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040 薬草の栽培と小さな悪意

 母から貰った種は大切に使った。種を育てて花を咲かせ、その種を取って次の花を育てる。私たちの一族は、そうやって暮らしていた。北部より温暖な王都は、植物を育てるのが故郷よりずっと楽だった。


 陛下はもう媚薬も不要な程、私の言いなりだった。だが、陛下はリンデルの香を好むので、私の衣装に付かないように気を配りながら、部屋の中だけで香油を焚いている。リンデルの香をまき散らしていると、変な男を寄せ付ける可能性がある。陛下にだけに香ればいいのだから、室内に限るべきだ。


 最近、陛下は王妃様とも色々と揉めているらしい。喧嘩したら謝るようにお勧めしている。私にまで火の粉が飛んで来たら、嫌だからだ。でもあまりに愚痴っぽい時は、面倒なので香油に麻薬を少量混ぜ、早く寝かしつけている。


 最近、宮の中で薬草を色々と育てている。いつ使う事になるかわからないので、常に在庫を持っておきたい。鉢植えが多いので、陛下は私が園芸を好むと思い込んでいる。


 実は、ガーランド夫人にちょっとした麻薬に似た薬草を分けてあげた。人の好意を得られやすくなるものだ。貴婦人はこんな物に興味はないと思ったが、意外にも喜ばれた。私の育てている鉢植えに興味をもったので、話しのついでに教えて上げたのだ。


ガーランド夫人は、お茶会に使っているようだ。町ではよく売れていたのだが、平民も貴婦人も大して需要の違いがないのに驚いた。


陛下は私とガーランド夫人が上手くやっている事を喜んでくれた。植物を育てる事にも寛容だった。


「故郷を思い出すの。貴族のご令嬢らしくなくて、ごめんなさい……」

「そんな事は構わない。君のその、優しい所が好きだ」


 男は、植物や小動物を好む女が好きだ。自分も大切にして貰えそうだと、思うからだろうか?


 鉢植えで手狭になったら、隣の宮を使っていいと言われた。北部の魔法草なんて、誰も知らないだろう。きれいな花が咲くので、私の素朴な趣味だと思ってくれるだろう。


「これらは、皆薬草なのかい?」

「ええ、ウィル。母がお茶にして飲ませてくれたりしたの。体にいいのよ」

「そうか。私が飲食するものは管理され限られているが……そのうち頂こう」

「ええ、是非。見ても飲んでも役に立つものばかりなの」


 私の一族の作る媚薬やら麻薬は、あまり他では褒められたものではなかった。役に立つから買う人がいるのだが、表向きの評価と売れ行きは同じじゃなかった。私はまだ子供だったが、父に連れられて町に薬草を売りに行くと、コソコソと陰口を叩かれた。それなのに、常連のお客さんが途切れる事はなかったのが不思議だった。


 お陰で暮らし向きは豊かとまでは言えないが、食べるのに困る事はなかった。


 私の一族では、六つになると薬草を乾燥させたり、すり潰したりの手伝いを始める。それをしながら、薬草の種類や扱い方、保存の仕方を学ぶのだ。


「さあ、これは危険な草だから、よく覚えて」

 かつて母が言った。


「どう危険なの?母さん」

「猫やネズミや、小さな害獣を殺す時に使うんだよ。甘い蜜のような匂いと味だから、間違えてお茶にしたら大変だからね」

「どうやって使うの?」

「こうして。摘んだばかりの葉をすり潰して絞るのよ。ほら、蜜の匂いの液ができるでしょう?これを団子にした餌にまぶして、その上に粉砂糖をかけて乾かして置いておくの。畑や薬草園を荒らす悪い害獣にしかけるんだよ」

「すぐ死ぬの?」

「いいえ。畑で害獣が死んだら気味が悪いじゃないの」


「毎日少しづつ、食べさせて、やがて自分の巣で死ぬんだよ」

「どうやって死んだ事が分かるの?」


「ふふ。害獣が出なくなるから、すぐわかるわ」


 私は幼い頃から父や母、周りの大人たちから、こうして色々な事を学んだ。


 ***


 西宮は私だけの宮で、他の側室とはほとんど顔を合わせない。だが、最近小さな女の子が覗いているのに気付いた。美しい子が。


「ビアンカ妃のお嬢様、デイジー王女ですわ」

 レント子爵夫人が教えてくれた。確かにビアンカ妃によく似ている。ロース色の髪色がきれい。


「陛下のお子様?」

「ええ、最初のお子様です」

「ふうん……」


 最初は気にも留めずに放っておいた。そうしたら、毎日覗きに来るようになった。私と目が合うとそっぽを向く。ちょっと可愛らしいと思ったのも束の間。そんな気持ちはどこかに行ってしまう事が起きた。


「デイジー様、いけません。お戻りください」

 いつも侍女が慌てて迎えに来る。だからもう戻るだろうと思って、私も部屋に入ろうとした。その時、背後であの女の子の声を初めて聞いた。


「あれが、下賤な女なの?どうして、お父様の奥様になったの?」


 その言い方がぞっとした。貴婦人たちが本当は私を蔑んでいるのは知っている。だが、あんな小さな子供までが私を蔑んでいるのか。私はあれくらいの頃、どうしていただろう。誰かを蔑んだ事などあっただろうか。


 翌日もデイジーは来た。目が合うとそっぽを向く。だから言ってみた。

「こんにちは」


 デイジーはやはりそっぽを向いて行ってしまった。でも、翌日もやって来て、今度は目を逸らさなかった。少しずつ猫が慣れるように、デイジーは私の側に近づいて来た。


 乳母の目を盗んで、ほんのわずかな隙に私の顔を見にやってくる。近づいた時に、急いで菓子をデイジーの口に入れてみた。貴族の子供は乳母が与えた物以外は食べないらしい。だが、口に入れてしまえばいいのだ。


「……美味しい」

 デイジーは言った。甘い菓子が気に入ったらしい。ウィルが持って来てくれたボンボンに蜜をかけて、砂糖をまぶして乾かした。我ながら良く出来た。とても美味しそうに見える。


「あなたのお父様に頂いたの」

「お父様が!」

「そうよ。ふふふ」

 デイジーは陛下の事を出したら、簡単に安心した。私に、にっこりと微笑みかけるようになってきた。


 それから、毎日デイジーの口に小さなお菓子を放り込んだ。やがて、デイジーは来なくなった。


(効いたみたいね……。あなたが悪いのよ。私にあんな酷い事をいうんだもの)







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