1-7 権能と弱さ、魔王領から
「なあ賢者、あの勇者は魔物だったと思うか?」
二人は野営地から近くの森に逃げ入った。勇者の追走を懸念しての選択だったが、このような深い森をロイは一人で抜けられる自信が無い。
しかし賢者は、迷い無く方角を定めて馬を走らせた。
ロイの前に跨り、短い手足で器用に馬を駆る彼女は、振り向かずに声を張って答える。
「どうだろ〜」
「これから、王都に行って諸々報告か?」
「そうなるかな?」
「それはそれとして」と賢者が付け加えた。
「弟ちゃん、探さないとね!」
「弟…」
色々とあったせいで、一瞬何のことかと逡巡したが、今朝に会った少年のことを思い出す。
賢者はそれをロイの兄弟だと思い込んでいるらしい。
「弟なんか居た記憶はないし、多分カイゼルを刺した犯人だぞ…」
「でもあんなに似てたんだよ?!犯罪の容疑がかかってるなら尚更晴らしてあげなきゃ!」
「わざわざ探すほどか?野営地もあんな有様だし。そもそもあいつがどこに行ったかも分からないし」
「あの子はロイくんにとって、大事なものだと思うんだよな〜」
少年がロイの兄弟であるか否か。
少年が本当にカイゼルを刺したのか。
刺したとして、そこにどんな理由があったのか。気にならないと言えば嘘になる。
しかし、それらが些事になるほどの大事件が起こってしまった。
勇者がおそらくは魔物に成り代わられ、兵士たちは皆倒れ、ロイと賢者は逃亡中の身。
(それに、そんなことはどうでもいい…)
ロイは賢者に悟られぬよう、唇を噛み締める。
魔法が使えなくなった故に、多くのものを失い、これからも失い続けるであろう賢者。
当初二人が悲願としていた、転生者討伐など今となっては無謀に等しい。
そんな師の時間を、自分の些細な事情で奪いたくなかった。
「私のこと気遣ってくれてるのかな?でもそれは大丈夫になったんだよ。これからはロイくんに頑張ってもらうんだから」
「え…?」
そんなロイの心情を察してか、賢者が笑ってみせるのだった。
—-
森を抜ける頃には日が沈みかけていたが、眼前に広がる草原は一見すると平和そのものだった。
「一旦ここで休憩しよ」
賢者は目の前の岩山を指さし野宿の提案をする。
「おい、砦はまだ先だぞ…、正気か?」
「…やっぱりロイくん、お口悪くなってるー」
自覚なく『そうか?』とロイが考えている間に、馬を降りた賢者は野宿の準備を始めてしまった。
「魔物もいないみたいだし、大丈夫大丈夫」
賢者が言うように、魔王城に向かう際は幾度となく襲ってきた魔物たちが、今は嘘のように鳴りを潜めている。遠くを眺めてみれば、草食動物の群れがちらほらと見えるほどには、平和な景色だった。
行軍の途中で立ち寄った、国境の役割を果たしている砦まではまだ距離がある。
このまま夜通し馬を駆るより、野宿を挟んだ方が良いことはロイにも分かっていた。
「…確かに。やけに静かだな」
「つまりここで休んでも問題ないってことだね」
結局賢者の言い分に折れたロイも馬を降りて、岩の間に即席の寝床を並べることにした。
—-
「さてさて、例のやつ、そろそろ見せてもらいましょうか?ロイくん」
簡単な食事を済ませると、火に薪をくべながら賢者が口を開く。
「ああ、構わない」
勇者から身を守る際に、生み出した骨の壁。
賢者はロイに『頑張ってもらう』一環として、その不思議な骨の力についての理解を、深めておく必要があると言った。
ロイは、その時の再現を試みる。
皮膚の内側が騒つく感覚。
「あ、出た…」
やってみれば、容易く目の前に骨が現れ、様々な形に変化させることができた。
自分の周囲を取り囲むように骨をつなぎ合わせた形、槍のように武器として構えることのできる形。
面白くなってきたのか、賢者は即席の的を作り「これを狙ってみて」と言う。
言われるがまま、ロイが骨のつぶてを生み出して、打ち抜いてみれば
「す、すごい…的が粉々に…。こんなことは初めてです!ギルド長を呼んで来ます!」
賢者は嬉々として小芝居を始めた。
「細かいものも作れるのかな?」
例えばと言った感じで、手元のスプーンをぷらぷらと振ってみせる賢者。
ロイはそれを模倣して骨のスプーンを作ってみようと試みたが、何故か大雑把な形になり、液体を入れても隙間から簡単に溢れ出る。
「上手くいかないな…」
「なるほど〜。人の骨より小さいものは厳しいのかな」
賢者がふむふむと考えている間にも、ロイが思いつくままに次々と新たな形の生成に挑戦し、成功と失敗を繰り返した。
骨の鞭、骨の梯子、骨の弓矢…。その他にも良くわからない物が創られ、そして投げ捨てられる。
標的にと体を張った賢者は結果、骨の檻に閉じ込められ、更に骨に巻きつかれて拘束されていた。
しかしその目はキラキラと輝き、そして興奮気味に宣言する。
「賢者が断言します。ちょっと地味だけど、これは『権能』です!」
「えっ…」
「びっくりした?」
「え、いや…魔法だろ?…権能って…だってそれは…」
みるみる青ざめていくロイ。
「こんな自在に骨を扱える魔法は無いんだよね。近い魔法で言うとネクロマンサーによる死霊を操るものがあるけど。あれは亡骸や魂を操るものだから、根っこから違うし!」
ネクロマンサー、又の名を死霊使いと言われる者たちがいる。彼らは魔法を行使して死者を意のままに操る。対してロイは、死者ではなく骨そのものを虚空に召喚し、組み木のように扱う。そこに魂を懐柔して操るネクロマンサーとは異なる力であるという結論に達していた。
しかし『権能』と言えば、転生者のみが持つ力。
(権能だって?…そんなのありえない。いや、ありえたらいけないだろ…)
そもそもロイは、転生者特有の『前世の記憶』がない。
「なんで…」
「どうしてロイくんが権能を使えるようになったのかって?」
「そうだ。あんたは前に言ってたよな。『転生者以外の者が権能を使えるようになるには、死の淵から蘇るような奇跡でも起こらない限り、ありえない』って」
「そだね。だから闘技場で危なくなって、覚醒したってことだね」
震える声で問うロイに、賢者は手を伸ばして頭を撫でる。
「不安?」
「や、やめてくれ。不安…とかじゃない。でもおれは…」
払い除けられた手を寂しそうにしながら、賢者は『大丈夫だよ』と優しく微笑む。
「自分が仇の転生者だったら、それはとってもショックだよね。でもロイくんはロイくんだから」
「おれは…転生者かもしれない、のか?」
「ーー聞いて。ロイくん」
わなわなと自分の両手を見つめるロイに、その顔を両手で挟んで無理やりに自分の顔を見るように促す賢者。
「…?」
「ロイくんはロイくんだよね」
「いや…。でもおれは…」
「ロイくんはロイくんだよ」
「…おれは、おれ…」
「ロイくんは、みんなを傷つけないでしょ?理由もなく誰かを自分のお人形にもしないし、いきなりブチ切れて街ごと消し去ったりもしないでしょ?」
賢者の真っ直ぐな瞳に見つめられ、困惑するロイは自分自身に問いかける。
(おれは…おれなのか?)
いつもなら直ぐに顔を出すもう一人の自分。しかし今は沈黙しか返って来ない。
結局、目の前にある大きな二つの碧い瞳を信じる他なかった。
「権能が使えるからって、転生者と同じ存在じゃないんだよ。権能を後天的に覚醒させた人たちのことを、『覚醒者』って呼んでるんだ」
「そんなのあるのか?初めて聞いた」
(おれは権能は使えても、転生者たちのように人を襲わない…覚醒者。転生者とは違う…)
「逆にね、これで転生者への『復讐』を、直接できちゃうかもしれないってことなんだよ。凄いことなんだよ!」
「直接…」
「そうだよ。私たち人間は力が弱いから、転生者にはとてもじゃないけど正面からは敵わない。だから搦め手を使うしかなかったじゃない?」
転生者の権能の種類にもよるが、およそ多くの権能は常識を凌駕し、人が総力を結集したところで一瞬で滅ぼされてしまう。
「賢者…」
「うん、もう大丈夫かな」
「ああ、ありがとう」
賢者はその黒い目が再び輝きを取り戻したことを確認して、手を離した。
「でもおれが権能を使えるようになったところで、こんなささやかな力で勝てるのか?あんたも、その、…魔法を使えなくなったんだろ?」
「もちろん、これまで通り、利用できるものは何でも使うつもりだけどね。私の頭脳にも期待していいんだよ」
胸を張ってえっへんと胸を張る賢者。
—-
明朝、ロイは一足早く起きたつもりでいたが、賢者はもう焚き火を起こし、朝食の支度を始めていた。
「おはよ、そういえば、昨日言い忘れてたんだけど」
「ん?」
「権能が使える話は、誰にも言っちゃだめだよ」
「そうなのか?まぁ、言うつもりは無いが」
「特に転生者には絶対言わないでね。警戒されるし、下手したら殺されるから」
「わかった」
そんな会話をしつつ、二人は野営の片付けに取り掛かった。




