第1話「転移、そして戸惑いと感動」
第1話「転移、そして戸惑いと感動」
――目の前が、真っ白に弾けた。
(……え?)
気づけば、鼻をくすぐるパンの香りと朝の喧騒。
石畳の上で、俺は寝そべっていた。
(ここ……どこだ?)
ふと起き上がると、そこには何度も見たはずの街並みが広がっていた。
焼きたてパンの屋台、喧騒、カラフルな店の看板。
(――まさか、これ……“エターナル・リアルム”!?)
それは、俺がかつて夢中でプレイしていたVRオンラインRPGの世界。
だが、ゲームの「ログイン画面」も、装備セットも何もない。
いきなり“ゲームの世界そのもの”に、こうして裸一貫で投げ込まれた感覚だった。
そして――
【 ログイン中……プレイヤー:ユウ 】
【 職業:写本士Lv1 】
【 スキル:写本 / インベントリ:0/∞ 】
【 所持金:銅貨10枚 】
青白い光のウィンドウが視界の端に浮かぶ。
(……これ、ゲームのUI? 本物の現実? それとも――夢?)
目をこするがウィンドウは消えない。
スマホのように“タップ”しても反応しないし、「×」ボタンもどこにもない。
混乱しながら、俺は通りを行き交う人々を見渡す。
「どうしたんだい?そんなにキョロキョロして……初めて来たのか?」
通行人が自然に話しかけてくる。
「……え? あ、はい……」
(NPC? ……でも、まるで生きてるみたいだ)
声も表情も、現実の人間そのもの。
ゲームの時は何百回も同じセリフしか返さなかったはずなのに、今は「本当にそこにいる」みたいだ。
――やっぱり、これは夢じゃない……のか?
試しに手のひらで石畳を触る。
ザラザラとした冷たさが、皮膚にしっかり伝わってくる。
不安と動揺が、喉の奥で波立った。
(いや、きっとすぐ目が覚める……もしかしたら、ログアウトすれば――)
そう思って「ログアウト」ボタンを探すが、どこにも見当たらない。
ゲーム時代なら必ず画面端にあったはずのものが、今は見つからない。
(……夢じゃない。本当にゲームの中なのか?)
そんな風にグルグルと考えていると、
「お兄ちゃん、どこから来たの?」
パンを持った小さな女の子が、俺に声をかけてくる。
自分の格好を見ると、薄いローブに「写本士」の紋章。
(写本士スタートかよ……。しかも、また地味職か……)
「困ってるなら、パン屋のおばちゃんが優しいよ!」
少女に手を引かれるまま、パン屋の屋台へ。
「焼きたてパン、ひとつどう? 三個で銅貨六枚だよ」
パン屋の娘が微笑む。
ポーチから【銅貨】を一枚、二枚と出してみる。
(銅貨一枚が……ええと、たぶん現実なら100円くらい?
三個で六枚……つまりパン一個200円。現実の日本よりも高い気がするな。)
「うちの裏で水でも飲んでいきなさい」とパン屋の女将が気さくに声をかけてくれる。
(NPCなのに……温かい。本当に人間みたいだ)
手渡されたパンを受け取ると、
【アイテム:焼きたてパン ×1】のポップアップが視界の隅に表示され、
自動で「インベントリ:1/∞」と数字が増えた。
(……このUIも、現実なのかゲームなのか、さっぱり分からない)
パンの香ばしい匂いと、冷たい石畳の感触。
全てがあまりにリアルすぎて、逆にどこまでが“ゲーム”なのか分からなくなっていく。
* * *
「夜は物騒だから、財布は枕の下にして寝るんだよ」
雑居宿「スミレ荘」に入り、宿屋のおばあさんに釘を刺される。
(俺、本当にこの世界にいるのか?
夢なのか、それともゲームなのか……
でも、どうやっても“ログアウト”できない――)
パンをかじりながら、
「所持金:銅貨4枚」と「インベントリ:1/∞」のウィンドウを見つめる。
動揺と混乱は消えないまま、
けれどどこかで「本当に、ここで生きていくしかないのかもしれない」という思いも浮かんでくる。
――こうして、俺の異世界生活は、静かに幕を開けた。
本作『非戦闘職〈写本士〉だけど、俺だけなぜか最速レベルアップ』は、
最新VRゲーム『エターナル・リアルム』の世界に迷い込んだ地味職主人公・ユウの、
バグ級UI×異世界スローライフ成長譚です。
“現実”なのか“ゲーム”なのか分からない戸惑い、
そして「銅貨=約100円」など現実換算のリアリティも交えてお送りします。
どうぞお楽しみください!