第15話:女性社員が集まり始める。
変化は、静かに始まった。
特別チームが動き出して一週間。
社内の空気は、少しずつ変わっていた。
以前なら、部署を跨ぐ相談は根回しと覚悟が必要だった。
だが、最近は違う。
「相良さん、今、少しお時間いいですか?」
声をかけてくるのは、決まって女性社員だった。
総務、経理、営業補佐、システム部門。
役職も年次もバラバラだ。
共通しているのは、表情だ。
怯えでも、媚びでもない。
――安心している顔。
「この処理、どこで詰まってるか一緒に見てもらえますか」
「上に出す前に、一度確認してほしくて」
「変だとは思うんですけど、自分の勘に自信がなくて……」
俺は、特別なことはしない。
話を聞き、数字を見て、仕組みの位置を指差すだけだ。
「それ、あなたのミスじゃないです」
「ここで詰まるように作られてます」
「直すなら、ここです」
それだけで、相手の肩から力が抜ける。
彼女たちは、答えを求めているわけじゃない。
ましてや、免罪符でもない。
“怒られない場所”を探しているだけだ。
失敗した理由を、個人の資質ではなく、仕組みとして扱ってくれる場所。
それが、どれほど希少かを、俺は知っている。
だからこそ、説明は短く、断定は慎重にする。
「あなたが悪い」と言わない代わりに、「どこで壊れるか」を必ず示す。
人は、責められなければ、前を向ける。
「……ですよね」
「やっぱり」
「言ってよかった」
その反応を、俺は三十年前に何度も見てきた。
“分かってくれる人間”がいるだけで、人は救われる。
給湯室で、二人の女性社員が声を潜めていた。
「……昨日、相良さんに見てもらったんだけど」
「どうでした?」
「怒られなかった」
その一言に、もう一人が目を丸くする。
「え、それだけ?」
「うん。それだけ。でも……」
少し言葉を探し、彼女は続けた。
「“ここ、あなたの責任じゃない”って言われて。初めてだった」
それだけで、胸の奥に溜まっていたものが、すっと抜けた気がしたという。
その会話を、誰も主役だとは思っていない。
だが、こういう小さな声が、職場の空気を変えていく。
昼休み。
早見が、俺の向かいに座った。
「最近、相談多くないですか?」
弁当を開きながら、少しだけ拗ねたように言う。
「そうですか?」
「そうですよ。しかも、女性社員ばっかり」
俺は苦笑する。
「困ってる人が多いだけです」
早見は一瞬黙り、それから小さく息を吐いた。
「……でも、分かります」
「何がです?」
「この人の下なら、大丈夫だって思える感じ」
視線が、まっすぐだった。
冗談でも、探りでもない。
「相良さんのところ、責任の押し付けが起きない」
「失敗しても、“理由”を一緒に見てくれる」
それは、最大の評価だった。
少し離れた席で、同期の男性社員たちが小声で話している。
「最近さ、相良の周り、女多くない?」
「ああ……まあ、仕事できるしな」
「できる、っていうか……」
誰かが言い淀み、別の誰かが肩をすくめた。
「まあ、近寄りづらくはなったよな」
冗談めかした笑い声。
だが、その奥にある距離感を、俺は見逃さない。
人が集まる場所には、必ず、近づけなくなる人間も出る。
午後。
白石が、資料を抱えてやってくる。
「相良さん、これ……確認、お願いしてもいいですか?」
以前よりも、声がはっきりしている。
あの日――ミスから救われた後の、変化だ。
「自信、出てきましたね」
俺が言うと、彼女は少し照れた。
「はい。でも……」
一瞬、言葉を選ぶ。
「相良さんが見てくれるなら、大丈夫だって思えるので」
「白石さん」
呼び止めると、彼女は背筋を伸ばした。
「次からは、ここまで自分で判断していい」
資料の一箇所を指す。
「迷ったら相談すればいい。全部を抱える必要はない」
彼女は一瞬驚き、それから、はっきりと頷いた。
「……分かりました」
その声には、以前の怯えはなかった。
それは依存ではない。
信頼だ。
気づけば、俺の周りには人が集まっていた。
誰かを呼んだわけでも、誘ったわけでもない。
ただ――燃えない場所に、人が寄ってきただけだ。
同期の男性社員が、遠巻きに眺めている。
羨望と、少しの距離感。
「相良って、女にモテるよな」
そんな声が聞こえた。
違う。
かつての俺は、部下の失敗を説明できなかった。
「分かってるなら、先に言え」
そう言われ、何も返せなかった夜がある。
だから今は、言葉を惜しまない。
壊れる前に、理由を示す。
それだけで、人は潰れずに済む。
俺は、誰にも甘い言葉をかけていない。
評価を餌にもしていない。
ただ、「守られるべきものを、守る」
それを、仕組みでやっているだけだ。
三十年遅れの新人――元・万年火消し課長だった俺は知っている。
人は、怒鳴る上司には従うが、守ってくれる上司には集まる。
これは「ハーレム」の始まりだ。
だが、剣も魔法もいらない。ここはファンタジーの世界ではない。
信頼。
安心。
そして、圧倒的な実務力。
盤面は、もう一段深く、俺の側に寄ってきていた。
次回予告:
取引先からの無茶な要求を、契約書の裏側で一撃解決。
社外でも通用する俺の「先読み」に、社長の信頼は確信に変わる。




