第8話「筆と想いと、あの日の手紙」
――異世界生活、八日目。
天気は快晴。朝の通りはパンの香りと子どもたちの笑い声に満ちていた。
【UIログ:現在所持金/銅貨17枚 → +銅貨12枚(前日依頼)=銅貨29枚】
昨日の魔導書整理で得た報酬が、意外にも“手ごたえ”になっていることに、俺は気づいていた。
(――もしかしたら、この世界でも……俺、やっていけるかもしれない)
不安ばかりだったはずの毎日に、少しずつ“生活”という色がついてきた気がした。
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ギルドの扉をくぐると、受付のアリシアが小さく手を振ってくる。
「ユウくん、おはよう! 昨日、魔導学院の子から連絡があったの。“今日も来たら手紙の整理を手伝ってほしい”って」
「手紙……ですか?」
「そう。魔導士たちは遠征が多いから、文通も多いの。昨日の筆写が評判よかったみたいよ?」
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【UI:クエスト発生】
《魔導局外信室・文書補修補佐》
【対象:古文書・家族宛て手紙の再写】【報酬:銅貨6枚】
【依頼主:セリア(魔導学院)】
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案内されたのは、塔のような建物――魔導学院の別館だった。
「やっぱり来たね、写本士くん」
振り向くと、そこには赤紫の髪の少女――昨日、ギルド前で短時間の作業を頼んできたあの人がいた。
「あ……セリアさん」
「昨日は助かった。今日も“ちゃんとした仕事”でお願いね」
彼女はそっけないが、昨日より少しだけ口調が柔らかい。
俺の袖口の刺繍――写本士の証を見て、にやっと微笑んだ。
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「昨日の筆、悪くなかったから。今日もお願い」
「ありがとうございます……なんか、うれしいです」
(……まさか、自分の“地味な職”がこんなふうに連続で求められるなんて。地味職にも、需要ってあるんだな……)
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【UI:作業開始】
対象:火素痕跡付き文書
補助スキル:写本 Lv1/精密複写モード
室内には、火にあぶられかけた古文書や、魔素で変色した羊皮紙が山積みになっていた。
「この中に、失踪した兄の手紙が混じってるかもしれないの。……って、魔導局は認めてくれないけど」
「じゃあ、セリアさんの……私的な探し物なんですね」
「それでも……いい?」
「もちろんです。俺、写本士なんで。手紙を“写す”のも、仕事のうちですから」
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【スキル使用:写本 Lv1 → 精密複写モード】
【古文書再現精度:91%】【解読補正:火素痕跡フィルター適用】
セリアは手早く分別、俺は静かにペンを動かす。
「……やっぱり、丁寧だね。私、焦って書くから、すぐぐちゃぐちゃになる」
「でも……字には“気持ち”が宿るって、俺、信じてるんです」
その時――セリアが、一枚の紙に目をとめた。
「これ……兄の筆跡」
紙は焦げ、文字の半分が失われていた。
「任せてください。書き写します」
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数分後、再現された手紙には、こう綴られていた。
――『セリア、火は怖がるものじゃない。正しく灯せば、人を守る力になる』
「……兄貴、ほんと、ずるいこと言うんだよ」
彼女は、再写された紙をそっと胸元にしまった。
「ありがとう、ユウ。あなたの字、あったかい」
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【クエスト完了:文書補修補佐】
【報酬:銅貨6枚】
【関係値:セリア+1(累計+2)】
(……あれ? 最初から+1だったっけ?)
セリアがあの手紙を読んだときの表情――
驚き、安堵、そしてほんの少し涙ぐんだ横顔。
(あれだけ大切な想いが詰まってたんだ。……そりゃ、好感度も上がるよな)
自分の字が、誰かの気持ちに届いた。
そう思えた瞬間だった。
【称号:《筆写の灯火》を獲得】
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夕暮れの道すがら、セリアは少し歩みを緩めて言った。
「ねぇ……明日も、来てくれる?」
「もちろん。写本士は、依頼があればいつでも出動です」
「ふふ。じゃあ、期待してる」
その笑顔が、夕陽に照らされて、ほんのり赤く見えた。
俺はその横顔を見ながら、小さくつぶやいた。
(……地味職、意外と悪くないかも)