第五章:ゴブリン臭、モップで制す!
「……これが、今日の現場か」
山田純一(ダンジョン清掃員ランクF・モップ担当)は、鼻を押さえながら目の前の洞窟を見上げていた。
異世界に転生して半年。勇者でも冒険者でもなく、なぜか清掃員として生きることになった男が、今日もクラリネットX片手に出勤である。
隣にいた老婆――もといダンジョン清掃界のレジェンド、ナナ婆がニヤリと笑った。
「ゴブリンの巣よ。分かるじゃろ、その香ばしい匂い……」
「いや、分かりたくなかったですよナナ婆!?人類の嗅覚の敵ですよこれ!」
「なに言っとる。ゴブリンの糞尿と発酵体臭の混ざった香りは“魔物の自然発酵ブレンドNo.1”と呼ばれとるんじゃ」
「その称号いらないでしょ!!」
ナナ婆に背中を押されながら、山田は洞窟の奥へと踏み込んだ。
中に入った瞬間、足元がぐちゃ、と音を立てた。
「うわぁ……ぬめってる!ぬめってるぞ!?コケと内臓のMIXだこれ!」
壁には意味不明な落書き、床には骨と謎の食べ残し、天井にはなぜか吊るされたパンツ。
「なんでパンツ!?誰の!?誰得なの!?」
《スキル発動:モップ術・初級!》
聖銀製クラリネットX(※モップ)を構えると、柄の部分が光り、モップが勝手に回転を始めた。
「よし……まずはこの床からいくぞ!」
そのときだった。奥の通路から、何体かのゴブリンが現れた。
「グギャギャ!あたらしい掃除係ィ!?わしらの巣、キレイにすんなアアア!!」
「そっちは不潔なままでいたいんかい!?」
怒りの形相で迫ってくるゴブリンたちに、山田はとっさにモップを構える。
《スキル発動:掃除する者に祝福あれ!》
──ズバァァァン!!
山田の一振りで床がピカピカに光り、数体のゴブリンが「まぶしっ!!」と叫んで転げ回る。
「これが……異世界の清掃員の力だッ!!」
「いや光るのはおかしいじゃろ!清掃という名の浄化じゃな!」
「ナナ婆、ツッコミが早い!!」
■ゴブリン巣穴の特殊汚染ポイント
寝床ゾーン:獣の毛+体液+湿った藁 → 通称“腐臭ベッド”
台所(?)ゾーン:生肉放置+謎のキノコが繁殖 → もはや菌の祭典
トイレ(という名の隅):底なし沼かと疑うほどの悪臭
山田は一つひとつの地獄を、モップで叩き潰すように清掃していった。
《スキル発動:不思議な残業魂!》
「はぁ、はぁ……もう限界……いや、あと10分いける!このスキル、ほんと不思議!」
■設計士・アークからの通信
ピピッ、と通信が繋がった。
《どうも、アーク・トレイスです。今回の清掃エリア、私の初期設計では“自浄作用”を想定していたのですが……ゴブリンが定住するとは、誤算でした》
「いや設計段階で“自浄”に頼るなよ!人が来るダンジョンって分かってただろ!!」
《美しい腐敗もまた、環境の一部かと》
「その哲学、清掃員の命と鼻が泣くぞ!?」
《しかし、君の掃除技術には目を見張るものがある。“腐敗と清掃が調和する構造”、面白い。次回以降の設計に活かします》
「変な方向に活かすな!せめて汚れを減らせ!!」
■任務完了!
数時間後――
洞窟は清潔そのものになっていた。ゴブリンの匂いも消え、床は反射で顔が映るほどに。
ナナ婆はうんうんと頷きながら言った。
「ようやった、山田。これで立派な清掃員じゃ!」
「うう……鼻がまだ痛い……でも、なんか達成感ある……!」
清掃完了の証である“浄化の鈴”が小さく鳴る。