2-5 魔王への手土産、それは足先
三人を招き入れるかのように開いた門、ロイと賢者は顔を見合わせて、ゆっくりと中に足を踏みいれた。
高い天井からぶら下がる古びた照明には、蝋燭が灯っている。
左右には石の彫像が並び、所々破れた絨毯が奥へとたわみながら伸びていた。
その先には石を削って作られた玉座があり、一人の男が腰をかけていた。
「魔王様、ご機嫌麗しゅう!」
「キリか…」
キリはその中年の男の前に跪く。
男は長い足を組み、うねる髪を雑に肩まで伸ばしており、浅黒い肌と沈んだ黒い目をこちらに向けていた。
キリと同じ魔族特有の長い耳、そしていかつい鷲鼻。
何より特徴的だったのは、頭上に浮いているリング。一見おとぎ話の天使の輪のようにも見えたが、良く見れば複数の赤い角のようなものが、螺旋状に絡んで形成されており、それが彼の禍々しさを助長させている。
「良く来たな、賢者よ」
ロイは先ほどから足の震えが止まらなかった。
気をしっかりと保たなければ、容易く心が折れてしまいそうな威圧感。
「何用かな?」
「招き入れてくださり感謝いたします。この度は、魔王様にいくつかお伺いしたいことがあり、参りました」
珍しく敬語を使う賢者を見て、ロイの警戒心は更に高まった。
賢者も毅然とした態度を取ってはいたが、口元がこわばっている。
「…ほう。手土産も無しにか?」
魔王はこちらを見据えたまま、いつの間にか『足』を持っていた。
白い、人間の足先。
若い男性の物のようで、まだ新しいそれはびくりと痙攣したのち、足首であろう部分から、遅れて血が吹き出してきた。
突然の出来事に賢者もロイも、何が起きたのか理解が追いつかず、時間に空白が生まれる。
魔王はいつからそれを持っていたのか、どこから持ってきたのか、そもそも何故今、人間の足を必要としているのか。
ロイに至っては『魔王は人を食べるのだろうか』と、呆気に取られることしかできなかった。
「あっ」
次の瞬間、ロイはストンと階段を踏み外したような感覚に襲われる。
視界が低い。
気になって足元に目を向けてみれば、中身を失った靴が無造作に転がっていた。
それを見て、自分の足が消えたために、その分身体が下がったのだということを認識した。
下にあった物が無くなれば、上の物が落ちることは必然。
そのままバランスを取れなくなり、尻餅をつく。
周囲に目をやれば、賢者が遅れて振り返ったところだった。
「う…」
消えた足の付け根から血が噴き出す。
「うがあああああ!」
「ロイくん!」
咄嗟に賢者は、激痛に悲鳴を上げるロイにかけより包帯を取り出す。
「ぎぃいいい!」
突然の足先の喪失と激痛に絶叫するロイ。
「なるほど」
魔王は手に持っていた、悲鳴の原因となったであろう『ロイの足』を、不満げに一瞥し息を吹きかける。
足先は吹きかけられた箇所から灰になっていき、魔王の足元に粉となって崩れ落ちた。
「ぐぅううううっ、ぐぁああ!」
乱暴に巻かれた包帯が溢れ出る血を抑止する頃には、ロイは気を失っていた。
身体を中心に大量の血が床に広がり、賢者の服もその飛沫で染められている。
魔王は、誰もが見ていたにも関わらず、しかし誰の目にも留まらぬ速さでロイの足だけを奪い去った。
「賢者、貴様の噂は聞いている。だが転生者の領域に手を出すとは、己を過信し過ぎではないか?」
「…」
「続けるか?」
賢者はロイの存命を確かめたのち立ち上がり、魔王を見据える。
発言次第で、次に奪われるものは、胴体か、頭か。
賢者は、焦ったように口を動かす。
「…貴方に、協力を申し出に来ました」
「協力?人間風情が我に手を貸してやろうと?」
「そこのキリと共に、他の転生者を殺させていただきたいと考えております」
賢者は息を殺して返答を待つ。
「我を殺そうと出向いたのであろうが」
「違います!魔王様への筋を通すため、しっかりとお断りを入れたく、はせ参じた次第です!」
「筋を通す…」
キリも場の緊張に飲まれ、自然と息を潜める。
「筋を通すのであれば、人が転生者に敵う道理を見せてみよ」
「…賢者である私の力をすべて注ぐ所存です」
「ククッ」
魔王はニヤリと笑う。
賢者は、自身の発言が誤解を生み、それを掬われることに遅れて気がついた。
「…それは悪手と言うものだ、賢者よ。何故ならお前はもう、『魔法を使えない』」
「っ…」
「な、なん、じゃと…」
魔王の指摘にキリも驚き、賢者の方を見る。
「我が娘を欺いたまでは良かったようだが、私をこれ以上失望させてくれるなよ」
「…」
「賢者!お主、儂を謀っておったのか?!」
落ち着き笑ってみせる魔王。
それに反して、魔法が使えない賢者に何の価値があるんじゃと切れ散らかすキリ。
「まあ落ち着け、キリよ」
「し、しかし魔王様!儂は他の兄弟に負けてしまうから賢者に頼んだのに!口車に乗せられて、賢者を魔王様のところに案内してしまって…うぅ」
キリは涙目になり、自分が不用意に賢者を導いてしまったことに言葉を詰まらせる。
「何事もまずは観察することだ。そして疑え」
「も、申し訳ありませんじゃ…」
キリの頭を優しく撫でる魔王に、対照的な立場の賢者は、これから自分がどうなってしまうのか、歯噛みすることしかできない。
逃げる隙などどこにもなく、何より横で気を失っているロイは、もう長くない。
「賢者よ、残念だがお前の旅はここまでのようだな」
ゆっくりと賢者に向けられる魔王の手。
先ほどのロイの足先を奪った、理解の及ばない行為が再び行われようとしている。




