第12話:残業ゼロプロジェクト。
残業が当たり前の部署だった。
審査部は「忙しい」のではない。「遅い」のだ。
そして、その理由はもう分かっている。
夕方、時計が十七時半を回った頃。
フロアの空気が、いつものように重くなり始めた。
誰も声に出さないが、全員が同じことを考えている。
――今日も、帰れないな。
俺は、静かに画面を閉じた。
やるべき作業は、もう終わっている。
「相良くん……もう終わったの?」
早見が、半信半疑の顔でこちらを見る。
「はい。今日の分は」
「え、まだ確認残って――」
「自動で終わってます」
彼女は一瞬、意味が分からないという顔をした。
きっかけは、前日の課長の一言だった。
「最近、残業時間が減ってるな。だが、まだ多い」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中でスイッチが入った。
――なら、ゼロにする。
俺がやったのは、大それた改革じゃない。
地味で、誰もやりたがらなかった部分を、ただ整理しただけだ。
――毎日手作業で集計していた数字を自動取得。
――承認待ちで止まる案件を、時間帯別に振り分け。
――定型メールをテンプレ化し、ワンクリック送信。
――確認が終わった案件は、自動で次工程へ回す。
どれも、三十年前に「分かっていたけど、変えられなかったこと」だ。
午後。
係長が、俺の席に来た。
「相良くん、ちょっといい?」
嫌な予感はない。
むしろ、確信があった。
「今日の処理件数、異常に多いんだけど……何をした?」
「自動化しました。人が考えなくていい部分を」
三時間かかっていた確認が十分になった。
係長が毎日一時間やっていた作業が消えた。
係長は、俺の画面を見て固まった。
「……これ、誰が作った?」
「俺です」
「……残業、いらないな」
その一言が、火種になった。
「え、今日帰れるんですか?」
「もう終わっていいの?」
「確認、全部通ってる……?」
十七時五十分。
フロアに、ざわめきが広がる。
課長が立ち上がり、全体を見渡した。
「今日の作業、完了している者は――帰っていい」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、空気が変わった。
椅子が引かれ、笑顔が生まれ、
疲れ切った表情が、少しずつ解けていく。
白石が、信じられないという顔で言った。
「……残業、しなくていいんですね」
「はい。しなくていい仕事は、しなくていい」
その言葉に、彼女は小さく笑った。
翌日。
審査部の噂は、社内を回っていた。
「最近、あの部署、定時で帰ってるらしい」
「仕事減ってないのに?」
「むしろ、処理早いって」
好感度は、数字より早く伝播する。
課長は、何も言わなかった。
だが、週報にはこう書かれていた。
「業務効率改善により、残業時間を大幅削減」
――課長名義で。
それでいい。
評価は、もう動いている。
俺は席に座り、静かにキーボードを叩く。
誰かを蹴落とす必要はない。
怒鳴る必要も、我慢させる必要もない。
働きやすい会社は、「正しく楽をする」だけで作れる。
三十年遅れの新人――元・万年火消し課長。その俺は今日、ひとつ確信した。
成果を出し、人に感謝され、定時で帰れる。
――この会社、俺が一番うまく使っている。
そしてそれは、俺の評価を、さらに一段押し上げていた。
次回予告:
呼び出されたのは社長室。
一人の新人としてではなく、会社の未来を左右する「設計者」として、俺は社長に直談判を挑む。




