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男装の私が、救国の乙女の『推し』とやらに祭り上げられましたが、本命は幼なじみ(男)一途です!   作者: 矢井瀬 月


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〈番外編〉あのふたりについて

 〜ジョーイ〜


 俺とニオとティナが出会ったのは、俺が14歳、あいつらが11歳の春だった。


 当時の俺には、好きな子がいた。近所のパン屋の娘で、ジョークを交えて話しかけると、いつも笑顔を返してくれる。その笑顔が嬉しくて、つい足繁く通っていた。

 思春期に入ったばかりの俺は、自分に妙な自信があった。彼女なら、きっといける。そんな風に思い込んでいた。


 だからある日、裏口から彼女が出てくるのを待ち構え、意を決して告白した。


 けれど返ってきたのは、「え、ゼッタイ無理」の一言だった。


「なんで? あんなに笑ってくれてたじゃん」

 思わずそう返すと、彼女は鼻で笑って言った。


「営業スマイルに決まってるでしょ? てか、鏡見たことある? 本気で無理、アンタみたいなブサイク」


 その日から、俺は女の子とまともに話せなくなった。すれ違う誰もが、俺を蔑んでいるように思えた。

 街中のカップルというカップルが憎くて、気持ちのやり場もなかった。


 そんなある日、路地裏でキスしているカップルを見かけた。何だかものすごく腹が立って、衝動的に大きめの石を蹴った。……その直後だった。


 「痛っ!」という声が上がる。


 誰かに当たってしまった、と驚き、さすがに申し訳なくて駆け寄ると、そこには少年がふたりいた。

 金髪の子が額を押さえてしゃがみ込んでいて、隣で黒髪の子がそれを心配そうに覗き込んでいた。


「ごめん! 本当にごめん。わざとじゃないんだ。ちょっと……ムシャクシャしてて」


 慌てて謝って、近くの家から濡れたタオルを借りて戻る。赤くなった額に当ててやると、金髪は「ありがと〜」と間の抜けた声で言った。

 黒髪は、金髪が無事なのを確かめると、「気をつけてくださいね」と静かに言った。


 俺が改めて謝ると、金髪が「もういいよ。タオルも持ってきてくれたし。ね、ニオ」と言った。

 “ニオ”と呼ばれた黒髪は、小さくため息をつきながら頷いた。


「ところで、なんでそんなにムシャクシャしてたの?」


 あまりに屈託なく問いかけてくる金髪にうっかり気を許した俺は、知らず愚痴をこぼしていた。

 ふたりは茶化すことなく耳を傾け、「それはひどい!」と一緒に憤ってくれた。

 何だかそれが嬉しくて、ふたりといる空気も心地よくて、俺は彼らとまた会う約束をして別れた。


 2度目に会ったときに自己紹介をしたけれど、俺は何故か、金髪の名前を“ティム”と聞き違えた。

 女の子に対しての防衛本能が働いたのかもしれない。俺は彼女をずっと少年だと信じ込んでいた。

 そのせいで、名前を呼ぶたびに、ふたりに妙な顔をされたりもしたのだが、俺は全く気に留めていなかった。


 だが、あるとき遂に、ニオに言われた。


「女が苦手って言ってたから、まぁそのままにしてたんだけどさ。さすがにもう半年経つし、そろそろ気づいてあげて。“ティム”じゃなくて、“ティナ”。

 ティナは、女の子だよ」


「……え?」


 我ながらマヌケな声が出た。“ティナ”を見ると、彼女は気まずそうに笑っていた。


「本当に……?」


 そう聞くと、ティナは小さく頷いた。


「だってさ、せっかくジョーイと仲良くなれたのに、女だってわかった途端、避けられたりしたら嫌だなぁって」


「お前も……俺のこと、ブサイクだって思ってたりする?」


 自分でも、情けない問いだと思った。

 でもティナは、即答してくれた。


「え、別に? というか、好き嫌いに顔とか関係なくない? まあジョーイは面食いなんだろうけどさ。今ジョーイは私が女だって認識したわけだけど……女だからって、嫌いになる? 半年も一緒にいたのに、私っていう“人”より性別を重視するの?」


 あまりにも真っ直ぐな眼差しでティナに見つめられて、俺はふっと笑ってしまった。

 そして、素直に口を開いた。


「……いや。ティナなら、普通に喋れるわ」


✽✽✽


 だから、“性別:女性”という括りの中で、唯一まともに喋れるティナは、俺にとって“女”ではなかった。


 それから数年が経ち、婚期が近づいて周囲が次々と結婚していくなかで、俺は焦りを募らせていた。

 女が苦手なくせに、彼女は欲しい。相反した思いを日に日に拗らせていく。

 そんなある日、ふとティナを見ていて、気づいてしまったのだ。


「……あれ? ティナって、なんか“女にモテそうな顔”してねぇ?」


 整った目元に、スッと通った鼻筋。普段は快活に笑っているくせに、無意識に見せる憂い顔が妙に色っぽい。

 男装したティナを飲み会に連れて行ったら、女性陣がどっと押し寄せてくるに違いない。


 「……これ、使えるんじゃね?」


 そう思ってしまった俺は、なんて浅はかだったのだろうか。


「なあ、頼むよティナ! 俺を助けると思ってさ!!」


 俺はティナとニオの前で、勢いよく土下座した。


「えっ……。私が男装して、飲み会で女の子たちを帰さないようにするの? それって婚活的に意味ある?」


 ティナは露骨に眉をひそめた。


「いや、あるあるある! だってそもそも俺だけじゃ誰も来てくれないんだよ。ティナが男装したらきっと沢山女の子来てくれるだろ。で、その中に1人くらい俺がいいって言ってくれる子が見つかるかもしれないじゃん」


「……それ、“撒き餌”ってやつじゃないのか?」


 ニオがぼそっと言ってきた。


「だいたい、ティナを利用する前に、もう少し自分を磨くとかさ……」


「磨いてるって! 内面とか、料理とか、洗濯とか。最近自炊始めたし!」


「でも、女の子を目の前にすると固まるだろ? それ何とかしないと、どうにもならなくない?」


「うぐ……」


 ニオの正論に言葉を詰まらせる俺を見て、ティナはしばらく考え込んだ顔をしたあと、ぽつりと呟いた。


「……そういう飲み会ってさ、ニオも呼ばれたりするわけ?」

「いや、僕は……」

「呼ぶ呼ぶ! 呼ぶよ!!」


 何せティナとニオは2人で1人といっても過言ではないくらい、いつも一緒にいる。

 ニオを呼べば必ずティナはついてくる。そう断じた俺は、ニオが何か言う前に食い気味で答えた。


 するとティナは、思ったとおり、悩むことなく頷いた。


「じゃあ、私も行く。男装して女の子たちを集めてあげるよ。……どうなっても知らないからね、ジョーイ」


✽✽✽

 

 それからはもう、完全に“ティム”の独壇場だった。

 

 くしゃっと無造作にセットされた短髪のウィッグ、シンプルなシャツと細身のパンツに黒いブーツを着こなしたティムが、普段より少し低めの声で「よろしくね!」とにこやかに挨拶をした途端、場の空気が華やかに変わる。


 女の子たちの視線が一斉にティムに集まり、笑い方一つ、髪をかき上げる仕草一つに、あからさまな歓声とため息が漏れた。


 俺はというと、誰にも話しかけられず、自分からも話しかけられず、隅の席でポツンと座っているだけ。先にふたりが帰ってしまえば女の子たちもいなくなる。

 時々女の子から声をかけられたかと思えば、内容はティムに関わることばかり。


「ティム、お前、やりすぎだって……!」


 と抗議するも、

「何言ってんの? オレのせいにしてないで、ジョーイが女の子と話せるようになればいいだけでしょ」

 と、笑って返される始末。

 

 そんな日々が続いて、いよいよ俺も限界を感じていた頃。ついに“あの日”が来た。

 

✽✽✽


 “ティム”がニオと宮殿に召し上げられた。

 呑気にサラ様のことを「かわいい、かわいい」と騒いでいた俺も、さすがに恐ろしくて、その日以来、眠れぬ夜を過ごした。


 ティナに男装という手段を与えたのは俺だ。

 だけど、まさか。それほどまでにニオと離れたくなかっただなんて……。そんなことは思いもよらなかった。

 ティナが“女”である事実を思い知らされると同時に、自ら進んで“男”として召されていく、あの凛とした姿が脳裏に焼き付いて離れなかった。


 後悔していた。

 あんなふうに、撒き餌なんかに使うんじゃなかったと。

 ふたりの存在に、思春期以降の俺がどれだけ支えられていたか知れない。もしティナの性別がバレてしまったら、二度とふたりには会えなくなるかもしれない。


 その恐怖に打ち勝てず、俺は“ティム”の姿絵が載った号外を手に、かつて3人でよく通った酒場で、泥酔してしまった。

 そこで泣きながらティムの姿絵に絡んでいたという。


「お前女のくせにどうする気だよ……こんなに気に入られて大丈夫なのかよ。男装なんてもうやめて帰ってこいよ……ティムじゃないだろ……ティナぁぁぁ」


 この言葉を、誰かが耳にしていたらしい。役人に通報が入り、ティナの身元が明るみに出てしまった。結局、俺のせいだった。

 もしティナに何かあったら。……俺は死んでも死にきれない。


 そんな折、サラ様の使いが都からやってきた。

 使いに伴われ、馬車で数時間かけて、ニオの両親とともにサラ様の元へ向かった。


 目の前に、あこがれのサラ様がいた。だけど、「女が苦手」だの「憧れの人」だの言っている場合じゃなかった。

 俺はただただ、必死で言葉を紡いだ。


 ティナは、ただニオと離れたくなかっただけなんです、と。

 黙っていた自分も同罪だと告げ、俺の命に代えてでもふたりを助けてほしいと、頭を下げて懇願した。


 サラ様は静かに微笑み、俺とニオの両親に向かって、こう仰った。


「状況は承知いたしました。わざわざご足労くださり、感謝申し上げます。大丈夫、必ず私がなんとかしてみせます」


 そうして本当に、サラ様はふたりを救ってくださったらしい。その報せを受けたとき、俺は胸を撫で下ろすと同時に、全身から力が抜けて、その場に崩れ落ちてしまった。

 「サラ様は、まるで女神様だ」と、ニオの両親と泣きながら喜び合った。


 あのときのサラ様の微笑みは、今でも忘れられない。

 誰かを救うことを、まるで息をするように当然のこととしてやってのける人。

 気品があって、優しくて、でもきっと芯の強さでは誰にも負けない。

 憧れという言葉だけでは足りない、尊敬と畏敬が入り混じった感情だった。


 けれど、俺の心の奥底に、もっと曖昧で、もっとずっと小さな炎があったことに気づいたのは、その少し後のことだった。

 サラ様への憧れの影に隠れて、見えなくなっていたその感情。おそらくニオを追って宮殿へ向かう、その背中を見送ったときに、俺の想いは、形を持ちはじめたのだと思う。


 ティナが、女性として着飾って現れた帰郷の日。

 彼女だと気づかないまま、ただその美しさに心が浮き立った。

 でも、あの飾られた姿でも変わらず気さくに話しかけてくれる彼女に、やっぱりいつものティナだと実感して――そのとき初めて、自分がどれだけ彼女を好きだったのか、気が付いた。


 けれど、ティナの目には最初からニオしか映っていなくて。ニオもまた、最初からティナしか見ていなかった。ふたりとも顔立ちは整っているけれど、きっとそんなことは関係なく、互いの存在そのものを求め合っているのだろう。

 そんなふたりのあいだに、自分が入り込む余地なと無いと、ずっと前からわかっていた。

 それでも、たまらなく拗ねたくなる瞬間がある。

 情けないけれど、置いていかないでくれと縋り付きたくなる。それだけ、ふたりと過ごした時間が、俺にとってかけがえのないものだったのだと思う。


 ただ3人で笑って、酒を呑んで、くだらない話をしていた、あの時間。

 形が変わっても、またあんなふうに笑い合えるはず。


 そう信じて、俺はやっとこぎつけた“お見合い”の席へと、静かに足を踏み入れたのだった。


こちらは改稿後、新しく加えた番外編です。

次回で最後(一応R15)、よろしくお願いします(^^)



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