[エピローグ] 名無しの花
_____有栖川と香澄の所有地______
ジィー ジィー ジィッ ジィーッ
摂氏25℃。僕は緑の木々達の間を通り抜けた。
床の赤茶色の枯葉をムシっムシっと踏みながら、養分を豊富に蓄えた焦げ茶色の土の上を歩いていく。
空には熟睡して元気いっぱいの太陽が木々の隙間から僕にちょっかいをかけてくる。
このちょっかいがまたうざったいもので、顔にコマ送りで眩しい光を当ててくるから余計に汗をかくんだ。
僕はそんなもの無視して中々にきつい傾斜を登っていった。
手のひらサイズのボールを置いたら結構な速度で降りてきそうな傾斜だ。
そんな坂をもう15分近くも歩いてるんだから、夏の季節に合わせて買った薄手の白シャツも、黒のスラックスパンツも汗まみれだ。
こんなの、どっかの変態賞金稼ぎなら狂喜乱舞だろうけど、少なくとも僕は最低な気分だよ。
ミーンミンミンミンミン...
あー...蝉がうるさい...
ジジィッ!
ジジィッ!じゃねーよ。
ザッ ザッ ザッ ザッ...
「「laba dienaー(こんにちはー)」」
「はい、laba diena〜」
向かいから下ってくる女性2人に挨拶をする。
多分登山をしていた若者だろう。
ここらの住人はフレンドリーなもんで、知らない人にでも普通に話しかけてくる。
まぁ巨乳の美少女に話しかけられるなら世話ないかな。
サァ...
涼しい風が全身を通り抜ける。
熱くなった体が表面から冷やされて汗が引いていく。
あぁ、もうすぐだ。
ここの山頂は近づけば近づくほど風が強くなってくる。
とはいっても目的地は山頂じゃない。
でも火照った体を冷やすのには丁度いい場所だ。
僕は目の前に現れた、立ち塞がる薮を力いっぱい両手でかき分けた。
ガサガサっ
バサッ
「ぶっへ...葉が口に...」
かき分け前進した時に薮の一部が口に飛び込んできた。
最悪だ。
「有栖川」
その先に見える平地。
3m程の高さの木々が晴天の下でその平地を囲っているんだ。
そこにはいつも色鮮やかな野草が生い茂っている。
ヒメリュウキンカ、セイヨウヒルガオ、ショクヨウタンポポ、ヒメジョオン。
その手前に立つ少女に僕は名前を呼ばれた。
「相変わらずお早いお着きで」
「香澄お嬢様」
僕を呼んだのは香澄だった。
夏の真っ只中だと言うのにお決まりの黒スーツを着用している。
そんでもって腰には日本刀...
「...」
「そうか、今日は_________」
「えぇ、三回忌ですから」
そうだ。
香澄は一年に一度のこの日だけは帯刀しない。
どうやらウォーカーの前で武装した姿を見せたくないらしい。
「そうだな。僕もガバメント置いてきちゃったし」
「あなたは捨てたんでしょう?」
「ばーか、押し入れの中にしまってるのさ」
香澄の元へ歩きそのまま共に前へ歩き出した。
目指すは平地の中心地。
この世で最も陽の当たる場所だ。
「有栖川、あなた汗まみれじゃないですか」
「運動不足が山登ったらこうなるの。どうやらそっちは快適そうで?」
「あら、わかりますか。これ夏用のをオーダーしたんですよ」
「いや全然わかんねぇよ。夏も冬も同じスーツだっての」
僕はまだ歩くのかと少し気落ちしていたが香澄はどこか元気そうだった。
まぁ墓参りをこんな元気に行く奴も香澄だけだろうが。
そんなこんなを話している間に目標の平地の中心部にたどり着いた。
白色の石が目印の中心部へ。
「さて...久しぶり。いや、1年ぶりか」
「ウォーカー」
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_ _JOHNNIE WALKER_ _
November 1 2640
jun 9 2666
_ _ REST IN PEACE _ _ (永遠の安らぎを)
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やはりその墓石は白で作って正解だった。
リトアニアの美しい自然の景色に溶け込んで綺麗だ。
さぞウォーカーもここらの野草と仲良くやってるだろう。
「お前が居なくなってから周りに静けさを感じるのは最初の一年目だけかと思ってたが」
「二年目はもっと静かになっちまったよ」
「...」
「そうだ、今日はお土産があるんだった。香澄と相談して色々考えたんだけど、やっぱりこれがいいなって」
キュッ キュッ
「じゃーん、ジョニーウォーカー ブルーラベル!どーよこれ、200$もしたんだぜ!」
「仕方ないからお前にも飲ましてやるよ。僕に感謝しろよテメェ」
ジャボボッ
「有栖川、墓石に酒ぶっかけるとウォーカーがカビるのでやめてください」
「あそっか。かけるとこ間違えた」
「そこは花筒です。ぶっ飛ばしますよあなた」
「はぁ...」
「こんなことしてたら、あいつが木の影から現れて俺に説教してくるはずなんだけどな」
「...」
「それは...そうですね」
「...」
「まぁ、ここは静かで綺麗で、悪いことなんて何も無いまさに安住の地ってとこだ」
「こいつもやっと落ちつけて大往生だろうよ」
「...」
「やめだ、湿っぽいのは僕の柄じゃない」
「さっさと線香あげて飯でも食いに行こうぜ」
「アメリカには線香の文化ないですよ全く」
「墓掃除だけでいいんじゃないんですか?」
「そうか、じゃあこの張り付いてる蔦を...」
「...」
「有栖川?どうしました?」
「香澄ちゃん。この花って、何かわかる?」
香澄は僕の隣にしゃがんでその花を眺める。
花弁が白く柱頭が黄色の中くらいの大きさの花。
「...何でしょうか。ここらでは見ない種類ですね」
「ヒナギク?にしては花びらが大きいですし」
「おー...」
「"名無し花"...」
「...」
「...ぶっ」
「...まさかな」
「...えぇ。あのウォーカーがオ"花なんか...っかはっ!」
「お前...くっ...死んだやつの前でツボってんじゃないよお前!」
「もう帰るぞ。笑いすぎて同じ墓で眠っちまいそうだわ」
ザッザッザッザッ...
「いや有栖川ね、あなたも笑いすぎですよ」
「仕方ないだろ。面白いんだから______」
僕と香澄は来た方向へ踵を返した。
また次ここへ来るのは1年後だろう。
もっと来る頻度を増やしたいところだが、僕と香澄は配達の仕事で忙しくてそれも難しい。
でも今は周りの野草たちと上手くやっているんだ。
もうこれで寂しいことはないだろ
__________名無し花