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1-4 虚言と嫌疑、勇者

「賢者が倒れた」その知らせを受け、すべての部隊が一時撤退。今は城の門前に設営された野営地に戻っていた。


「ーー大広間?罠などあったか?」


野営地の中央に立つ一際大きなテントの中、城の図面が広げられた机を前に、各部隊の隊長からロイとカイゼルが取り囲まれている。

ロイは両手を後ろ手に縛られ『賢者を罠に嵌めた魔王の手先』という嫌疑で、取り調べを受けていた。

カイゼル含む第2部隊の兵士たちには、闘技場での出来事は無論知り得ず、再び姿を現したかと思えば、賢者が倒れていたことだけが事実。

ロイが抗うことをせずにいたのは、故意では無いにせよ、自身の行いによって賢者が倒れたことに相違無いことを自覚していたからだった。


「貴様、分かっているだろうな…?」


髭を蓄えた第3部隊の老隊長が、頭上のコブがランプによって煌々と照らされているカイゼルを鋭く睨む。

この老隊長は遠征部隊の中でも全体を取り仕切っている立場で、普段はロイや他の兵士には横柄な態度のカイゼルも彼を前に萎縮している様子だった。


「もし、賢者様が倒れたとなれば、この遠征そのものが無駄になるということを!」

「こ…、こいつが、魔法陣を踏んだって言うんですよ。賢者様はこいつを守ろうと…」


カイゼルは顔面を蒼白にしながら小さく呟いた。


「言い逃れか?貴様は隊長であろう…」

「魔法陣とは、どういうことだ?」


他の隊長の問いに対して、ロイが罠にかかった経緯を説明する。


2階の大広間、通常の城であれば、舞踏などの催しが行われていそうな広さで、天井には豪華な灯りがいくつも取り付けられていた。

しかし攻城となればそれが一転、開放的な空間が故に、むしろどこから魔物が襲ってくるかも知れないことに警戒を強めていた。

そんな中、広間の中央にこの場にそぐわない異物があった。

『茨に囚われた双頭の鼠』の図案が描かれた魔法陣、それは白く発光しあからさまに自身の存在を主張していた。

茨が意味するところは結果的に『拘束』を示唆してあったと想像できる。しかし鼠が双頭である意味はロイには分からなかった。

そしてどういう訳か、他の兵士たちはこの見逃しようのないはずの魔法陣には目もくれず、ロイだけが見えない力で引き寄せられるかのように、気がついた時にはそれを踏んでいたと言う。

そして頭上から落ちてきた檻に、誰よりも先に気づいた賢者が彼を守るように立ち、共にその中に囚われてしまったらしい。

周りから見れば、荷物持ちがうっかり罠にかかっただけのこと。


加えて闘技場での経緯は突拍子もなく、そのくだりに入ってから、隊長たちは一様にロイに対して不信な者を見る目へと変わり、下手な言い訳として聞き流されていた。


「小僧、貴様は確か賢者様のところの荷物持ちであったか。何故、己の師を巻き込んだ!」

「…も、申し訳ありません。そ、それは」


怒気をはらんだ老隊長の視線がカイゼルからロイへと移り、他の隊長の視線もそれに続く。


「この事態をどうしてくれるのだと、聞いている!」

「やはりこの者は、魔王の落とし子ではないか!?」


口々に責め立てられる言葉に、ロイがこれ以上何か言い返せる訳も無く。


「―その闘技場での話、私にも詳しく聞かせてもらえるか?」


突然、良く通る凛とした声がテントの入り口の方から発せられ、会話が止まる。

美しい桃色の髪を後ろでしばったその声の主は、鋭い目をロイに向けていた。

他の兵士たち同様、鉄製の甲冑に身を包み、白く広がったスカートが膝まで伸びている。

彼女が、魔王に対抗する為の民の剣、勇者を名乗る者。

魔王の城から遅れて戻ってきた勇者と第1部隊の隊長が、ロイとカイゼルを取り囲んだ輪に入ってくる。


「勇者様、その話はこの者の虚言かと」


老隊長が進言するが、勇者は構わず顎をしゃくりロイに促す。


「あ、あの…」


ロイは困惑し、心無しか背筋を伸ばしているカイゼルに助けを求める。


「伝えて差し上げろ」


本来なら貴族以上の地位を持つと言われる勇者と、平民のロイが直接言葉を交わすことは許されるはずがなかった。更に虚言と疑われて信じる者がひとりもいない状況、少しでも彼女の機嫌を損なうようなことがあればただでは済まないだろう。

見えない威圧感がロイを襲う。


「大丈夫だ。私も元は平民、恐れなくとも良い」


それを察したか、ロイとそう歳の変わらないであろう勇者が微笑んで見せた。


「は、はい。それでは…」


ロイは改めて、闘技場での出来事を事細かに伝える。


---


一通り話を聞き終えた勇者はロイから視線を外し、周囲に確認する。


「さて、この者の話をどう思う?」


ロイは、勇者が自分の言ったことを信じて、加勢してくれるのだと思っていた。


「ありえません。この者の説明する規模の構造物が、あの城にあったなど」

「斬れたはずの左手が戻り、仕舞いには長い槍が突然現れてキメラを倒したなど、最早転生者ではと疑う話です。かと言ってこの者には、その気配が微塵も感じられ無い」

「実際は檻に賢者様を誘い込み、別の場所へ移動して無力化。企てを誤魔化すために自身も被害者のように振る舞っているだけでしょう。もっと上手くやるなら、その闘技場とやらに我々を招待して観戦させるべきでしたね」


隊長たちは疑う姿勢を崩さない。

ロイは、それでも勇者だけは味方になってくれて、自分は助かるのだと思っていた。


「なるほど」


そして彼女は、チラリと第1部隊隊長の方に目配せをしたのち、桃色の艶やかな髪をひるがえして告げた。


「この者は虚言を吐いている。王都帰還まで野営地の柵にでも、はりつけにしておけ」


ロイ以外は揃って頷いた。

だが続く言葉には、その場の全員が耳を疑うことになる。


「そして、賢者については脱隊してもらう」


賢者の除隊。


「ゆ、勇者様、賢者様については今も治癒師全員で治療にかからせていますので。明日には恐らく意識が戻られるかと…」


隊長の一人が冷や汗をかいている。


「この者はともかく、賢者様を外すなどと…。それは少々理解しかねるのですが」


老隊長も困惑を隠しきれていない。


(それはそうだよ。賢者様が抜けてしまえば、魔王の居る玉座の間の封印が解けないんだから)


そして当の賢者は、今まさに話していた一件に巻き込まれていたため、封印を解くどころか、玉座の間の前にすら辿り着いていないことを、誰もが知っている。


「心配は不要だ」

「…どういうことでしょう?」


勇者の言葉に隊長たちはお互いの顔を見合わせてから、聞き返す。

勇者は、なぜかロイの方に視線を戻して言った。


「賢者のみが解くことができると言われていた玉座の間の封印があったな?」

「は、はい…」

「あれを解除した、ということだ」

「え…?」

「そ、そんな訳が…」


老隊長が目を見開く。


「封印は賢者のみが扱える解呪の力でなければ絶対に解けないと、そう言われていたはず…。前回の遠征でもそれが理由で撤退しておりますが。一体どうやって?」


半信半疑で問う若い隊長。

そして多少の間を置いてから、勇者の指示を受けて第1部隊の隊長が机の上に金製の彫像を置いた。

彫像は、骸骨に剣が突き立てられた形をしている。


「これだ」

「そ、それは破邪の彫像…?ま、まさか!先代の賢者が魔力を込めた物と言われておりましたが…それは確かおとぎ話のようなもので…」

「城の宝物庫にあったものだ。念のために持ってきておいて正解だったな」


(先代の賢者様…?そんなのいるわけが…それに、この隊長、顔が…)


ロイは疑いの眼差しを投げかけた先に居た、第1部隊の隊長。

その目深に被った兜の下には、魂が抜けたように虚ろな目が覗いていた。


「我々には神の導きがある、ということだろう。いずれにせよ間違いなく、玉座の間の封印は解けている。直ぐにでも魔王の首を落としてやろうと思っていたところだったがな。このことを皆に知らせ、士気を上げるのも良いだろうと判断し、野営地に一旦戻ることにした」

「な、なるほど…」

「ですが、それでも賢者様を脱隊させる必要は…」

「唯一無二である賢者が今は安静の身。更にグレンウーズが体内に寄生した症状については、現段階では症例がない以上、感染症の可能性もある。それを魔王との戦いに巻き込み、連れ歩くことの方が問題ではないか?」


勇者の言葉を最後に、隊長たちからの反対意見はおさまった。

真偽は定かではないが弟子であるロイとしては、倒れてしまった賢者にこれ以上無理をしてほしくはない。勇者の意見は渡りに舟だった。


結果、ロイのはりつけと賢者の脱隊はそれぞれ決定となり、そこからは魔王との戦いを前に、改めて戦術の確認へと話は移る。

挿絵(By みてみん)

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