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雪月花・水晶列車





朝の3時、瞼を開く。


少し冷えたと感じるのは俺が上裸であるからかもしれない。


隣では小さな寝息を立てて有栖川が寝ている。


白く瑞々しい艶の出た肌が掛け布団から見え隠れしたものだから、その肌に顔を軽く当てた。


弾力のある温かい有栖川の体は俺の生への執着を無限大に引き出してくれる。


それはもう何にも負ける気がしない"生命の湖"に沈み込むような感覚だった。


俺はずっとここにいたかった。


この温かい湖で一生を終えたかった。






「...」







...だが行かねば。


俺の魂がそう言っている。






そして俺はベッドから抜け出し、有栖川に黙って天王星行きの便に乗り込んだ。





_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _



_____▅▅▅▅薔薇と拳銃▅▅▅▅_____



_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _






ガタン...ガガタン...






[この度は天王星直通列車、雪月花にご乗車ありがとうございます。まもなく対流圏に突入しますので今一度シートベルトのご確認をお願い致します]






天王星直通列車、雪月花。


俺は第5車両C列65の窓側の席にいた。


この列車は惑星間を行き来する人間が多いと予測した木星と天王星の大統領が低所得者層向けに何億マイルもの長いレールを敷いて完成までに約10年かけて作られた。


往復10$で乗ることが可能。


だがわざわざ寒さの厳しいシベリアのような惑星に移住する人間は少なく、双方赤字を出してこの件は沈黙することになった。


と、この雪月花紹介マニュアルの1ページ目に書かれている。


確かにこの列車は第10車両まであるのになぜか一車両に数人しか搭乗してなかった。


特に第5車両には俺しかいない。


でも俺はこの窓席は嫌いじゃなかった。


惑星間を移動している時は暗闇の宇宙の中で爛々と星が輝いているのが綺麗で、美しかった。


まもなく青白い巨大な惑星に突っ込んでいく。


そして10秒間の沈黙。


それが破られると窓の外が白皙の雪に囲まれた。


窓に触れると冬の季節を思い出すくらいに冷たかった。


直通列車・雪月花。


名前の由来はこういうことか。






カツ カツ カツ カツ...






シャッ






俺は景色に見とれて周囲の様子を把握することを怠ってしまっていた。


気がついた時には隣の席、C列64に座った客が仕切りの青と黒のタータン柄のカーテンを勢いよく閉めた光景が目に写る。


こんな広い車両でいきなり隣に座ってカーテンを閉めるのは怪しさしか無い。


俺はホルダーからスタールアーミーリボルバーを取り出しカーテン越しに銃口を突きつけた。






「...今朝は、冷えるな」






予想外にも聞こえてきたのは女の声だった。


女の低音で、疲れきった声だ。


一瞬落ち着いているともいえるが、そのため息混じりの低音は疲れも混ざっているのも違いなかった。


俺は変わらず銃口を向け続けた。






「...」


「それは俺に言ってるのか?」






俺も落ち着いて言葉を返す。






「別に」






女は無愛想にそう返した。


どうも俺はこの声に聞き覚えがある。


こんな感じの少し低くて、しかしその奥にはエネルギーを秘めたような元気な声を。


だが今のこの疲れきった声には、あの日の元気な声さえも遠く感じる。


多分俺の勘違いだ。


俺の覚えている人間では無いのだろう。






「お前は一人称に"俺"と使うのか?」


「珍しい女だ。そんな女、今まで見たことがない」






女が問う。


それに俺も自然と言葉を返していた。






「お前こそ、声が低いから少年かと思ったぞ」






それを聞いて女はふん、と嘲笑するかのように鼻を鳴らした。






「似た者同士か」






女も自然に返している。


敵意は無いらしい。


だが銃口は依然カーテンを向いている。






「お疲れのようだが?」






「あぁ、妹を殺したんだよ」






刹那、女から爆薬のような返答が帰ってくる。


自然な会話の中から出てきたその言葉に、俺はリボルバーのグリップを無意識に強く握った。






「それはなぜ?」






俺はそう返した。


なぜかその瞬間、女は息を吹き返したように声色が明るくなったような気がした。


俺はそれが分からなかった。


妹を殺したと告白して、失っていた元気を取り戻した理由が。






「上司の命令さ。上司の命令で、私は撃ち殺した」


「私の妹はその上司の秘密や会社の機密事項を知っていた。昔一緒に働いていたからな」






違う。


少なくともこいつの所属する組織はただの会社じゃない。


上司の命令で妹を殺すのはヤクザやマフィアの所業だ。


俺は変わらずグリップを握り続けた。






「なぜ殺したのかって?自分の存在意義が消えてしまうからだ」


「昔から上司の命令に従うのが私の生きがいだった。それが人殺しだろうが売春だろうがな。なんだってした。その働きぶりに上司から"重役"という立場も貰うほどにだ」


「ただ私は妹を、愛していた。だからその時初めて上司に抗議した」


「するとこう返された。"今まで俺の命令一つで大勢の人間を陥れた鬼畜が愛を語るのか"と」


「そこで私の心はポッキリ折れちまった。全くその通りだ。散々人を騙して、殺して、都合よく利用してきた癖に愛だのなんだのを語るのには都合がよすぎる」






「それで妹を殺したと?」






「お前は人のこと言えんのか?」






「なに?」






「人に顔向けできないことをやって、平気な顔で街を歩いたことはあんのか?」






女は少し興奮した、呪いの籠ったような言葉を並べた。


それはよく切れるナイフのようで俺の心臓を勢いよく抉り出す。


俺は口を閉じ沈黙した。







「答えろよ。今度はそっちの番だ」






女は俺を急かす。


沈黙したのは答えを考えていたからだ。


それも馬鹿正直に。


3秒後、俺が出した答えはありふれたものだった。






「あるよ。多すぎるくらいだ」






「...」






そう、多すぎたんだ。


俺は賞金稼ぎとして利己心のために賞金首を殺しすぎた。


例え誰もが憎んでいるだろう極悪犯でも、殺しすぎた。






「俺の職業は賞金稼ぎ。色んな犯罪者を法の名のもとに殺してきた」


「俺は自分を善良な人間だとは思わない。法の名のもとと言っても拷問したりひでぇ殺し方をしてきたからだ。所詮俺も賞金首とやってる事は変わらねぇのさ」


「"どんな罪を犯した人間でも努力すれば更生できる"俺はこういう言葉が大嫌いだ。無知なニュースキャスターや専門家が現場を知らずに多用する言葉だ」


「一度社会のレールを外れた人間が善良で居られるはずがない。そういう人間が世のために出来ることは社会から消え去ること、死ぬことだけだ」






「その理屈だとお前は真っ先に死ぬべきだろ」


「なぜまだ生きてる」






「ケジメをつけるためさ」


「それが済んだらここで死んでやるよ」






女はその言葉を吟味するように黙りこくる。


そして何かを理解したようにそのカーテン越しの影をゆっくりと動かし、"あぁ"と深いため息をついた。






「お前...だったのか...」






女はため息混じりにそう呟いた。


俺も理解した。


こいつの仕草、話し方、経歴。


その全ての要素が俺の記憶を鮮明に甦らせる。







ゴゴゴゴゴ...






[まもなく終点、首都ビバリウム、ビバリウム。列車が完全に停止するまでお立ちにならないようお願い致します]






ポロンっという高音の(のち)アナウンスが列車内に木霊する。


列車は甲高いブレーキ音と微弱な地震が起こったような数秒間をもってゆっくりと駅の乗り場に停車した。


双方長話をしているうちにもう天王星の首都にたどり着いたようだ。


俺はリボルバーのハンマーを起こし女にこう告げた。






「それじゃあ行こうぜ。ここが終点らしいしな」






鬱陶しいカーテンを勢いよく開けて、俺らは改札口に向けて歩き出した。






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