2-4 無人と螺旋階段の先、黒門
「な、なあ賢者!本当なのか?本当に城に行くのか!?」
「ほら!もしかしたら他の落とし子ちゃんが戻ってるかもだし!」
「…ま、確かに…」
結局、魔王城へ向かうことに渋々ではあるが納得したキリ。
それに対してロイは、野営地での一件が記憶に新しいため、怪訝な表情をしたまま馬を走らせる賢者の背中を見ていた。
「まだ勇者が残ってるかもじゃないか?」
「あれから3日も経ったんだし大丈夫でしょ〜。仮に居たとして、ロイくんもちょっとは骨パワー使いこなせるようになってるし、キリちゃんもいるし。なんとかー、なるっ!」
「骨パワーって…」
そうして砦から半日ほど馬を走らせ、再び訪れた魔王城前の野営地。
「誰も…居ない?」
そこに勇者の姿はなかった。
それどころか、兵士たちの姿すら見当たらない。
「あれから3日、魔王城攻略のための一時拠点なんだから、居なくなってても不思議じゃないよね?」
「…ああ。けど」
誰一人居なくなった野営地。
しかし、『それ』以外は全てが『あの時のまま』になっていた。
放置されたテントと荷物、主人を失った馬。
その光景は、野営地の最後を知るロイでなくとも、異様に映ったことだろう。
「…気持ち悪い」
ロイの口から出た言葉は、その光景から感じられた率直な感想だった。
もし兵士たちが無事でいたなら、帰還するにしても、この野営地をそのままにしておく訳がない。
逆にあの時、死んでいたのなら彼らの屍はどこにいったのか。
「魔物に食べられちゃったかな?」
賢者がにこにこと残酷な冗談を言ってみせる。
ありえなくもないかとも想像してみたが、血痕ひとつ、引き摺り跡ひとつ残っていないことがその線を否定していた。
「ちなみにその『魔物』とはどういった生き物のことなんじゃ?」
キリが何気ない風に尋ねてくる。
「…は?」
「話には聞いておったが、実物を見たことがないでの」
「魔物を見たことがない?って、おまえ…」
「ああ、大丈夫。ロイくん」
ロイが質問を返そうとしたが、賢者によって止められた。
「簡単に言うと、動物が凶暴になったやつ、みたいな?」
「獣の類か。儂はまだあまり物を知らないからの。そんな生き物もおるんじゃな」
(魔王から生まれた落とし子が、同じく魔王が生み出した魔物を知らないとか、ありえないだろ…)
「ロイくん。見てこれ」
賢者が床に転がっていた大鍋を指差す。
あの日からそのまま放置されていたであろうことが、鍋から溢れ流れている料理の様子から察せられた。
「鍋が、どうしたんだ?」
「お料理の表面に浮いてる透明な液体があるでしょ?これは闇雀の毒だね。体内に入れたら致死するやつ」
「…兵士たちが倒れたのは、朝食に毒を混ぜられたからってことか。一体誰が…」
あの朝、ロイははりつけられており、賢者は治癒後間も無く、朝食を取る余裕がなかったため、幸運にも毒に犯されることを免れた。
自分たち以外に免れたであろう者の顔を思い浮かべていく。
(もし、もしそうだったとして。どうやって…なんで…)
「ーー勇者と共に我が主を討ちに、ここに来たという話じゃが」
悶々と想像していたところに、キリが割って入る。
「キリちゃん、知らなかったんだ?」
「命令を受けてからはここに戻ることも無くなっておったからの。ま、儂が元気ってことは、我が主も元気ってことじゃ。安心してよいぞ!」
八重歯を出してみせるキリ。
賢者はにこにことしながら、彼女に先を歩くよう促す。
「でも結局、私たちは魔王ちゃんに会えてないんだよ。キリちゃん案内してね?」
「ん、まあ儂の方がここについては詳しいからの!よし、お主ら、ついて参れ!」
先頭に立たされて、リーダーにでもなったつもりか、俄然張り切り始めるキリ。
彼女の先導により、野営地から左右に紫色の花が咲き乱れる門をくぐって城に入り、地下への階段前に辿り着く。
「これは…」
「我が主はこの下におるのじゃ」
「えっ…」
ロイは想像していなかった案内先に戸惑った。
地下へと続く螺旋階段。
それは巨大な空洞の中央を遥か下まで伸びており、手摺りを頼りに一段ずつ降りることになった。
「…賢者、どういうことだ」
「ん?」
ロイは地下への階段を下りながら、キリには聞こえないように賢者に問う。
「こんな階段あるって知ってたか?」
「いやー、びっくりしたよ。私も知らなかった〜」
明らかに誤魔化すように口笛を吹いてみせる賢者に、ロイはどっちなんだと眉間に皺を寄せる。
遠征部隊として来た時には、誰も見つけなかった地下への螺旋階段。
それ以前に、『魔王は三階に居る』という前提で、上階を目指していたはず。
「この下に、もし魔王がいたら…」
「あの時は私たちをお迎えするために上で待っててくれて、今はプライベートだから自分のお部屋にいるだけかもね?」
「そんな訳あるか?」
何かを知っているような賢者だったが、これまでも知っていることをすべて教えてくれるようなことはなかった。ロイは自分で考えろということかと、思考してみるが、バラバラとした情報が上手く形にならない。
(ピースが多い気がする)
結局そこに辿り着くまで疑問は何も晴れず、謎だけが増えることになった。
「ここじゃ」
「なんか、私が魔王です!って感じの扉だね」
階段を降り切ったところに構えていたのは、遥か上までそそり立つ黒門。
賢者が言うように、複数の魔物の彫像が周囲にあしらわれたその門は、異様な雰囲気を漂わせており、その奥に居るであろう魔王の性質が容易に想像できた。
「で、あの、賢者」
「なになに?」
言いづらそうにしながら、キリが賢者の前に出る。
「もう一度聞くが、我が主を倒すとか言っておったあれは…冗談、じゃろ?」
キリにしてみれば、産みの親である魔王を手にかけるなどできる訳がない。
「心配ご無用!ロイくんがしっかり跡形もなく消し炭にしてくれるから!」
「賢者〜?!絶対にダメじゃからな!」
「ダメって言われてもねぇ?ロイくん」
ロイの想像では、賢者は言葉通りに命の取り合いをすることは無いだろうと思っていた。
折角、協力者であるキリが仲間になったのに、それを早速破綻させる理由も無い。
(むしろ協力関係を結ぶつもりじゃないか?)
「賢者はこう言ってるが、無茶なことはしない人だから」
「そうそ。キリちゃんは転生者も倒すように言われてるんでしょ?この中に居るのも転生者なんだから最終的には倒さないとだよね?」
「そんな訳ないじゃろ!貴様に人の心は無いのか!?もし本当に我が主に手を出すようなことがあれば、儂はお主らの敵じゃからな?!」
賢者が被せることで、ロイのフォローが無駄に終わる。
「ま、入ってみればいいね。いやー、初めての転生者、どんな感じなんだろうね!」
「え、ちょっと待って!結果、どうするつもりなんじゃ!」
キリの制止を待たず、門をぐいっと押す賢者。
『そんな簡単に開くのかこれ』
ロイは、巨大な門を見上げながら思ったが、その心配は杞憂に終わる。
何故なら、門は賢者たちを歓迎するかのように、ゆっくりと開いていったからだった。




