05.ニオの回想
〜ニオ・クレマー〜
昔、僕の家とティナの家は隣同士だった。
両親同士も親しくしており、同い年で生まれた僕とティナは、まるで兄妹のように育てられた。
僕の両親は共働きだったため、専業主婦だったティナの母が、ティナとまとめて僕の面倒を見てくれるようになった。
もともとチャイルドシッターとして働いていた経歴があったらしく、彼女は子どもの扱いがとても上手だった。
今ではその時期の記憶はほとんどないが、ティナの母は子供を楽しませながら家事や勉強を教えるのがとても上手だったようだ。
上流階級の子供と関わった経験があるのか、ちょっとしたマナーや立ち居振る舞いは、まるで遊びのような感覚で、僕たちに教えてくれていた。
ただの川遊びのつもりが、気づけば洗濯の手順を覚えていた。
外遊びのついでに、草花や生き物の名前を覚え、数字を数えられるようになった。
誰かの誕生日や季節の催しにはカードを作るので、文字を書く力も身についた。
おやつや夕飯の支度も一緒に手伝い、火や刃物の扱いを知り、簡単な料理を作れるようにもなっていた。
そんなふうに幼いながらも身につけた知識や生活力は、思いもよらぬ事態を迎えて役立つこととなる。
あれは僕が7歳の冬のことだった。
ティナの両親であるフォスター夫妻が流行病にかかり、町はずれの隔離施設へと送られた。
ティナが感染していなかったのは不幸中の幸いだったが、引き取ってくれるような親戚はいなかった。
もちろん、僕はフォスター夫妻の容体を案じていた。けれどそれ以上に、ティナのことが心配だった。
僕の両親が仕事で不在のとき、寂しくないよう、いつもそばにいてくれたティナ。
おしゃべりで好奇心に満ちたティナ。
何より食べることが大好きで、なのにおやつを分けるときは、迷わず大きい方を僕に渡してくれるような、優しい子だった。
そんなティナが、誰もいない暗い自宅の片隅で何も食べず、何も飲まず、やつれた姿でひたすら両親の無事を祈り続けていた。
咄嗟に僕は彼女の腕を掴んで家に走り、気づけば両親に直談判していた。
「おねがい、ティナをうちに住まわせてあげて! ティナのパパとママが治るまで!」
必死に両親に頼み込んだ。
ティナを一人にしてはいけないと、心の奥底から思った。
そうして僕は慣れない手つきでスープを作った。
塩を入れ忘れていたので、今思えばずいぶん味気ないものだったろう。
けれど、一匙ずつすくって息を吹きかけ、冷ましたスープをティナの口元へ運ぶと、かすかな声で「おいしい」と呟くのが聞こえた。
その瞬間、これまで感情を閉ざしていたように見えたティナの表情が崩れ、ぽろぽろと大粒の涙が零れ始めた。
僕が慌てて背中をさすっていると、母が驚いたように声をかけてきた。
「ニオ。あなた、いつの間にお料理できるようになったの?」
「うんと、……いつからかな。ずっと、ティナのママに教えてもらってたんだ」
そう答えた僕を、母はティナとまとめてぎゅっと抱きしめてくれた。
そして父もまた、静かにティナの頭を撫でながら、こう言ってくれた。
「本当にお世話になっているもんな、フォスター夫妻には。しばらくうちにおいで」
それから数日後、フォスター夫妻の訃報が届いた。
家にも慣れ、拙いながらも家事が出来たおかげもあるのか、両親はティナを本格的に引き取ることに決めてくれた。
葬儀の日。
泣き叫ぶティナの肩を抱きながら、僕は心に誓った。
──僕が、この子を守っていくんだ──と。
だから、どれほど美青年と呼ばれる顔立ちに育とうと、どんなに男らしい格好をしていようと、ティナは、僕にとって永遠に“守るべき女の子”でしかないのだった。