1-6 よく似た少年、腹部、粉塵
翌朝、視界には積み上げられた木箱がそそり立ち、そのすき間から見える暗雲。
ロイは地面に寝そべっていた。
(マナが切れたからか。全身がだるい)
ぼんやりと覚醒する中、遠くから兵士たちの怒声が聞こえる。
(何かあったのか?人を探している?)
「ご、ごめんね。そ、そろそろ起きたら、どうかな…」
ゆっくりと身体を起こすと、遠目に見える第2部隊のテントの周囲に人だかりができていた。本来ならロイもあのテントで寝るはずだったが、昨夜の一件により、ひとりここに居る。
「ん…?」
カイゼルにはりつけにされていたと記憶していたが、両手足を拘束していた縄が切られて、足元に落ちていた。
縄の繊維は斜めにささくれ、急いで断った跡が残っている。
「誰かが解いてくれたのか?」
腑に落ちないものの、まずは目前の人だかりが気になり、何事かと向かおうとして、ふと頭を巻き戻す。
(今さっき、誰かに声をかけられなかったか?)
あまりにも自然過ぎて気づかなかった。
ロイの目の前に誰かが立っていた。
自信無さげに立つその人物は、こちらを見つめている。
全身を返り血で染めた、黒髪の少年。
右目は前髪で覆われ、見える方の左目も光無くどんよりとくすんでおり、不安そうにチラチラと視線をこちらに寄せていた。
「や、やっと起きた。か、代わりにやっておいたよ」
「…何を?」
少年は軽装歩兵のようで、胸当てや具足をしていたが、見るからにサイズが合っておらず、留め具から先がだらしなくぶら下がっている。
それらには、大量の血が付着していた。
両手も真っ赤に染まり、まだ乾かぬ血液が地面に滴っている。
そして奇妙なことに、少年の容姿、目鼻立ち、そしてその声にロイは強い既視感があった。
「お前は…誰だ?」
ロイは、少年が自分に似ていると思った。
いや、似ているなどと言う生ぬるい次元ではない。瓜二つの双子かと見紛うほどだった。
そして、そんな事実は親から聞いたこともなかったが、腹違いの兄か弟かもしれないと思った。
しかし『それ』を見つけた時、ロイは更に息を飲んだ。
彼の首に巻かれた銀製の首輪。
一見よくある一般的な首輪に見えたそれだったが、ロイが賢者から契約の際につけられた首輪と全く同じ物に見えた。
遠目からは判別しづらいが、微かに見える、賢者が記した特徴的なサイン。
三角の一点から、垂直に伸びて一辺を分断した図形。
彼女が契約の際に利用する独自の図案で、それは他人が使っても効果を発揮しない。
しかし、同じ契約の首輪が存在すること自体は、ありえない話ではない。
賢者が、目の前のどこの誰とも知れない少年とも、ロイと同じように契約を結んでいれば、の話だが。
慌てて自身の首元を探るが、自分の首輪はここにある。
(当たり前か…、これは契約の証、おれが死ぬまで外れることはない)
「ぼ、僕はもう行くね、迷惑になっちゃうと思うから」
ロイは少年の強烈な見た目に気を取られて、彼の発言には意識を向けられていなかった。
立ち去ろうとする少年。
「ま、待て。おまえその首…」
呼び止めなければいけない気がする。
(あんなやつ、どうでもいい…)
しかし言い表せない感情が邪魔をして、言葉が続かない。
「ちょっとちょっとー!ストップしてー!」
遠くから賢者が、大声を上げて走ってくる。
スライムにその体を犯されていたはずだが、持ち直した様子。
「賢者様…良かった。元気そう」
少年は足を止めて振り返り微笑む。
その言葉には賢者への親愛と、寂しさのようなものが感じられた。
それを見上げて、忌々しく思うロイ。
(…気持ち悪い。早く消えてくれ…)
「賢者様のことは任せたよ。ロイ」
「…。お前に言われるまでも無いが。…なんでおれの名前を…」
—-
「んはーっ。疲れた」
賢者がロイの元に辿り着いた時には、既に少年は立ち去った後だった。
息も絶え絶えの彼女は横に座り込み、呼吸が整うまでの間、ロイの顔を凝視していた。
「はぁーっ。ふぅー。病み上がりなんだからねー」
何も言っていないのに、体力が無いことの言い訳をしてから、ロイを見る目がジドッとしたものに変わる。
そして先ほどの少年が走り去った方角を見て、またロイを見た。
「ーーで、今の子。ロイくんの弟さん?!」
「いや…」
「すっごく似てたよね?」
「兄弟は居ないはずなんだが…ちょっと似てたな…」
「ちょっとどころか…。って、ん?なんだ?イメチェンかな?」
賢者はロイの頬を両手で掴み、ぐいと自分の方に顔を向ける。
ロイは、強引に間近で目を合わせられて思わず顔を反らしたが、賢者は構わず顔を近づけてきた。
「な、なんだよ…」
「髪の毛伸びてるし…喋り方もかっこつけてるし…思春期かな?」
「…元からだろ」
徐々にロイの顔が赤くなっていく様を見続ける賢者。
「…んー。まあ一旦」
ようやくその華奢な手の平から解放された顔を撫でながら、今度はロイの方が改めて彼女を見つめる。
「どしたの?」
「いや、魔法使えなくなったって聞いたんだが」
「そうだよ」
「…そうか」
「…?」
「…」
あっけらかんとした様子で答える賢者。
カイゼルが言っていた通り、賢者は魔法を使うことができなくなっていた。
その事実を聞き、ロイは彼女の『これから』について考える。
「…謝らないんだね」
「え?」
賢者は思案に入ろうとしたロイの顔を、不思議そうに覗き込む。
「…謝る?おれが?」
「そうそ、いつも謝るよね、なんなら出会い頭に謝る。謝ってから話を始めるまである。「こんにちは」とか「おはようございます」の代わりに、「ごめんなさい」とか「すみません」が挨拶になってる、あのロイくんが!謝らない!どういうことでしょう!!」
話しながら徐々に驚愕の表情になっていく賢者に、何か謝ることがあっただろうかと考えを巡らせるロイ。
諸々の件は、カイゼルに責任があると自身の中で決着がついている。
「隊長!ロイが居ました!」
そして二人のやりとりは、突然遮られた。
見れば、第2部隊のテントの前で一人の兵士が、こちらを指さしている。
瞬く間に集まった複数の兵士たちに取り囲まれ、ロイは身の危険を感じ、立ちあがろうとするが素早く後ろ手にされ、うつ伏せに地面へと叩きつけられた。
「遂にやったなぁ!小僧!」
「っ、何だってんだ!」
「威勢がいいの!それが本性か!」
彼の上に馬乗りになったのは、昨夜の会議で問い詰めてきた老隊長だった。
ロイは訳のわからない状況に抵抗を試みるが、しっかりと押さえつけられ、身動きひとつ取ることができない。
「ちょっとちょっと何するの!?」
賢者が慌てて止めようと老隊長の太い腕に掴みかかるが、子供が猛獣にじゃれついているようにしか見えない。
「賢者様、こちらにおいででしたか。少々この小僧に聞きたいことがありましてな」
老隊長は、賢者をあやすように嗜め、ロイに向かって言葉を続ける。
「何故カイゼルを刺した?」
「は?何を言っている」
『おい!隊長に向かって何だ、その口の聞き方は!』
続々と後ろに集まってきた兵士たちが声を上げる。
「ロイと言ったか。ナイフはどうした?」
そう言われて、ロイは空いている方の手を腰にまわし確認するが、そこには鞘しかなく、いつも入っているはずの果物ナイフは無かった。
「おかしいの。これがそうではないか?」
老隊長が押さえつけたロイにも見えるように、目の前の地面にそれを突き立てる。
刀身を真っ赤に染めたナイフ。
「これは…」
「獲物を現場に残すとは、少しばかり足りなかったようだな」
ロイはそれが自分の持っていたナイフと酷似していたことに、少なからず動揺した。
賢者から貰い愛用していたナイフ、持ち手の部分にはそれと同じ布が、見慣れた形で巻きつけられている。
「カイゼルの腹に刺さったままだったぞ?」
老隊長はその表情の変化を見逃さず、さらに試すような口調で顔を覗き込む。
「ち、違う!俺はやってない!」
「昨日の賢者様の件と言い、もう言い逃れはできまいよ」
「道を開けろ」
ロイが状況の把握に頭を割かれる中、勇者と幾人かの隊長も駆けつけた。
「どうした?」
「勇者様、昨日の小僧ですが、自分の隊長の寝込みを襲ったようでして」
勇者と老隊長の声がロイの頭上を行き交う。
どうやら、朝に第2部隊のテント内にて、何者かに腹部を刺されたカイゼルが倒れていたらしい。そして刺さっていたナイフは、賢者の弟子であるロイが、食事などを用意する際にいつも使用していたものであると分かったそうだ。
「なるほど」
勇者は屈んでロイに顔を寄せ、彼にだけ聞こえる声でこう言った。
「はりつけはどうやって抜けた?」
「お、起きたら解かれていた…」
「怪しい者は見たか?」
怪しい者と言われて、先ほどの少年を思い出す。
「…さっき、血だらけの兵士がいた」
「なるほど。…その兵士は、お前が回収しておけ」
「…か、回収?」
言葉の違和感に聞き返したロイを置いて、顔を上げた勇者は賢者の方を見る。
「賢者も一緒か」
「何か?」
普段は穏やかな賢者が、勇者に話しかけられたことで、何故か不機嫌な表情に変わる。
勇者と賢者、この二人が話すところを見たのは、ロイも他の兵士たちもこれが初めてだった。
遠征の中で、人柱とされる二人が一度も話したことがないなどと、何か勘ぐらずにはいられなかったが、予想通り空気が張り詰める。
「役立たずが集まったものだなと」
「ほぉ?」
「…っ、賢者をバカにするな!」
ロイは地に伏したまま声を上げるが、勇者は嘲るように続ける。
「魔法も使えなくなった者が、賢者を名乗るのもいかがなものかと思う。いっそここで私が終わらせてくれようか?」
そう言って勇者は、おもむろに腰の剣を引き抜いた。
普段と変わらぬその声音から、流れるように続いた抜剣。
賢者に剣を向けるなど、冗談では済まされないその行為が易々と行われたことに、周囲の兵士たちも、一瞬何が起きているのか分かっていなかった様子で、遅れて驚愕の表情を浮かべた。
しかしどういう訳か、止めに入ろうという動きはない。
それどころか、集まっていた兵士や隊長が、次々とその場に倒れていった。
「ぐ、こ、これは…毒か!?」
ロイを押さえつけていた老隊長も苦しみだし、そのまま横転する。
周囲の兵士たちは、全員が倒れてしまった。
勇者が剣を構えた途端に急変した、唯ならぬ状況。
自分がカイゼルを傷つけたと疑われたことなど、取るに足らない事態。
この遠征において『致命的な何か』が起きていると、ロイは肌を強張らせた。
自由になったロイは立ち上がり、地面から素早くナイフを引き抜いて賢者の前に立った。
「ロイくん、今はまだだめ!」
「何言ってんだ!こいつ、あんたに剣を向けてる!」
改めて状況を見れば、周りの兵士たちは事切れたように倒れ、微動だにしていない。
そんな中、立っていたのはロイと賢者、そして目の前で剣を構える勇者と第1部隊の隊長だけ。
「お前は魔物か!勇者をどこにやった!」
「そう思うか?」
勇者は一瞬悲しそうな表情をしたように見えたが、躊躇なくロイに向かって剣を振るう。
太刀筋から本気で斬りつけてきたことが明白になり、勇者が魔物に成り代わられた疑いが濃厚になる。
(まさか本物の勇者はもう…?)
「ロイくん!」
賢者が彼を押し退けて庇おうとする。
(まただ)
闘技場での出来事が、トラウマのようにロイの頭に過ぎる。
戸惑っていた自分の代わりに、スライムの犠牲になった賢者。
(もう、それだけは絶対にさせない!俺は守られるためにここに居る訳じゃない!)
瞬間、ロイの皮膚の内側がさざなみ立つ。
バキリという骨が砕ける音。
「骨の方か」
反射的に目を瞑ってしまったロイは、勇者の呟きが聞こえて、慌てて周囲を見る。
「ロイくん…これ…」
賢者も驚いた表情をしているが無事、自分も無事、勇者は間合いを取っている。
そして視界には、
ーー白い、骨。
ロイと賢者の周りには、乳白色の骨が二人を守るように張り巡らされていた。
関節から四方に伸びた大腿骨のように太い骨が更に関節に繋がり、網の目状に籠の形態を作り出す。
勇者の斬撃を受けたであろう部分が折れて、砂のように崩れていく。
「これは…あの時の」
マナが消耗された感覚からロイ自身が、この骨の防壁を出現させたことは間違い無いと悟る。
(ってことは、闘技場でいきなり現れたあの『槍』も…)
いつの間にこんな芸当をできるようになったのか、ロイには見当もつかなかったが、命を救われたことは事実。
「今だ!」
本来ならここに存在し得ない『骨』の出現に気を取られているのか、上の空になっている勇者。
「ロイくん!逃げるよ!」




