[終] DJANGO
「はぁ....は...」
ブシャアッ
「ごぶぁあッッ!!」
ベチャベチャベチャア...
「ぐ...は...はぁ...っ」
「(間違いなく危険な...状態だ...)」
「(しばらく...この部屋に...隠れよう...)」
ギギィ...
「_______」
「_______Padre nuestro, que estás en el cielo.Santificado sea tu nombre(天にましますわれらの父よ、願わくはみ名の尊まれんことを)」
「Danos hoy nuestro pan de cada día.Perdona nuestras ofensas,como también nosotros perdonamos a los que nos ofenden(われらが人に赦すごとく、我らの罪を赦したまえ)」
白い扉を震える手で押す。
すると視界には暗闇、ロウソクを立てた棚に祈る白シャツの女の背中が入る。
10cm程のマリア像の顔がぽうっと照らされていた。
「(...まず...っ、この部屋は...ッ!)」
「_________...そこにいるのは、誰だ」
「...っ」
硬直。
女は祈りをやめたが、依然として振り返ることをしない。
私は全力で鞘を握った。
「...」
「まぁいい...扉を閉めてそこの椅子に座れ」
「...なに」
「血の匂いがする。どうせ怪我をした迷子の野良犬なんだろ」
「早く座れよ。武器も持ってていい」
「...」
...ゴトッ
私は扉を閉め、床に鮮血をばら撒きながら木製の硬い椅子に腰をかけた。
それは敵意を感じなかったためなのか。
「...」
女は振り返って私の方を向く。
首にネクタイを着け、目にクマのできた女は手のひらサイズの十字架をその棚に置いた。
そして私の目をじっと覗く。
「...」
「...その目。そうだその目に私は、見覚えがある」
「大昔、私を殺すと誓った少女と同じ目をしている」
「少女の全てを破壊した私に向けた最後の視線に」
「...」
「私はその少女の苦難を解放するために出向いた死神」
痛む腹を抑えながら女の顔に指をさす。
「▅▅▅お前の命を刈り取りに来た、死神だ▅▅▅」
「...そうか...とうとう来たか」
「なら死神。どうか私の最後の告白を聞いてくれ」
女はベッドの下から赤い十字の描かれた箱を取りだし中から消毒液を取り出す。
そして綿に消毒液を零し、私の患部にピンセットであてた。
「っ...!!」
「なんのマネだ...っ」
「動くな。うまく処置できない」
「じっとしてろ」
バシッ!
「ふざけるなよクソが...テメェらのせいでウォーカーが今も苦しんでるんだ...ッ」
「▅▅▅▅今ここでその首落としてやる▅▅▅▅」
チャキッ
「...」
「______名無し草を破滅に追いやったのはこの私だ」
「_______」
「_______どういう___意味だ____」
「親父から殺害命令を受け、チームハリトンボのクルーを全員を殺害し、名無し草を蜂の巣にした張本人は_______」
「_______この私だと言っている」
「...は...っ」
「嘘を...だってウォーカーは、まだ生きて...ッ」
「ハリトンボを皆殺しにしたあの夜、私は死体を山に運搬するトラックとは別に彼女をVF775に積んで病院に走った」
「なるべく親父に気づかれないよう遠く...しかしてなるべく近くを選んで病院に駆け込んだ」
「名無し草を拾ったのは私だ。それは彼女に大いなる可能性を感じたからだ」
「...あんなすごいレースをできる奴を死なせてたまるか。そういう気持ちで病院に駆け込んだ」
「幸い銃で撃った際、急所を外していたから何とか蘇生はできた」
「...」
「その時私は...ベッドに横たわる彼女を見て、安堵の後絶望した」
「"私はこいつの家族とも呼べるチームメイトを殺した。名無し草の何もかもを奪った"、と」
「その時初めて"殺し"に罪悪感が芽生えた。今まで感じなかった罪の意識に首を掴まれたんだ」
「そして私は...その罪悪感から逃れるように」
「_______VF775を置いてその場を去った」
「________」
「...さぁ、告白は終わりだ」
「お前はこの首を持って...彼女の絶望を終わらせろ」
...チャキッ
シャァア...ッ
鞘から刃物を引き抜く。
そしてゆっくりとその女の首に当てた。
「...っ」
剣先が震える。
この女に躊躇う必要は存在しないはずだ。
ウォーカーを撃った後に病院に連れていった?
自分勝手なことを言うなクソ野郎。
ボスの言うことを聞いてウォーカーも自分の妹も撃った癖に。
「...」
...それなのに
「...ッ」
腕がこれ以上...進まない。
シャァア...
カチッ
「...」
「...もういい...」
「もういいよ...ふざけんなよ...お前」
「一体なんなんだ...?散々人の事苦しめておいて、自分が死ぬ時は仕方ないって大人しく首を差し出すのか?」
「...身勝手も程々にしろ...クソ女」
カツ カツ カツ カツ...
「...」
「殺さないのか?」
「お前を裁くのは私じゃない」
「_______ウォーカー自身だ...ッ」
「...」
「畜生...クソ...畜生...」
_________カツ カツ カツ カツ...
______________________
[_______間もなく木星、首都クロスダウンに着陸します。着陸の際はシートベルトの着用を____]
「...」
機内には血の匂いが充満していた。
むせ返るような、鉄分を含んだ濃厚な生臭い香りが私含む搭乗客を包み込んだ。
隣に座ってる中年のおばさんはあまりの匂いに、息ができないと顔を顰めながらキャビンアテンダントに文句を言った。
そしてキャビンアテンダントが前かがみになって私の顔を覗き込む。
「お客様...ご気分が、その...優れないようですが...」
「...」
「...タオル」
「...はい?」
「タオルと...言ったのです。止血出来れば...臭いも収まるでしょ」
「あ....はい」
______________________
ザッ ザッ ザッ ザッ...
「_______ッッ!!」
正面から向かってくる人影、その黒スーツを見れば香澄と理解できた。
顔は闇のように暗く、右腕で腹を抱えるように向かってくる様はとある私の記憶と照らし合わされる。
腹を裂かれたコーウェルだ。
瞬間、こめかみから流れ出した汗が氷のような冷たさに感じ取れる。
俺はそれを嫌な予感だと確信した。
ダッダッダッダッ_______!
走り出す。
2日越しに帰ってきた香澄を、飼猫がしばらく外に散歩に行くような感覚に陥っていた自分を呪った。
俺があんな過去話をしたから。
俺が彼女を不安に駆りたてたから、こんなことになったと。
香澄に自分のコートを羽織らせ、そう呪った。
「香澄__________っ」
「▅▅▅▅▅殺せませんでした▅▅▅▅▅」
開口一番、香澄はそう呟いた。
「...」
「殺せませんでした...あなたの仇を」
「もうこの指先まで近くの仇を、殺せませんでした...ッッ!!」
私の胸ぐらを掴み、香澄は叫ぶ。
正しくは泣き叫ぶ。シャツに彼女の熱い涙が染みてきたから、そうわかる。
実は俺はこの事態を予測していた。
香澄がモンテクリストに挑む結果を予想できていた。
だがそれは途方もなくありえない予想だった。
香澄がモンテクリストの所在を分かったのかなんて、誰が予想できたのだろうか。
ただひたすらに自分は、"大変なことをしてしまった"という自責の念に苛まれた。
「俺は...大変なことをしてしまった」
「自分で大切だと思っていた仲間を、自分自身が抱える弱さ故に傷つけたと、今気づいた」
「...ウォーカー...?」
彼女の力強い、憎しみの籠った手を握る。
その手は小さく、細く、刃物よりも傘を持つのに適した手だと実感する。
そして確信した。
「_______過去と向き合うべきはお前じゃない」
「それはいつだって____俺だったんだ____」
ザッ ザッ ザッ ザッ...
香澄は大粒の涙をポロポロと零しながらウォーカーの背中をただ眺める。
そして赤褐色の砂の地面にへたりこんだ。
「...やだよ...」
「ほんとうに行かないでよ...私の前から居なくならないでよ...っ」
「貴女自身が責任を取るなんて、嘘だよぉ...っ」
ウォーカーのこれからの行先なんて、私は分かってた。
それは墓場と呼ぶに相応しい場所。
ウォーカーという名無し草の、冷たい終着点だ。
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_____▅▅▅▅薔薇と拳銃▅▅▅▅_____
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