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EDEN(楽園)






コンコンっ






「おーい、ウォーカー。飯できたぞ」






「...」






「入るぞ」







ビーッ







「今日はチリコンカンに白米、玉ねぎのスープだ。全く退院明けに飯作らせやがって」






コトっ コトっ コトっ...







「...」


「なぁ、運命ってモノを信じるか?」







「なんだよ急に。乙女になっちまったのか」







「ああ、俺は今の今までしっかり乙女だよ」


「運命ってのは俺は...人間を管理する警備員かなにかだと思っている」


「例えばクラブに行って入店する時の列、カジノで開店を待つ間横はいりがないか管理する時の列」


「もし列からはみ出たり前後のやつと喧嘩になって問題を起こしたら...警備員は2人に暴力という名の"注意"を促して再び列に並ばせるだろう。とびきり大きな問題を起こしたら列から取り除かれ死という名の"排除"を与えられる」


「ただその警備員に従えば、そのレール通りに事が進む。運命が敷いたレールにだ」


「俺はこれを本当に不快に思う。運命ってのはとても傲慢で自分勝手だと、そう思う」







「この船に帰るまで、そんなこと考えてたのか」







「...まぁな」







「ウォーカー。お前は自分自身を呪っている。自分自身が呪われた存在だと、お前はそう信じている」


「それもそのはずだ。それは今までの自分がそう教えてくるからだ。家畜に烙印を押すように、それを忘れさせてくれない」


「その上で、もし僕がお前だったら...そんな考えすぐに捨てて起き抜けの新鮮なミルクを拝みたい」


「その方がより良い明日を望める気がするから」






「...」


「よりよい明日...か」







「あぁ...」






「...」


「お前、今日は一段と死相が濃いぜ」







「お、そうか?」







なんでもないフリをして右手に木製のスプーンを握る。


有栖川は少し眉をひそめた。


俺が有栖川の話を真面目に聞かずいつもの調子でおちゃらけてみせたせいだ。


こういう時は大抵料理を褒めると「そうかい」と言って酒を飲み始めるが、今回はそうはいかなかった。


見透かされてるのだ。俺の腹の内を。


そして彼女は再び口を開く。







「とぼけても無駄さ。僕は昔から人の生き死にをよく見ていたからわかる」


「僕は子供の頃、地球の内乱の帰還兵だったジキーナというおじさんに毎週じゃがいもを送っていた。実家は農家だったから、採れた野菜を送るサービスで毎週おじさんの顔を見ていた」






「またその話か...」






今度は俺が眉をひそめた。


また有栖川の長話が始まると思ったら少し嫌気を感じただけだ。


これっぽっちも悪気は無い。


だが有栖川は、俺のあまりの不躾な態度に頭に血を昇らせたのを感じた。


もう一度言うが、本当に悪気は無い。






「...分かったよ。話せよ」






「...ふんっ」


「ジキーナは僕がチャイムを鳴らしたら大体その1分後に顔を出して、"ありがとう、小さきじゃがいも運び"とか言って敬礼がてらに僕をからかったのを覚えている」


「彼の目は黒かった。身なりこそは小綺麗に髭をそったり髪にポマードを付けていたりしていたが、いつもその墨で描かれたような目が気になっていた」







「...」







「そしてじゃがいもを運び始めて数週間後、季節は夏から秋に移り変わる頃。僕はいつも通り彼の家へじゃがいもの配達のためにチャイムを鳴らした」


「すると彼はいつもより30秒早く顔を出し、"おう"とただ一言そう言った」


「いつもと違ったのは出てきたタイミングもそうだが、なにより目が墨じゃなくキャンディーのようにキラキラしていたことだ。なにかに希望を見いだしたような明るい眼差し。僕から見ればそれが何を意味するのか十分に理解できた」






違う。それは初耳だ。


普段なら酒の肴に自殺したジキーナおじさんの話をしてまた別の話題に移るはずだ。


俺は興味を引かれ思わずこう尋ねた。






「何を理解したんだ?」







すると有栖川はひと呼吸入れた後こう続けた。







「"死"だよ。今思えば髭も剃らず瞼にクマをつけてまさに死相さ」


「その後ジキーナは僕が家を跡にした20秒後、持ち前のオートマチック拳銃でこめかみを撃ち抜き自殺した」






「...」


「そのジキーナの顔が俺と同じだと?」






「そうさな...今にでも誰か殺しそうだ」







有栖川は落ち着いた手で俺の机に置いてあるメーカーズマークのキャップを外しショットグラスに注いだ。


有栖川は甘いバーボンが好きだ。






「まぁお前ならいつもそんな顔してるが。だがそんな普通を取り繕う様もジキーナに似て少し恐ろしい」


「正直に話そうぜ...んぐっ...はぁ...もう僕らのコンビは解消か?」







ショットグラスにはツーフィンガーどころか"なみなみ"にまで注がれている。


有栖川はそれを一口で飲み干し、ため息の後頬を赤く染めてそう言った。


彼女は普段こんな無茶な飲み方はしない。








「なにか気になることでもあんのか」







呆れるように有栖川に問いかける。







「大ありだとも。もう僕なんていらなくなっちゃったんだろ」







「待てよ、何の話だ?」







「だからとぼけんなって...どーせお前はあの香澄とかいう女の子がボロボロになって帰ってきて、のぼせちまって、天王星にモンテクリストを潰しに行く気なんだろ」


「死ぬ気でさ」







さすがにショットグラスなみなみのバーボンを一気飲みするのは有栖川でもかなり応えたようだった。


呂律も少しずつ鈍って徐々に酔いが回り始めている。







そして再び空いたショットグラスに酒を勢いよく滑り込ませる。


またグラスなみなみに注ぐ気だ。







「おいやめとけって。どうしたんだよ、お前」







普段2人で飲む時は落ち着いて飲む有栖川がこんな暴挙に出るのはやはりおかしかった。


普段ならその暴挙を酒のせいにして面白半分で捉えるのだが、そんなものより心配が勝ったのでボトルの持ち手を掴み上に持ち上げた。


グラスに流れ込むバーボンの流れを食い止めたのだ。


それが引き金となったのか、彼女は身震いしながら"嫌だ!"と叫ぶ。


俺は訳が分からずボトルを握っていた手をゆっくりと慎重に離し、椅子に腰かけた。








「...」







数秒も経たないうちに彼女は立ちながら泣き始めてしまった。


その小さい体で肩を痙攣させながら静かに泣いた。







______________________


「名無し草のばーかばーか!お前なんか死んじまえ!」


「お前なんか、壁のシミにでもなっちまえっ!」


______________________









ふと脳内でフラッシュバックする。


まだ俺が名無し草だった頃の記憶だ。


レースで無茶な運転をしてコーウェルに泣きながらめちゃくちゃに怒られた時の記憶。


どうも俺は訳の分からないことで人を泣かせてしまうタチらしい。


相変わらず最低だ。おかげで胸が張り裂けそうだ。







「わからない。ごめん」


「俺、なんでお前が泣いているのか」







「分からないからこうやって人を泣かせるんだろ」






有栖川の恨みの籠ったような少ししゃがれた声はただ事じゃないということを俺に再確認させた。


言葉を慎重に選びながら自分の了見を伝える。







「...」


「そうだ。生憎俺はスラム育ちの野良犬で...お前がどう考えているのかも分からない人間だ」


「でも香澄が今日あの酷い姿で帰ってきてから俺は...ずっと考えていた」


「香澄がズタボロで帰ってきたのは、自分の過去といつまでも向き合えない俺のせいだったんじゃないかって」


「だからもう俺はその過去と決着をつけたい。過去から背を向けて逃げ出したくないんだ」


「自分の命を失うとしても...このままじゃ俺は死ねない」






初めて人と向き合ったのかもしれない。


それが有栖川だとは思ってもいなかった。


俺は自分の人生を180°変えてくれる人がいつか現れると思っていた。


違う、そうじゃない。


いつだってそこにいたんだ。俺に寄り添ってくれる仲間がそこにいたじゃないか。


俺はバカな人間だ。それに今気づいたんだ。


ただ、どこまでも浅はかな人間だ。






「...向き合う?ウォーカー、もう十分だろ」


「これ以上一体何ができる?強力なシンジケートマフィアを相手にしたら火傷だけじゃ済まないぞ」






「...」






「なぁ、これでいいじゃないか。僕と香澄ちゃんの三人で宇宙の旅を続けよう。道行くさきで賞金首捕まえてさ」







「...」






有栖川が俺の胸ぐらを力を入れて掴む。


握られた部分に有栖川の拳の形状のシワが出来ているのがわかった。







「なんで黙るんだ。何が不満なんだよ!」


「言ってみろよ、お前らなんか俺の仲間でもなんでもないってさぁ!」







有栖川の感情は同情から怒りへと変わっていった。


だが感じ取れるのは劈くような負の感情ではなく、時折心地良い、今まで感じたことの無いもの。


あぁ、俺は____________


改めて俺は、有栖川が仲間でよかったと感じた。







「______俺はお前が好きだよ、心の底から」






「...!」






「やっと気がついたんだ。今まで俺はお前に守られていたんだな」


「有栖川、お前がいてくれたから俺は...この暖かい感情に気づけたんだ」


「死人だった俺に、暖かいものをくれた。これからもお前とずっと一緒に生きたい」







「じゃあ___________」







「でもだめなんだ。死人は死人として落とし前をつけなきゃいけない」


「過去から逃げるのはこの俺が、許せない。どうせ冥府に還るのなら...せめて有終の美を飾ってから逝くのが筋ってものだろ」






「...」






「親友の最後の頼みだ。許してくれ」







「お前___________」







その時俺はどんな表情をしたのだろう。


頬を上げて笑った。


許してくれって言ってるのに笑ってるのもおかしな話だ。


でもその笑顔にはなんの含みもない。


ただ知らないうちに口角が上がったんだ。







「有栖川ッ!!」







途端私は込み上げる高揚感から有栖川を抱きしめそのまま押し倒してしまった。


彼女は"うわっ"という素っ頓狂な悲鳴にも似た声を上げた。


だがそれも悪くなかった。今はこの世の全てが愛おしい。







「あーいい匂い、有栖川いい匂いだなぁ!」






「ば、ばか嗅ぐな!気でも狂ったのかよ!」






「このちっちゃい耳もすべすべの肌も、全てが愛おしいぜ!」


「あとこの柔らかいまな板も」






「それは胸だ!まな板じゃねぇ!」






「あはははっ!もサイコー!」


「大好きだぜ有栖川ー!」






「やめろバカおっぱい吸うなぁ______ッ!」












_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _



_____▅▅▅▅薔薇と拳銃▅▅▅▅_____



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