2-2 紅刀と経験、そしてショートカット
路地裏では、砦に入り込んだ魔族キリを討伐するために、多くの住民たちが挑んだが、ことごとく返り討ちにあっていた。
しかし皆無傷。
代わりに散り散りになった衣類が、地面に散らばっている状況。
何故か相手は、殺すどころか傷つけすらしない。
そんな状況のため、ちょっとした腕試し会場のようになっていた。
「キリちゃんに挑戦したい人は、ここに並んでね〜」
受付をしているのは、最初に襲われていた女。
そしてようやく順番待ちの列が終わり、ロイの番が回ってきた。
屈強な住民たちが花道を作り、少年の背中を次々と勢い良く叩き、気合いを入れる。
叩かれる度に思った以上の強さに体をよろめかせながら、そして腕組みをしているキリと対峙した。
「なんじゃ、次は小僧か」
つまらなさそうにため息をつくキリ。
「ーーここから出て行ってくれないか?」
「はぁ?キリ様がここの主になったんですぅー、貴様が出て行ってくださいぃー」
「なっ…」
『いっけぇえええ!ガキぃい!』
『気合いぃ!気合いぃ!』
二人を取り囲む円陣から歓声が上がる。
「おい貴様、随分貧弱そうななりじゃのう」
そう言ったキリに対し、無言でナイフを構えるロイ。
ニヤニヤしながら目の前の頼りなさげな少年を見ていた彼女だったが、ふと何かに気づいたような表情になる。
「ーー貴様、賢者を知っているな?」
「知らないが」
ロイは被せるように返したが、キリの顔には既に確信の二文字が浮かんでいた。
この砦に居る屈強な男女の中では、明らかに浮いている凡庸に見える少年。
(賢者は弟子を連れ歩いていると聞く。まさにこやつがそうではないか?)
「ふむ、貴様が死ねば賢者も飛んで来るかもしれんな…これは必要な減点…」
「はぁ?減点ってどういうことだよ…」
キリは可愛らしい目を釣り上げて見せると、ゆっくりと腰の鞘から剣を抜いた。
「ま、ちょっと死んでもらおうかの」
『おいおい、剣を抜くのは初めてじゃないか…?』
『お弟子さんってバレちゃったんじゃないの?』
一気に張り詰める空気にロイは喉を鳴らし、周囲を取り囲む者たちも生唾を飲む。
赤く染まった長身の刀。小柄なキリとはアンバランスな組み合わせに見えるが、それを軽々と構える少女の姿は、一流の剣士を彷彿とさせた。
「これは紅刀と言う、魔王様から賜ったものすごーく良く斬れる刀じゃ」
語彙力の乏しいキリの説明と合わせ、ロイが事前に賢者から聞いていた通り、それは名刀の類。
ーー紅刀。
紅く染まった刀身は、森の都よりさらに東に位置する火山から採れる、『凝紅石』を素材にしているためについた色なのだが、その斬れ味故に『拭いきれぬほどの血を浴びたため』とも言われている。
高名な刀匠が生み出したその刀は、対となる名剣がもう一本存在し、合わせて二刀剣流で扱うものなどとも言われていた。
「安心するが良い、一瞬だ」
「おれを守れ、骨の壁!」
キリの姿が揺らめいたかと思えば、直後、ロイの目前に居た。
鳥頭や勇者の時もそうだが、ロイと相対する者たちは、いとも容易く人の領域を逸脱してくる。並の動体視力では話にならない。
しかし、初動から守りに入るつもりでいたことが幸いして、生み出した骨の壁で初撃を弾くことができた。
「骨だと…?面白いやつじゃな」
飛び退いたキリは紅刀を構え直し、再度立ち消え、頭上から縦に刀を振り下ろす。
「くっ、多重壁〈カサネ・プロテクト〉!」
キリの重さを乗せた攻撃に対し、複数重ねることで強度を増した骨の壁。
表面の何本かが砕けたが、紅刀の方が弾かれる。
これが鳥頭のような巨体から振り下ろされていたなら、無事では済まなかっただろう。
「その骨、邪魔じゃの!」
鋭い紅刀の斬撃が畳み掛けられる。
剣圧に押されてジリジリと後退しながらも、次々と新たな壁を重ねて、それらを退けるロイ。
想像していたよりも頑なな防壁に、剣を止めて次の攻め手を考えるキリ。
「…丈夫じゃの。貴様、死霊使いの類か?」
「行け。白き槍」
ロイはその問いには答えず、ボソリと骨の槍を放つ。
弾丸のようにキリに向かって飛ばされる槍。
「骨を操るか、変わった力よ。まさか転生者ではあるまいな?」
「違う!」
キリは飛んできた槍の軌道を、紅刀を傾けていなし、何事も無かったような表情で話を続ける。隙を突いたつもりだったが、そう簡単にはいかない。
「しかしその妙な術、まだ使いこなせてはいないの。そして貴様自身が戦いに不慣れじゃな!」
直ぐに付け焼き刃であることが悟られ、冷や汗を流すロイ。
戦い慣れしたキリを相手に、分の悪さを感じていた。
『だめなのか…?』
遠征で前線に立ち、剣を振るっていた兵士たちを思い出す。
状況に対し瞬時に判断する力、相手の行動予測、不利にならない立ち回り、そういったものがあるのだろうと想像はできるが、訓練や実戦経験の浅いロイでは、何ひとつ考えが至らず受け身にならざるを得ない。
歴戦の経験。
得られる訳が無いと知りつつも、いま最も欲っするもの。
しかし、目の前に集中しろと言わんばかりに、いつの間にか懐に入り込んだキリが、引き絞った紅刀を腹部に押し込んでくる。
「いつまで儂の速さに対応できるかの!」
「…速すぎだろっ。間に合え!骨の壺〈ボーン・ジャー〉!」
後方に吹き飛ばされる体。
しかし、取り囲んでいた外野の一人がその身体をしっかりとキャッチし、衝撃を和らげてくれる。
『大丈夫か!少年!』
砦の住民たちが見守ってくれていることが、せめてもの救いだった。
「貫いたつもりだったが、吹き飛ぶとはどういうことじゃ?」
一方、自分が想定した結果とは異なったことに、ちょこんと首を傾げるキリ。
懐から繰り出した紅刀は、真っ直ぐに腹部を貫通していたはずだった。
しかし、ロイは咄嗟にその刀身に骨を纏わりつかせて、鋭利な切っ先を包み込み、体を貫かれることだけは回避した。
それでも刺突による衝撃は抑えられずに深く沈められた胃が悲鳴をあげ、住民から降ろされたところで、両手を地面について盛大に吐くこととなった。
「応用が利くようじゃの」
「げほっ、ぐ…」
その応用力に感心しながらもキリは好機を逃さず、四つん這いになったままのロイに追撃する。
ロイはそれを地面に骨を突き立てて梃子にし、自身の体を横に転がして躱わすが、体勢は崩したまま。
「うっ」
白む頭にマナも尽きてきたことを知る。
「まだじゃ!」
よろめきながら立ちあがろうとするロイを飛び越え、背後から振り向き様に紅刀を振るキリ。
速さに取り残された色が、赤い残像となって軌道を描く。
「うがぁ!」
生み出した壁ごと吹き飛ばされ、衝撃を吸収しきれずに転がされるロイ。
「良く耐えるものだが、そろそろ疲れてきたのではないか?」
キリは詰め切ったと踏んだか、ロイが立ち上がるのを余裕の表情を浮かべて待ち、刀を刺す形に構え直す。
わざわざ『次は刺突をするのじゃ』と言っているようなもの。
(突きは相性が悪い)
ロイの骨の壁は網目状に張られるため、どうしても隙間ができてしまう。
次にそれを抜けられれば、衝撃をどこまで和らげられるかもわからない。
「さっさと逝くのじゃ!」
勝利を確信したキリが、残像を残してロイに迫る。
(転生者の手下にすら敵わないのか。おれの復讐はこんなに早く終わるのかよ!)
「ちょっと待ったー!」
「えっ…うぐっ!」
透き通る声と共にキリの上に覆い被さる小さな人かげ。
突然の横槍にキリはその重みで地面に倒れる。
「ーお待たせだよ」
そう言って、頭上から降ってきた賢者。
「…賢者。来てくれたのか」
「良く頑張ったね、ロイくん。ショートカットして来たよ」
賢者は路地裏に面した宿屋の窓を指さす。
「で…多重壁〈カサネ・プロテクト〉だっけ?あれは及第点だけど、他のはなんだかなーって感じ」
「なっ…だってあれはそういう感じじゃないのか…」
「次はもっとかっこいい名前にしようね。大事なことだよ」
恥ずかしさに赤面するロイ。
骨の権能を使う時は、技の名前を宣言してから使ってねと賢者に言われて、従ってみたものの、それがダメ出しされた形。
(そもそも何のために名前なんか言う必要があるんだよ…)
これまでことの成り行きを見守っていた住民たちから、拍手と歓声が上がった。
『さっすが賢者様!』
『こいつはサスケンだぁ!』
どこら辺がサスケンなのかと頭を捻っているロイを横に、賢者は起き上がって周囲に一礼をしたのち、まだ地面に倒れたままのキリの方に振り返り問いかけた。
「…それで。キリちゃん、でいいのかな?私を、探してたみたいだけど、どういったご用件?」
「ぐぅ…き、貴様が賢者か…」
「そだよ?」
「…あぁ、会いたかったぞ賢者よ。…お主の力を儂に貸して欲しいんじゃ!」
「えー…」
キリの申し出に困惑する賢者。
そして『じゃあ、一旦この事態を収集させよっか』と、住民への謝罪を要求した。
起き上がり体の埃を払ったキリが、行儀良く正座して村人たちに頭を下げる。
「――悪かった。お主らに危害を加えるつもりは無かったのじゃ。ほ、本当に!」
「実際、誰も傷ついてないもんね?許してあげられないかな?」
それをフォローする賢者。
浮かばれない自身の腹部を摩りながらも、ロイはそれを見守ることにした。
「賢者がこの砦に居るという話を耳にしての。他の兄弟より先に話をつけようと焦っていた。無関係な者たちは本当にすまんかったぁ!!」
頭を下げ続けているキリに、住民たちは困惑しながらも
『…ま、まあ。…なあ?』
『久しぶりに腕試しできたからなぁ!』
『ほんそれ!魔物どころか魔族なんて初めて見たしな、むしろ眼福よ!』
ワハハと笑う一同。
賢者もつられてにこにことしながらも、頭の上に疑問符を浮かべていた。
「…初めて?」
「なぁみんな、賢者様がこいつに縄を付けてくれるってんなら、許してやろうじゃあないか!」
そしてコリナが豪快に笑って許したことで、手打ちとなった。




