2-1 砦の路地裏、魔王の落とし子
王都と魔王城の間にある小さな砦。
石造りの塀に囲まれた中には、小さくはあるが村が形成されている。
東西には彼方まで広がる魔法の結界が張られているため、行き来するには砦の関所を必ず通らなければならない。
住民は歴戦の猛者のみで、砦内で悲鳴が上がれば誰かしらが駆け付ける。
そして今日、悲鳴を聞きつけた住民たちは、路地裏に二人の女を見つけることになった。
「や…やめて…」
一人は砦に住む女。彼女は尻もちをつき、怯えた様子で見上げていた。
見下ろしている少女の方は、歳の頃は10歳程度。尖った耳や褐色の肌から『魔族』と思われた。
魔族とは魔王が使役する中でも、知性があり人語を話す魔物。
少女は、限りなく白に近いグレーの髪を両サイドで短く結び、切り揃えられた前髪の左側には角が一本生えている。
そして紫色の衣服を纏い、腰には地面に着きそうなほどに長い刀を差していた。
「おい!おまえ、コリナに何をしている!」
「ほう?」
そこに、丸太のように太い腕を持った男が助けに入る。
振り返った魔族の少女は、吊り上がった赤い瞳で男を見据えた。
「お主でも良いか。…賢者はどこに居る?」
「賢者様だぁ?!知っていたとしても魔族相手に教える訳が無い!」
「なんじゃ、ケチか?」
少女は頬を膨らませて見せると、腰の刀に手をかけた。
「あ!やるってのか!あぁん!?」
「や、やめて!そいつは魔王の落とし子よ!」
へたり込んだままの女、コリナが男に叫ぶ。
「別に殺しても良いんじゃがな。普通の人間を殺しては減点になるからの。貴様、命拾いしたのう」
「なんっ!」
男は声を荒げつつも、内心では安堵していた。
屈強な体躯の男と、その半分にも満たない身長の少女。一見これから争うなど正気の沙汰とは思えない組み合わせに見える。しかし目の前の魔族が魔王の『落とし子』であるならば、男は『売ってはいけない相手に、喧嘩を売ってしまった』と思っていた。
「じゃが。多少は痛い目にあわせた方が早そうじゃの」
魔王の落とし子。
彼らは揃って片角を生やし、いずれも若い男女の容姿。どう言う訳か落とし子同士が激しい争いを繰り返しており、周りの村を巻き込み、家を失った者もいると聞く。
「や、やってやるよぉ!」
後に引けなくなった男は、震える手で腰に差した剣を引き抜こうとして気づく。
少女がニヤリと口角を上げた。
「もう済んだが?」
男はその発言に眉を潜めながらも、腰にあるべきはずの剣を探るがそこには無く、それどころか急な寒さに襲われて身震いが起きる。おかしいなと自身の身体を見てみれば、腰のベルト諸共剣は地面に落ち、衣服が散り散りになって飛び散っていた。
「きゃあああああ!」
コリナの二度目の悲鳴が鳴り響き、住民たちが集まってきた。
「うおおおおおお!何だってんだぁ!?」
腰の布切れ一枚になってしまった男は顔面を蒼白にさせた。結果落とし子は、瞬きの瞬間に間合いを詰め、服だけを剥ぎ取ったということになる。
「―光栄に思え群衆よ。この砦の主は今日からこのキリ様じゃ」
集まってきた住民に対してキリと名乗った落とし子は、ふふんと八重歯を見せて笑い、自分の胸元に親指を立てた。
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「―そろそろまずいんじゃないか…」
ロイは宿屋の小窓から落とし子と男のやりとりを見下ろしていた。
ベッドの上では賢者が寝転んでいる。
昼過ぎに砦に着いてから、早めの宿を取り休もうとしていた矢先の出来事。
宿屋の裏手から女の悲鳴が上がり、何事かと部屋を出ようとしたロイを賢者が制し、これまで一連の様子を見守っていた。
「うーん、あまり関わりたくないんだけど、ここの人たちに迷惑かけちゃうね」
「あんたを探してるみたいだしな。今のところ人を傷つけてはいないが、ここを乗っ取ったつもりになってるぞ」
「主人である魔王を討伐しようと王都が動いてるときに、随分な余裕だよね。でもあの野営地の有様じゃそうもなるか〜。ロイくん、やっちゃっていいよ」
「やっちゃってって気軽に言うが、俺はあいつの剣捌き、全く見えなかったんだよな」
しかし言葉とは裏腹にロイの目には、既に決意の炎が宿っていた。
「お?」
賢者が期待を込めた眼差しで見つめてくる。
「…やるしかないか」
「お…おお!どうしちゃったの、ロイくん!」
「どうもしないし、普通だろ…」
「いやいや、いつものロイくんなら『ごめんなさい!あれは見過ごせないけど、僕は戦い方教えてもらってないので、賢者様がなんとかしてくれませんか?』って部屋の隅で震えてるところが可愛いまであるよ」
「…ひどい言われ様だよ」
「あ、でもあの子は転生者じゃないっぽいし、全然いけると思うよ!私も後で行くかもだから、それまで頑張ってみて!」
賢者の煽りのような冗談に口を尖らせつつ、確かにまともな戦いはこれが人生で2度目のロイ。そのハードルの高さは未知数だった。
「なんでか分からないけど、あの落とし子ちゃん、殺しはしないとか言ってたでしょ?だから大丈夫かなーなんて思ってるのね」
「そうみたいだな…」
「いけるいける!多分!ほら、あの男の人だけ裸なのも可哀想だしね」
「そういうこと?」
住民たちがガヤガヤと集まっている路地裏で全裸にされて赤面している男。
それが未来の自分の姿に重なって軽い眩暈を覚えながら、ロイは部屋を出た。




