12.不機嫌なニオ
「え、私ですか?」
奇跡は起こった。挿し木に一輪の花が咲くと同時に、絶滅したはずの作物の一種が、元の畑で芽吹いたというのだ。
畑を管理する村の長が歓喜のあまり宮殿へ報告に駆けつけ、その知らせはたちまち広まった。
ではその花が咲いた原因は何だったのか。
それを問われたサラ様は、何故か私の名を口にしたのだという。
その事を私に告げに来たサイモン様の上機嫌な表情とは反対に、ニオは終始渋い顔をしていた。
「そうだ。あの時の夕陽に照らされた君の顔が、この世のものとは思えないくらいに美しかったと」
「ほぁ……そう、です、か」
一体どんな顔をしていたのやら。
サラ様の心をときめかせた相手がニオじゃなかったことへの安堵感と、自分の意図せぬところで見初められた恥ずかしさがないまぜになって、私はガリガリと頭を掻いた。
「だから君も今日からサラ様のお傍に付きなさい」
「えっ、ニオは?」
「ニオもそのままで、とご所望だ」
「わ、やった。ありがとうございます!」
嬉しくてニオを見ると、ニオは複雑極まりないといった表情で頷いた。
「それでだ。君にも話しておかなければな。おそらくサラ様は『タメ口』をご希望されるだろう」
「タメ口?」
「敬語を使わず話すということらしい。基本的には許されないことだ。ニオにも今まで許可は出さなかった。だが、君はサラ様の心を一度潤したという功績がある。そしてたった一輪であの恩恵は凄まじかった。
言い方は悪いが、どんなことをしてでも取り入ってほしいというのが我々、上層部の総意だ」
「それは、不敬では……」
「ああ、そうだな。まあご希望されればの話だ。サラ様は同じ年齢同士、君たちと親睦を深めたいと仰っているし、今から茶会を用意してある。
もうニオにも『タメ口』の許可は出した。君の美貌と手腕に期待している」
悪い笑顔を見せたサイモン様に肩を叩かれて、私は軽く身震いした。
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サイモン様と別れ、ニオとふたりで茶会のセッティングがされたテラスへ向かう。ニオがサラ様に呼ばれるようになってから、ふたりになるのは久しぶりで、私は無駄にソワソワしていた。
「な、なんか久しぶりだね!」
「ああ」
「タメ口、どうすんの?」
「お前に合わせる」
なんとなく今までに感じたことのない不機嫌なオーラがニオから出ている気がして、私は歩みを止め、ニオを覗き込んだ。
「ねぇ、オレ何かした?」
「何で?」
「だって目、合わないし」
「気のせいじゃないかな」
「ほら今だって合ってない」
目を逸らされ続けて困った私は、ニオの前に立ったまま考え込んだ。
ニオの性格的に、私に手柄を取られたとか、そういうことで怒りはしないだろう。
離れるな、と言われたのに離れていたのは不可抗力だし。
「あ、」
もしかして既にニオはサラ様が好きになっていて、私が入ることで二人の時間が邪魔されるとか思ってるのかな?
「そっか、そうかも。邪魔なんだ」
「は?」
ニオが怪訝な面持ちでこちらを見た。
やっと見てくれた。けれど、嬉しくない。
ぐにゅ、と歪みそうな顔をなんとか下を向いて誤魔化すのに、私は必死だった。
「や、なんかよくわかんないけど誤解……」
そう言いながら、ニオが私の顎を摘まんで上向かせた瞬間、
「「「わあっっ!!!!」」」
数メートル先でどよめきが起こった。
振り向くとサラ様がいて、彼女の挿し木にはまた一輪の花が咲いていた。