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定年後に目覚めたら新人研修初日だった件~元課長の俺、現代知識で会社と美人社員をまとめて救います~  作者: いわん


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19/21

第19話:「橘綾乃」という女性。

「橘綾乃」という名前は、社内では少し特別な響きを持っていた。

最近は、そこに別の意味も重なっていた。

「外部との交渉で、法務より先に止めに入る人」

「問題が起きる前に、潰す人」

例の交渉の件以降、社内では“守りの切り札”として名前が挙がることが増えていた。

有能。冷静。無駄な雑談をしない。

そして――近寄りがたい。

「橘さんって、怖いですよね」

誰かがそう言うたび、別の誰かが必ずこう続ける。

「でも、仕事は完璧」

特別チームに彼女の名前が追加されたのは、発足から一ヶ月後だった。

人事通達は簡素だったが、意味は重い。

――監査・リスク管理担当 橘綾乃。

特に、先日の取引先交渉の直後だったのが大きい。

外に強い駒を置いた以上、内側も締める。

そう読める配置だった。

「……本気だな」

係長が、小さく呟く。

会議室に入ってきた橘は、噂通りの人物だった。

背筋は真っ直ぐ。表情は淡々。

資料を置く動作一つにも、迷いがない。

「橘です」

短く名乗り、俺を見る。

視線は鋭いが、敵意はない。

――値踏みだ。

噂は、当然届いているはずだ。

主要取引先を、一度の交渉で引かせた新人。

事実なら危険。

誇張なら、なお危険。

橘は、その真偽を見に来ている。

「相良です」

それだけで、十分だった。

会議は、現在進行中の全社改革のレビューから始まった。

各部署の改善案、進捗、数字。

誰もが無難な報告をする中、橘だけが違った。

「この自動化案ですが」

彼女は、俺の資料を指差す。

言い方が、交渉に似ていると感じた。

感情を排し、論点だけを置く。

逃げ場を塞ぐが、人格は攻撃しない。

――なるほど。

だから、外でも内でも“事故を起こさない”。

「例外処理のログが甘い。三か月後、必ず問題になります」

空気が張り詰める。

だが、俺はすぐに頷いた。

「その通りです。なので、次段階でここを追加します」

俺は、まだ共有していない設計案を表示した。

橘の目が、わずかに見開かれる。

「……最初から、そこまで想定していたのですか?」

「起きる前提で組んでます」

数秒の沈黙。

橘は、ふっと息を吐いた。

「……安心しました」

それは、彼女にしては珍しい言葉だった。

その一言に、含意は多い。

この人間なら、数字のために人を切らない。

この人間なら、交渉で勝っても慢心しない。

監査として、最も怖いタイプではない。


会議後。

橘が、俺を呼び止める。

「相良さん」

低い声だが、先ほどより柔らかい。

「あなた、現場を切り捨てる人じゃないですね。先日の取引先の件も……」

橘は、そう付け加えた。

「あれは、現場を守る交渉でした」

俺は淡々と答えた。

「切るのは、無駄だけです」

「そういう人は、信用できます」

それだけ言って、彼女は去っていった。

だが、それ以降――彼女は、完全にこちら側だった。

橘は、厳しかった。

数字に甘えない。

情に流されない。

だが、理不尽は決して許さなかった。

「それは現場の責任じゃない」

「仕組みが悪い」

「人を守らない改革は、改革じゃない」

彼女のその姿勢は、特別チームの女性社員たちに、静かな安心を与えた。

そして、不思議なことに。

橘自身も、俺の判断を迷わず受け入れるようになっていた。

「最終判断、お願いします」

「相良さんの線でいきましょう」

それは、完全な信頼のサインだった。

彼女は、守る。

俺は、進める。

その線引きが、最初から共有されている。

だから迷いがない。


昼休み。

早見と白石が、小声で話している。

「橘さんまで、相良さんのとこ来たね」

「……無敵じゃないですか」

俺は、少し離れた席でそれを聞き流す。

違う。

誰かを集めているわけじゃない。

ただ――燃えない場所を作っているだけだ。

冷たいが有能な先輩。

慎重で、妥協しない監査役。

その橘が、俺の横に立った。

外では、交渉で主導権を取った。

内では、監査が味方についた。

これで、改革は「止められない段階」に入る。

それだけで、この会社の盤面は、また一段動いた。


三十年遅れの新人――元・万年火消し課長、俺は今日、確信する。

人は、甘さでは集まらない。

守られると分かった場所に、集まる。


そして――その中心に、俺はもう立っていた。


次回予告:

全社評価ランキング1位。

新人という枠を完全に踏み越えた俺の元に、もはや相談ではなく「決裁」が直接届き始める。

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