第一章:清掃初日、スライムの海とモップの奇跡
ダンジョン第七層。
それは、かつて英雄パルディノスが魔王の片腕を斬り落とした戦場――の、すぐ隣の廃ルートだった。
「今日からここが、おまえさんの現場じゃ。しっかり磨くんじゃぞ、聖銀製クラリネットXでな」
老婆・ナナ婆に言われ、俺は巨大な鉄扉を開けた。途端、むわっとした湿気と、鼻がもげそうなスライム臭が襲いかかってくる。
「うっぷ……! く、腐ってやがる……!」
床一面が青黒いゼリー状の粘液で覆われていた。腐ったスライムが溶けて広がり、そこにキノコや謎の寄生虫まで生えてやがる。いきなりの地獄絵図。
「ここ、何年放置してたんだ……?」
「三年じゃな。前任の清掃員がスライムに溶かされてのう。それ以来ずっと誰も……」
「それ俺に言う!?」
――だが、俺は知っている。
この異世界で、俺が使えるのは《モップ術・初級》と《掃除する者に祝福あれ》だけ。
やるしか、ない。
「……やってやろうじゃねえか。スライムも腐敗も、全部まとめて磨ききってやる!」
俺はクラリネットXを手に持ち、スイッチを押す。
魔導式の清掃モップが“ブゥウン”と音を立て、銀の毛先が光を帯びて回転を始めた。
「見せてやる……俺の、モップ魂を……!」
まずは入り口の粘液を削り取り、染み込んだ腐敗層をゴリゴリとこすり落とす。
床の目地に詰まった黒い液体が泡立ち、煙を上げるたび、スキル《掃除する者に祝福あれ》が発動。
その箇所だけ、ふしぎと明るい光が差し込み、苔と悪臭がスーッと消えていく。
「おおぉ……これ、気持ちいいな……」
地味だが達成感がある。
何より、綺麗になった空間が、まるで“俺を歓迎してくれてる”ようにすら感じる。
だが――そこに、悲劇がやってきた。
「ブギュルルルルル……」
腐敗スライムの残骸が、突如として蠢き、俺に襲いかかってきたのだ。
スライムの本体核が、まだ生きていた。
「うおおおおっ!? ちょ、おまっ、やめっ……!」
俺は思わずモップで払いのけた。
その瞬間――
キィィン!!
モップの先端がスライム核に直撃した刹那、何かが弾けた。
銀光の爆発。スライムの体がまるごと蒸発し、空気が浄化された。
画面のようなものが目の前に浮かぶ。
【スキル進化!】
《モップ術・初級》 → 《モップ術・中級》に進化しました!
新スキル:
▶《汚物反射》
モップで払った対象に、清掃エネルギーを込めたダメージを与える!
「……あっぶねぇ!!」
へたり込んだ俺の前に、ナナ婆が拍手しながらやってきた。
「ようやったのう新人くん! 最初のスライム掃除でスキル進化とは、運がええ!」
「いや……運だけじゃなかったと思います。だって……」
俺はぼそっと呟いた。
「俺、この世界にきて初めて“誇れる仕事”見つけた気がするから」
ナナ婆は目を細めて笑った。
「よかろう。じゃあ、次はトラップゾーンの清掃じゃな。毒矢が飛んでくる床を雑巾がけする仕事じゃ」
「無理無理無理!!」
俺の叫び声が、ダンジョンの奥深くへとこだました――。
次回予告
《第二章:ダンジョントラップ大掃除!毒と涙と錆びた心》
「この床、毒矢と感電トラップと落とし穴が同時にあるんですけど!?」
それでも俺は、今日もモップを握る――。