このままじゃいられない
——少しして落ち着いた優花の第一声は。
「アキラさん、ずっとファンだったんです! 握手してもらってもいいですか!」だった。
さすが優花……たくましい。
「うん……いいよ」
「ありがとうございます!」
優花は顔を真っ赤にして喜んでいた。
そして目尻にはいっぱいの涙を溜めていた。
テレビでよくある、好きな芸能人に会って感極まって涙を流す。あれを生で見ている気分だった。
冷静に考えたら毎日学校で会っている相手なのに……優花にとってアキラ様は浅井ではなくて、やっぱりアキラ様なのだろう。
「樹〜嬉しいよぉ〜」
そして、今度は私に抱きついてきて泣きじゃくっていた。
「泣かないで優花さん……」
「はい……でも嬉しくて」
……なんで同級生に敬語、なんて野暮なことは言わないでおこう。
でも、この感激っぷりには、さすがの浅井も少し戸惑っているようだった。
「樹……私……帰る」
「えっ……なんで?」
「だって、いっぱい泣いちゃったし、まだ涙止まんないし、メイクがボロボロだろうし、こんな顔……アキラ様に見られたくない」
えぇ……。
まあ、同じ女として優花の気持ちはよく分かるけど。
「アキラ様っ! せっかく来てくださったのに、ごめんなさい……応援してます!」
最後にもう一度浅井とがっちり握手を交わし、優花は帰っていった。来る時もダッシュだったけど帰る時もダッシュだった。
*
「なんかごめんね、こんな事の為にわざわざ呼び出しちゃって」
「ううん、気にしないで……俺も今村さんに会いたいと思ってたし」
えっ……私に会いたい?
その一言で心が踊った。
「打ち上げでほら、うちのメンバーが、その……滅茶苦茶だったじゃん、だからちゃんと謝っておきたいな〜と思って」
……何だ、そんな理由か。
一瞬にして心がシュンとなった。
って、何を期待しているんだ……私はっ!
「大丈夫! 気にしてないから」
「本当にごめんね……あの人たち下ネタばっかりで」
確かにキツかったけど……浅井のせいではない。
「ううん……」
「それとさ、今村さんに相談もなしに、彼女って紹介しちゃってたじゃん……それも迷惑じゃなかったかな〜と思って気になってさ」
「そっ、そんな事ないよ! 元々は私が頼んだ事だし」
……そんな事まで気にしてたんだ。
「……それなら、良いんだけど」
なんだか不思議な気分だ。
見た目は『継ぐ音』のアキラ様なのに、中身は浅井そのものだ。
どこかオドオドしてて、この安らぐ感じ。
ステージでのアキラ様、私を助けてくれたアキラ様とのギャップが激し過ぎる。
もしかして、これが俗に言うギャップ萌えというやつなのだろうか。
「とりあえず、珈琲でも入れようか?」
「うん……いつもの滅茶苦茶苦いやつお願い」
……クソ苦いの次は滅茶苦茶苦いか。
「なんか、まだちょっと眠くてさ」
「昨日の夜も遅かったもんね」
「うん……あの後も俺、今村さんのことを考えてたら……寝付けなかったからさ」
え……私のことを考えてた?
きっとあれよね……さっきの迷惑かけたとかそんなやつだよね。
「私の……何を考えてたの?」
「俺たち……本当に付き合ったらどんな感じになるのかなって考えてた」
笑顔でサラリと凄いことを言われた。
……打算的な考えもなく、こんなことを普通に口にするのが浅井だ。
……分かってる。
浅井と絡むならこんなことでドキドキしちゃダメだ。
ドキドキしたらダメだって分かってるのに……それは流石に無理っ!
「とにかく入れてくるねっ!」
「うん」
浅井が学校で目立たなくて地味なのは……見た目だけの話だ。
アキラ様じゃなくても浅井の中身はイケメンだ。それを無意識でやっているとことがタチが悪い。
……まあ、見た目もちゃんとしたら、めっちゃイケメンだけど。
……でも、浅井と本当に付き合ったらか。
どうなるんだろう?
好きな音楽の話で盛り上がって、2人でまったりゲームして……たまにカフェ行って。
……って、うん?
今と変わらなくない?
仮の恋人同士だけど……私たち、結構普通の恋人同士みたいなことしてるってこと?
そもそも普通の恋人同士って何をやってるんだろう?
「…………」
考えても恋愛経験のない私には分からなかった。
多分、優花も同じレベルだよね。
……柿本とかに聞けば分かるのだろうか。
……でも、なんかシャクだな……柿本に恋愛のレクチャーお願いするって。
そうだ! 静香さんなら!
……ってそんな、くだらない事で連絡を取るのは気が引けるし、偽装カップルだってバレちゃうよね。
……それを言えば柿本も同じか。
寺沢に告られた時は名案だと思ったけど……ここに来て、この関係が結構色んな事の枷になっている気がする。
「お待たせ」
「…………」
珈琲を入れて部屋に戻ると浅井は、気持ちよさそうにいつもの特等席で寝ていた。
アキラ様の寝顔……『継ぐ音』ファンの私にとってこれは思ったよりも破壊力がある。
どうしよう……起こした方がいいのかな?
それともこのまま寝かせておく?
私は浅井に近づいてまじまじと顔を見た。
ぱっちり二重だけど目を閉じると一重なんだ。
すっと通った鼻筋……長い睫毛。
そしてセクシーな首元と唇。
本当の彼女なら……こんな時キスしてもOKなんだよね。
「…………」
私はキスしたら……ダメだよね?
って、何考えてるの私っ!
でも……一旦意識してしまうと中々頭から消えなくなるのが人の性だ。
ほんの少しだけ唇が触れるだけならいいのかな?
浅井……嫌がるかな?
どうしよう……私変だ。
浅井にキスしたくてたまらない。
ちょ……ちょっとだけならいいよね?
彼女役なんだし。
さらに浅井に顔を近づけたその瞬間——バッチリ浅井と目があってしまった。
「あれ……どうしたの? 今村さん」
や……やっば————————っ!!
「ううん……なんでもないの、糸くずが付いてたから取ってあげようかと思って」
「え、そうなの? どこ、どこ?」
「もっ……もう取れたみたい!」
「……そう、よかった」
危なかった……もう少しで人としての道を踏み外すところだった。
「今村さん、今日は珈琲が美味しく感じるよ」
「今日はってどういう意味よっ!」
「……ごめん、深い意味はないんだ」
私にとって大切なこの時間を壊したくない。
でも……このままではいられない。
そんな想いが募っていく、今日この頃だった。
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