第9話「薬草の気配と観察眼の真価」
「……自然発生の依頼で、何とか食いつないでるけど」
スミレ荘の薄暗い部屋で、俺は一人ぼやいた。
(このクエスト発生システム……あまりにも自然すぎて、リアルとゲームの境界が曖昧になるんだよな)
実際のところ、これが“現実”だとようやく理解してきたのに――NPCの自然な動きや、発生するイベントが、あまりにも「よくできすぎていて」困惑する。
そんなことを考えながら、朝のUIを起動すると――
【クエスト:薬草の採集依頼《初級》】
【受注者:セリア】
【目的地:王都郊外・魔素の残る低木地】
【内容:初級薬草〈スレン草〉〈ミリルの葉〉の採集補助】
「……セリアさん、依頼を受けてたんだ」
あの、ギルドで何度か会った、笑顔が印象的な女性。昨日ちょっとした仕事を手伝ったばかりの俺に……?
* * *
「……おはよう、セリアさん。昨日はありがとうございました」
声をかけると、セリアはぱっと顔を上げ、にこっと笑う。
「ユウ君! うん、よかったら一緒にどうかなって。薬草の探索依頼があってね。町はずれの、魔素の残る低木地なんだけど……」
「それって、危険は?」
「ううん、大丈夫。初級向けの雑魚魔物が時々出るくらい。ただ、観察眼のある人がいた方が助かるなって」
「観察眼……?」
なぜ知っているんだ、と訝しむ間もなく、セリアは軽くウィンクする。
「ギルドで依頼を共有したら、スキル情報の一部が相手にも見えるんだよ」
(うわ、そういう仕様か……)
俺はため息をつきつつも、ギルドの支援系依頼に付き添うという選択肢に、内心少しほっとしていた。
* * *
郊外の魔素地帯は、静かな森のような場所だった。草木の香りが濃く、足元にはちらほらと見慣れない葉が揺れている。
セリアが腰を屈めると、手早くひと株の草を摘みながら解説してくれた。
「これが〈スレン草〉。解熱作用があるの。傷薬に混ぜると効果があるんだよ」
UIには薬草のミニ情報がポップアップする。どこまでもゲームっぽいのに、空気は本物だ。
「……なるほど。でも、俺の観察眼って、何ができるんだろう」
そうつぶやいた瞬間――
【スキル発動:〈観察眼Lv1〉】
【対象:ミリルの葉(未採取)】
【結果:葉の揺れが不自然/微振動検知/毒化の兆候あり】
(なっ……!?)
目の前の草が、わずかに振動している……というより、風が止んでいるのにだけ“動きが残っている”。
「セリアさん、これ、触らないで。毒化してる」
「えっ、本当!? ……すごい、ユウ君。完全に外見は正常だったのに」
セリアは驚きと尊敬が混じった眼差しで俺を見る。
俺自身、驚いていた。
(ゲームの頃は、こんなスキル、使ったことなかったのに……)
* * *
森の奥で、小さな魔物の気配を感じた。
(……あれは、確かデータで見た初級モンスター、“ジャイアントアント”(大型蟻型))
「気づかれたかも。……戦える?」
セリアは頷き、杖を構える。
「〈朱炎よ、灯せ――焔球〉!」
放たれた火球が、軌道を描いて魔物を直撃する。
【スキル使用:ファイアボール】
【効果:小範囲炎属性ダメージ】
炎が炸裂し、魔物が転がった。
(……すげえ……これが、ゲームじゃなくて本物の魔法か)
内心ひやひやだった。
(ゲームでは、動きを読んでモーションを予測して……でも、こっちは……生身で、命がかかってる)
セリアは、笑った。
「ありがとう、ユウ君の注意がなかったら、毒草を摘んでたし、あの魔物にも気づかなかったかも」
「……俺、何もしてないような」
「ううん。でも、それで“人を助けた”んだよ?」
(……聞かれてた? って、もしかして今のもログに……いや、ちがう、現実だ)
* * *
依頼から戻ったあと、俺のUIに小さな通知が出ていた。
【関係値:セリア+1(累計+3)】
(……また少し、距離が縮まった気がする)
その下に、もうひとつの通知が表示されていた。
【新スキルの獲得候補:〈構文解析〉――発動条件に達しつつあります】
(……構文解析? なんだそれ、写本士スキルなのか……?)
目立たないUIの隅に、小さく書かれていた。
【特性補足:目立たない/地味属性判定+10】
「なんなんだよ、この+10……何の役に立つんだよ……」
俺は空に向かって、思わずツッコんでいた。
――でも、ちょっとだけ、自分の“この職”を誇らしく思えた。