第17話:ライバル部署のエース登場。
その名前を聞いたのは、社内調整会議の直前だった。
「今回、戦略企画室から、一人出ます」
係長が、少し言いにくそうに言う。
「……御堂です」
その瞬間、周囲の空気がわずかに変わった。
営業も、経理も、システムも。
全員が、その名前を知っている。
御堂漣。
戦略企画室のエース。情より数字を取ると噂の男。
社内最年少で大型案件をまとめ、数字と理論で役員を黙らせた実績を持っていた。
――なるほど。
社長が、盤面を一段上に動かしてきた。
会議室に入ると、すでに一人座っていた。
背筋が伸び、資料は完璧に整えられている。
無駄な動きがない。
「初めまして」
男は立ち上がり、軽く会釈した。
「戦略企画室の御堂です」
「審査部の相良です」
握手は、短く、強かった。
力を誇示するわけでもない。
だが、引く気もない。
会議が始まる。
テーマは、全社横断のコスト再設計。
これまでなら、俺の独壇場だった。
御堂が、口を開く。
「現場改善は評価します」
前置きは、礼儀正しい。
「ただ、部分最適が過ぎる」
空気が、張り詰めた。
「残業削減、自動化。確かに短期的な効率は上がる」
「ですが、その分、監査負荷と統制リスクが増える」
俺は、即座に返さない。
聞く価値がある指摘だった。
「現場の判断を減らすほど、設計ミスの影響は全社に波及します」
御堂は、淡々と続ける。
「それをどう制御するつもりですか?」
――鋭い。しかも、正論だ。
俺は、資料を一枚切り替えた。
「制御しません」
会議室が、ざわつく。
「正確には、中央集権では、です。分散させます」
「分散は、管理不能になる」
御堂が即座に返す。
「なりません」
俺は、視線を外さない。
「責任と判断基準を、同じ場所に置くからです」
ホワイトボードに、二本の線を引く。
判断。
責任。
「今までは、これがズレていた」
俺は御堂に向き直る。
「だから、事故が起きた」
御堂の目が、細くなる。
否定ではない。
分析だ。
「……理屈は通っている……だが、理想論にも見える」
「未来を見ない改革は、すべて理想論です。過去の延長線だけを見ている限り」
俺は、静かに言った。
一瞬。
会議室が、完全に沈黙する。
御堂は、ゆっくりと息を吐いた。
そして、初めて笑った。
「噂通りですね」
「即論破されない人物に出会うのは、久しぶりだ」
「こちらこそ」
俺も、わずかに口角を上げる。
「簡単に賛同しない人がいて助かります」
その一言で、空気が変わった。
対立ではない。
――競合だ。
会議は、結論を出さずに終わった。
だが、誰も不満そうではない。
むしろ、昂揚していた。
退出時。
御堂が、俺の横に並ぶ。
「相良さん」
低い声だった。
「あなたのやり方、危ういが……面白い」
「御堂さんも」
「守りが硬い。でも、攻める準備はできている」
数秒、互いに視線を交わす。
「次は、もう少し深いところでやりましょう」
御堂が言った。
「望むところです」
未来からこの会社に来て。
勝てるかどうか分からない相手と向き合ったのは、初めてだった。
だが、不思議と不安はなかった。
むしろ――楽しい。
盤面に、駒が一つ増えた。
強く、賢く、厄介な駒だ。
そして俺は、直感していた。
この男は、いずれ――敵で終わらない。
三十年遅れの新人は、初めて、互角以上の視線を受けながら、次の一手を静かに考えていた。
次回予告:
他部署が諦めた屈辱の交渉を、数字と沈黙で逆転させる。
交渉の席で俺が見せた「底知れぬ強さ」に、上司たちは畏怖を抱く。




