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1-5 はりつけとマナとナイフ

「ーーもう魔王は倒したも同然、我々は歴史に名を刻むことになるだろう」


勇者が解散を促したことで、ロイもようやく解放された。

しかしテントを出たところですぐにカイゼルから腕を掴まれ、野営地を取り囲む木の柵のひとつに乱暴に縛りつけられた。

柵の節が背骨を軋ませ、縄の繊維が皮膚の表面を裂く。


「さーて、ロイ。どうしてくれようかなぁ!」


青筋を立てたカイゼルが彼の胸倉を掴む。


「ぐっ」


熊のような体格のカイゼルから持ち上げられてしまえば、男の中でも小柄な方のロイは、地面から離れた足をばたつかせることしかできない。


「隊長!おれたちどうなるんすかぁ!」


外で待機していた第2部隊の兵士たちが集まってきて、カイゼルに尋ねる。

自分たちの処遇について心配している様子。


「お前らは大丈夫だ。おれもまぁ…、いや、分からん…。だがもう賢者を守る必要はねぇ!」


(賢者様に向かって…なんて言い草)


ロイは賢者を呼び捨てられたことで頭に血が上り、カイゼルを睨みつける。


「まあ細かいことは後で言うけどよ、とりあえず、だ。勇者様のおかげで最悪の事態は避けられた。だがなぁ、やっちまったことはやっちまったことだよなぁ?ロイくん」

「カ、カイゼルさんのお怒りはごもっともです!申し訳ありません!…ですが、今は一刻も早く賢者様の容態を確認させてもらえませんか?」


ロイは必死に訴えたが、それがカイゼルの怒りに燃料を投下したらしく、次の瞬間には視界がチカチカと明滅していた。

顔面にカイゼルの大きな拳を振るわれたことに、遅れて気づく。


「もうロイくんの大事な賢者様はよ。あれはもう意識が戻ったところで使い物になんねぇだろ?ハッ!」

「な、何を言って…」


カイゼルの意味深な言い回しに不快感が溢れる。


「お?しらばっくれるじゃねーか。さっき第1部隊の隊長から聞いたんだがよ。お前が言ってた賢者の中に入ったってグレンウーズってスライムな。それがマナの流れを乱すやつだったらしいなあ?」

「えっ…」


ロイは一瞬で血の気が引き、言葉を発することができなくなった。

『マナの流れを乱す』。

そもそも、魔法の修練の初期段階は、己の体内に循環する、『マナの流れを整える』所から始まる。

マナを自在にコントロールすることができるようになって初めて、魔法を行使する基礎が体内に組み上がるという訳だ。

それが常に乱れるとなれば、入門者どころか、その段階にすら至れない。


「それでは、賢者様は…」

「世の中には珍しいスライムがいるもんだなあ!一体どこから連れてきたんだ?ロイくーん?分かるよな?おまえが連れてきたんだろ?賢者の失脚か。弟子であるお前がよくそんな悪いこと考えられたよな。善良なおれたちには想像もつかないよなあ、みんな。ま、喜べロイくん。お前の望み通り、賢者はもう今後一生、お得意の魔法が使えねえってよ!」

「…そんな、そんな訳。それに僕はそんなこと望んで無い…」


魔法は習熟の難度こそ高いが、平民にも解放された技術。

そしてすべての人が、大なり小なり日常的に魔法の恩恵を授かっている。

そんな中、魔法学に精通している賢者ともなれば、国からも社会的な規模の貢献を期待され、これまでにもその力を遺憾なく振るい、王都に多くの利益をもたらしてきた。


「自分の師匠を一般人に貶めた気分はどうだ?」


カイゼルの話が真実ならば、闘技場で弟子を庇ったばかりに、賢者としての価値のほとんどを失ったことになる。

その事実に堪えきれず、溢れる涙に目が霞むロイ。


「はっ、弟子は泣けば賢者からよしよししてもらえるのか。お前が魔王の落とし子かもだとか、失脚を狙ったとか、そういう話は一旦置いといてもな。罠に巻き込んだのもロイくん、スライムを飲ませたのもロイくん、全部ロイくんの行動の結果だろうがあ!」


皮肉にもロイが内心で思っていたことを、カイゼルが代弁し、言語化した。


「ま、それはお前が賢者に詫びるなり、手柄を魔王に報告するなりしてくれよ。とりあえずー、今日おれが不快な思いをした分だけやるからな!いーち!」


言葉責めを終えたカイゼルは、カウントと共にその拳をロイに飛ばす。


「お次は弟子に陥れられた可哀想な賢者の分だな!にーい!」


ロイは『これで自分の罪が償われるなら、いくらでも浴びせてほしい』と、薄れる意識の中で願った。


---


「…!…!!」


次にロイが意識を取り戻したのは、真夜中だった。

北の霊峰を取り巻く冷え込んだ空気の中、遠くでは焚き火を取り囲んだ兵士たちが、異様な盛り上がりをみせている。おそらく明日の魔王との決戦に向けて、自分たちを鼓舞しているのだろう。


ロイはしっかりと拘束され、軋む身体の痛みを感じ、そして口に流れる鼻血を溢すまいと無意識に飲み込んだ。

それから兵士たちから視線を逸らすように、野営地の暗がりに目をやった。


「…なんで、こんなことに」


自身の師を罠に嵌め、その力を失わせた弟子。

自分の言葉を誰も信じず、それどころか疑われ、挙げ句罵倒され、この鼻血のように止めどなく溢れる自己嫌悪。何ひとつ解消できないそれらが、頭の中を掻き乱し、歯ぎしりが止まらない。

麻痺していた顔面の痛みが、表に現れ始めている。

カイゼルから殴られた際に切れた口内からは、血の味がする。


(賢者様が魔法を使えなくなった。挙句もう必要無いと脱隊させられる。そもそも封印を解く方法が事前に分かってたなら、勇者様に任せて次の機会を待つ道だって…)


(みんな僕のせいだって言う。勇者様ですらそうだと言う。そうか、事実は僕が賢者様を貶めたことなんだ。どんなに僕が賢者様を尊敬して、この人について行こうと決めていたとしても、最後に残った事実は、僕が賢者様を貶めた。それだけなんだ)


急に耳が遠くなり、視界が二重にぶれる。

かと思えば、再び浮き立った目の前の松明の角度が先ほどとは微妙にずれていた。

腰に備え付けていた護身用のナイフに手が届く。


(いや…)


内面から、もう一人のロイがずるりと頭を持ち上げる。


(いや、違う。おれは悪くない。巻き込まれたに過ぎない)


(でもみんなが、僕のせいだって言うんだ)


言ってから、何に対して弁明しているのかと自嘲する。


(事実だけを見るんだよ。おれと賢者は一時的にではあるが、カイゼルの仕切る第2部隊に同行することになった。あいつらがおれたちを守る約束だったよな?)


(でも僕が、魔法陣を踏んで賢者様を巻き込んだ)


(あんな目立ってた罠を誰も見てなかった訳あるか。前ばかり気にして、肝心なところを見落としたあいつらの、侵攻方針の方に問題があった)


(でも僕の代わりに、賢者様がスライムに囚われた)


(賢者がおれに無理を言ってるのは分かってただろう。庵でも剣術の訓練なんか一度もしてない素人が、いきなり魔物と戦うなんて無理な話だ。それに、おれが鳥頭を倒せたから、二人とも命があるんだ)


(でも僕の話を、誰も信じなかった)


(そもそも違う。あれはおれたちを守る立場のカイゼルが、被害者面したからおかしな話になった。自分が賢者を守れなかったことを棚に上げて、おれに責任転嫁して矛先をすり替えたんだよ)


(でも…)


(今はっきりと分かることは、賢者が魔法を使えなくなったこと、カイゼルに責任を押し付けられたこと、そしてそのふたつに対しておれは、被害者だってことだ)


(…じゃあ、どうするの?)


(決まってるだろ)


二つの意識が、ロイの中に渦巻き、感情の濁流となって、駆け回る。


(それはそれとして、僕に。おれに誰かを頼らないだけの力があったら、この結果は変わっていたことも事実だ。賢者様を守ることもできたし、カイゼルのしょうもない責任転嫁にも巻き込まれず、勇者様と一緒に魔王だって倒すことができたかもしれない。ーー俺はもう、誰も頼りたくない)


そして彼女のこれからを考えると、止めどなく涙が溢れ出す。


「僕は…、俺は、なんでこんなことに…」


周りの音が随分遠いと思っていたが、自分の声だけは良く耳に響いた。

そして次の瞬間にはふっと頭が冷める。それはこれまでの魔法習得の修練の際にも、数多く体験してきた現象だったので、再び意識が途切れる前に理解した。


ーーマナ切れだ。

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