1-2 賢者とその弟子、そして罠
いま世界は、異質な力を持つ《転生者》たちによって侵食されつつあった。
一夜にして消滅した国。
突如、人形のように心を失った人々。
《彼ら》を追放した貴族家は、坂を転がるように没落。
それらは全て《転生者》たちのもたらした災厄。
王都もその例外ではなく、魔王を名乗る転生者によって、幾度となく襲撃を受けていた。
そんな折、彼女が現れた。
《勇者》。
その日も王都は、魔物たちの襲撃に見舞われていた。
兵士たちが次々と倒れ、人々が逃げ惑う中、先陣をきっていた巨大な魔物が一人の少女によって瞬殺された。
その圧倒的な力に恐れをなした魔物たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
驚き目を見張った群衆を前に、その少女は剣を掲げて叫んだ。
「私は故郷を転生者に奪われた身。さぁ、今こそ反旗を翻そう!私を、あなたたちの剣として振るってほしい!」
そして彼女は国王に精鋭を託され、魔王討伐へと旅立つこととなった。
—-
「賢者様、大変です!」
勇者率いる魔王討伐の部隊が結成された少し後、王都の東にある賢者の庵では、弟子が受け取った封書の送り主を見て、慌てているところだった。
不揃いな黒髪、怯えたような黒い瞳、どこか人懐こい雰囲気のただよう少年。
彼は無造作に積まれた本を掻き分けて、目的の相手をようやく見つけた。
「またこんなに散らかして…」
「どしたの、ロイくん?」
碧の髪に碧の瞳。どこにいても外すことのない桃色のマフラーが印象的な少女。
「あ、そうでした!見てください!国王陛下から書状が!」
ロイは、周囲の本を拾い集めながら、封書を少女に差し出した。
「えーと…『勇者が現れたから、魔王討伐するよー。一緒に来てね』だって」
「わぁ、賢者様の予想通りになりましたね!」
「魔王城には『賢者にしか解けない』で有名な、複雑な封印があるらしいからね!」
「そんな封印、本当にあるんでしょうかね」
転生者である魔王の討伐は、人々の悲願。
ロイと賢者にとっても、それは同じ。
「――勇者か〜。どうなることやらだけど」
「え、そうなんですか?とても強い方と聞いてますが」
「まぁ、ロイくんにとっても良い機会だから、気合い入れていこうね」
「は、はい…?」
言葉の真意を測りかねるロイ。
1年前、賢者に拾われた時のことを思い出す。
(転生者への復讐…)
ロイは賢者から多くのことを聞かされた。
賢者自身も、転生者を倒すために活動していること。
転生者は、ロイの仇である長髪の男以外にも存在し、人々が驚異に晒されていること。
ロイは拾ってくれた賢者への恩返しはもとより、自分と同じように家族を奪われた人々への想いから、賢者と共にすべての転生者を倒すことを約束した。
(僕の力でどうにかできるなんて思わない。それでも賢者様なら…きっと)
賢者が言う『良い機会』をロイなりに解釈し、勇者が国の後だてを持った討伐隊に参加できるならば、今回は確かにチャンスなのかもしれないと思った。
(そして…いつか必ずあの二人の仇を取るんだ…)
「よし、準備しよっか!」
賢者は鳥の彫刻が施された愛用の杖を背中に担ぎ、手早く支度のメモを記してロイに渡した。
柔らかな微笑みを浮かべながら。
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それからおよそ10日。
賢者とロイは魔王討伐の部隊に合流し、霊峰の麓にある魔王の居城へと辿り着いていた。
上空に羽ばたく巨大な怪物。
美しく咲き乱れる紫色の花に囲まれた古城。
探索は2日目を迎え、時刻は正午を少し過ぎた辺り。
「ダメだ!外からじゃあ、どうにもなんねぇ!」
2階の大広間では、第2部隊の隊長カイゼルが、剃り上げた頭を抱えていた。
常人より大柄な体躯の男。全身に刻まれた古傷が、彼の過去を物語る。
だが今、彼の目前には異質な檻がそびえていた。
それは賢者の弟子が、誤って踏み抜いた罠によって出現したもの。
不幸だったのは、遠征の要である賢者までもが、弟子と共に閉じ込められてしまったことだ。
「ロイ!てめぇはどうなっても構わねえ!だが、賢者様だけは外に出せ!」
「はっ、はひ!申し訳ありません……がっ、頑張ります!」
怒鳴られて、思わず一歩後ずさるロイ。
怒り狂ったカイゼルの形相に『ちょっと……出たくないかも』と思ってしまう。
とは言え、弟子を名乗る身でありながら、賢者を巻き込んでしまったことは紛れもない事実。
一刻も早く何とかしなければならない。
「ひどいこと言う人だね」
まるで緊迫感の無い優しい声で、背伸びをして、ロイの頭を撫でる賢者。
他の兵士も檻に注目する中、恥ずかしさに赤面するロイ。
「い、いえ!言われて当然です!すみません、賢者様……」
「気にしないの。それよりこの罠、明らかに変だよね」
献立でも考えているかのように嬉々としている賢者に、ロイは内心『いつものことだけど、そんなに困ってるようには見えないな』と困惑する。
『隊長!だめです!この檻、魔法が弾かれます!』
兵士たちが破壊を試みるも、びくともしない。
ロイはその様子を眺めながら、賢者に問いかける。
「変…って、どこがですか?」
「ロイくん、罠に引き寄せられたって言ってたよね?」
「はいぃ。申し訳ないです」
「みんなの後ろからついて行ってたのにね。逆にロイくんにだけ反応したってこと?」
「え、いや…。他の皆さんは避けてたんじゃないですか?あから様でしたから…」
賢者は『取り敢えず出ないとだね。よし!』と小さく奮起してみせて、魔法で解錠を試みる。
しかし、檻に変化は見られなかった。
「賢者様の魔法でも突破できない…だと?」
「そんなぁ」
外から様子を見ていた兵士たちも、落胆の色を隠せていない。
『あの賢者様に解けない仕掛けなんてあるわけが…』
『ば、ばか!転生者が仕掛けた罠かもしれんのだぞ!厳しいって!』
「チッ、他の連中は何やってんだ!」
苛立ちを隠せないカイゼル。
第1部隊など目と鼻の先に居るはずなのに、未だ救援者は現れていない。
「どうなってるんだろう…」
疲弊したロイが床にペタリと座り込む。
ーーそのとき、カチリと音がした。
足元にあった小さなボタンが、静かに押し込まれていたのだ。
「えっ」
異音がしたかと思えば、檻の底がぱっくりと開いた。
「あら?」
「えっ?ええっ!?」
それは一瞬の出来事。
床が無くなれば、上にあるものは落下する。
賢者とロイもこの法則に漏れず、床下の闇へと吸い込まれていった。
「はぁああああ!?!?」
唖然とするカイゼルの口が、大きく開いたまま固まっていた。
その表情が、暗闇に吸い込まれていくロイにとっての、最後に焼きついた記憶となった。




