら……」
証拠は揃った。
俺は、橘に連絡を入れる。
「橘さん。監査視点で、今から一時間ください」
次に、御堂。
「御堂さん。数字の裏、見せます。役員説得、手伝ってください」
最後に、社長室。
「案件、止めに行きます」
「理由は?」
「人が……取り返しがつかないことになります」
数秒の沈黙。
そして、短い返答。
「――分かった。時間をやる」
緊急会議は、荒れた。役員案件を止めるのだ。当然のことだった。
案件の提案者、常務の久我が口を開く。
「今さら変更は無理だ」
システム部上がりの専務、東堂が続く。
「現場で調整すべきだ」
この案件の責任者、取締役の三条が俺に向かって言い放った。
「甘い」
だが、俺は引かなかった。
感情を使わない。
声も荒げない。
ただ、事実だけを並べる。
「この工数では、品質が落ちます」
「この配置では、残業が常態化します」
「この判断は、失敗します」
「……根拠は?」
三条は不満げに言った。
「あります」
橘が、数字を補足する。
御堂が、経営視点で締める。
そして、俺が最後に言った。
「この案件、成功しても」
一拍置く。
「会社は、失います……何よりも大事な『人』を、です」
沈黙が落ちた。
関係する役員たちは、全員、押し黙った。
最終的に、案件は凍結された。
スケジュール再設計。
人員増強。
段階導入。
――正しい形に、戻った。
数日後。
現場から、声が届き始めた。
「助かりました」
「正直、覚悟してました」
「相良さんが止めてくれなかったら……」
誰かが、泣いた。
誰かが、頭を下げた。
俺は、ただ答えた。
「当然のことをしただけです」
三十年遅れの新人――元・万年火消し課長。今の俺は、火を消さない。
火が、生まれる前に。
配置を、変える。
その日から。
社内で、俺の呼び名が一つ増えた。
「頼れる人」
「最後に相談すべき人」
TUEEEE?
違う。
ただ――人が燃えない会社を、知っているだけだ。
そして、その場所に。
人は、自然と集まってくる。
盤面は、また静かに、しかし確実に動いた。
次回予告:
避けられぬ役員の派閥抗争。
どちらの駒にもならず、俺は「システム」を盾に、権力者たちの思惑を盤面ごとひっくり返す。




