名無し草
ピーッ ピーッ ピーッ ピーッ
ガチャっ
白い手術室から出てくる白衣の女。
首から下げた名札には"デライラ"と書かれていた。
無表情な高い鼻に白い肌が光に照らされ顔の原型が捉えずらい。
「有栖川さんの処置は無事終えました。3日間安静にしてれば退院できるでしょう」
「...そうか」
「夜分遅くに失礼しました、先生」
「別にそれはいいんだけど君...汚れてるね」
「オイル臭い」
「はい...?あぁ....」
「もしかして、宇宙燃料買いに行った?」
「えぇ、まぁ」
腰裏に挟んだ拳銃のハンマーを降ろす。
「...」
「私は君を知っている」
「賞金稼ぎのジョニー・ウォーカー」
「またの名を」
「"ブラッディ・ウォーカー"」
カチョッ
「...」
「お前誰だよ」
「信奉者です」
「...なに」
「私はね、あなたのファンなんですよ」
「2653年の7月12日のその時からね」
「...っ」
「"スキニー・マスキュラ"。その犯罪者に家族を殺され孤児になった私をあなたは救ってくれた」
「________そう、殺害という方法で」
グッ
「悪い、今相棒が重症で俺も気が立ってるんだ。お前のしょうもないガキの頃のお涙頂戴話をされたっていい迷惑なんだよ。分かるか...?」
「この拳銃で脳みそ吹き飛ばされたくないなら今すぐ俺の目の前から消え失せろ」
「...今すぐだ」
「...」
「まさかあなた、過去を消し去りたいとか思ってますか?」
「...は?」
「何を恥じることがあるんですか、ブラッディ・ウォーカー。むしろ誇ってください」
「過去のあなたは賞金首に対してはそりゃ容赦はなかった。船に賞金首の生首を押し詰めて、体に血の匂いを染み込ませまた次の惑星へと飛び立つ」
「それがブラッディ・ウォーカー、あなた自身のはずだったのに...最近は相棒まで作って、少し腑抜けのように感じます」
「もっと消し去るべき醜悪を破壊してください、凌辱してください。近頃のあなたは________」
「________なにか物足りない」
________バギャンッ
「はぁ....は...っ」
「...私の耳を撃ち抜きましたね。いい兆候です」
「いつか私の額は打ち抜けるくらいには"回復"してください」
「________私のブラッディ・ウォーカー」
「チっ...気色悪ぃ...」
「有栖川に手を出してみろ。今度こそその額に風穴開けてやる」
コツッ コツッ コツッ コツッ...
「どこへ?」
「今晩は付きっきりで看病する。もし妙な真似したら...」
「分かってますよ。信者が神を裏切る真似は大罪です」
「...」
「(警察に通報したら殺そう)」
バタンっ
「...」
「あのデライラという女、殺しましょうか」
窓の縁に座った少女、香澄は夜風に長い黒髪をなびかせて静かに語りかける。
「よせ。必要があれば私が殺す」
「ふふっ、相変わらず私に気を使ってるみたいですね」
「不器用みたいで可愛いですよ」
「ふざけるな...ったく...」
カサっ
胸ポケットから開封済みのアークローヤルを取り出し、タイフーンのフリントホイールを回転させる。
※タイフーンとはロンソン社が製造、販売している燃焼式フリントホイールライターのこと。
ジッ...ジッ ジッ...
しかし、中々着火しない。
「くそ...」
シュボッ
「どうぞ」
「...」
じぃ...
「ふぅ...」
「...うまい」
「それは良かった」
「...」
「ウォーカー」
「...ん?」
「タバコって、"うまい"ものなんでしょうか」
「...うまい、か」
「うまくないといえば嘘になるが...どっちかって言うと、落ち着く」
「落ち着く、ですか」
「"依存性"の間違いなのでは?」
「うん...だろうな」
「うまくもないものをわざわざうまいと脳に認識させて、ニコチンに依存するいい理由なのかもしれない」
「俺はもうこれ無しでは生きられないと思う」
「...棺桶に入る時もタバコ、ですか」
「あなたの棺桶はヤニ臭そうです」
「ははっ...言ってくれるな」
「...」
「香澄」
「はい」
「...静かな夜だな」
「...はい」
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▅▅▅▅薔薇と拳銃▅▅▅▅
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__________翌日
「ウォーカー様」
「...ん...ぐぅ...」
「ウォーカー様。起きてください」
「...んっ」
「香澄...?」
「私です」
「ぼっふぁッ!!」
「何抱きついてんだ気色悪い...ッ!」
「______デライラです」
「知ってるわッ!」
「...失礼しました。あのブラッディ・ウォーカーがあまりに無防備だったもので...」
「二度と無断で入ってくるな...ッ!朝からびっくりさせやがって...」
「何の用だ」
「警察があなたを血眼になって探しています。じき追っ手がこの病院にも来るでしょう」
「すぐ木星を飛んだ方がいいかと」
「...」
「なんで知ってる?」
「町中で噂になってますよ。警察がそこらじゅうの民家に押し入ってジョニー・ウォーカーという殺人犯を探していると」
「罪状は、警官殺しだそうです」
「...」
「そして驚いたことは政府の軍隊も動いていること。押し入った中に1人は小銃を持っているらしいです」
「軍隊...」
「やはりガトリングを横流ししていたのは軍隊だったか」
「この惑星は未だ発展途上です。政府や軍隊の汚職は後を絶たない」
「ですのでお早めに脱出を」
「...」
「なぜ私に協力する」
「言ったはずです。私はあなたの信奉者だと」
「地獄の釜で茹でられようと裏切りは許されざる行為だと」
「...」
「悪いがそれは出来ない。有栖川を置いてくことは」
「...」
「________死にますよ。マジで」
「...」
「_________そん時はそん時だ」
「...これ以上私から何か言うつもりはないですよ。これ、有栖川さんのお薬です」
「それじゃあ、またどこかで」
ガチャッ
ジャキッ
「...羽咲香澄18歳、ウォーカー様のコバンザメか」
「ガキは早く消えろ。ウォーカー様の狩りの邪魔だ」
「あなたこそそのコバンザメって名前、お似合いですよ」
「あの人の命令さえなければこの首切り落としてます」
「やってみろ糞豚。口調が似ててうざいんだよ」
「________クソガキ」
「あ、てめガチで殺すぞこらぁ!!」
ガチャッ
「あ、ウォーカー...」
「ウォーカー様」
「香澄。病院では静かにしろ」
「...はい」
...カシャッ
「...フッ」
「デライラ」
「二度と俺達に近づくな」
「な...ッ!!」
女医に電流走る。
「来い、香澄」
ガチャッ
「あ...」
「き、嫌われた....神に...嫌われた...」