第八問 報酬のティッシュは意外に嬉しい。
仁奈です。
第8話です。
よろしくお願いします。
オーガに目をやると、少し戸惑っているように見えた。
まあ、殴った相手が倒れずに、笑みを浮かべて目の前に立ち向かってきたら魔物だって、気持ち悪く感じるのだろう。はは、少し泣きそう。
しかし、そう言ってられる時も短く、オーガは手に持っていた棍棒を再び振り下ろした。
僕は、その動きを見て右手を振り上げる。
僕の魔法は、所詮初級魔法の域を出ない。自分の周囲を凍らす程度だ。もちろん、大きな氷塊を作り出し、相手にぶつけるなんてことはできない。
だから、大気中の水分を凍らし、薄い壁を作る。同時にオーガの足元を凍らして姿勢を崩すことで、攻撃の軌道をそらした。
オーガが振り下ろした棍棒が地面を抉る。衝撃が身を襲う。後ろのリディが短い悲鳴をあげた。
ふふ、リディから距離を取らないと
僕は、流し目でリディの方を見ると、オーガを殴りつけた。
ぺチッ
と軽い音があたりに響く。
「…」
はは、そう僕の腕力では、オーガを吹っ飛ばすなんてできない。
だからこそ、僕は殴り続けた。まるで、子供が駄々をこねるようにひたすらに。
そして着実にリディと距離を離していく。
オーガに衝撃が伝わる瞬間に、足元を凍らし、滑らせる。殴った箇所もしっかりと凍らせながら。
ただ、オーガも黙って殴られるほど単純ではない。痛みはないだろうが、ひんやりとした感触とか心底ウザいのだろう。僕と距離が離れた瞬間に「グガああああああああ」とあたりに響き渡るほどの大きな声をあげ、殴りつけてきた。
僕は先ほどと同じように攻撃の軌道を逸らす。直後に訪れる衝撃は、自身の足元を凍らし、滑るように受け流す。
そして、オーガとの間に距離が生まれた。
「はは、やばいな」
僕は、足元に垂れ落ちる血を見ながら乾いた笑いと共に言葉を漏らす。
このままじゃ僕が先に死ぬ。それでも笑みが止まらない。口が自然と吊り上がる。
ふふ、なんだろう。すごく調子がいい。どんどん最適化されてってるような感じがする。
はは、なんとかなりそうな気がする。
まるで、結果が見えたように笑みを浮かべながら、僕は駆け出した。
僕が、足元を凍らし、滑るように駆け出したのを見た、オーガは、力強く足を踏み出し、棍棒を持った右腕を振り翳した。
そして、僕たちの距離が手の届くほどまで近づいた時、勢いよく振り下ろした。
僕は、それをタイミングをずらすように魔法を行使しながら躱し、オーガが大きく開いた心臓に近い部分に触れる。そして、相手の反撃を許さないように素早く氷結魔法を叩き込む。
オーガの肌の表面に薄く氷が張られ、動きが止まる。
しかし、それは一瞬にしては長かったが、時間にしてせいぜい十数秒程度だった。
パキパキと音を立てて氷が剥がされていく。そしてオーガは雄叫びと共にまた強く足を踏み出し、腕を振り翳す。
僕は今にも振り下ろしそうなオーガの腕を、ただ眺めていた。
ふふ、やっぱ、無理か。…でも、これで終わりだ。
僕は心のうちでそう呟き、視界の隅に目をやる。
そこには大きなとんがり帽子を被った女性が、腕を突き出し、何やら言葉を口にしていた。
「ライトニング」
彼女の澄んだ声があたりに響いた。
そして、その言葉と共に一筋の閃光がオーガを貫く。直後、ゴウォンッという大きな音が遅れて耳に響いた。
オーガは体中から煙を出し、膝をついて倒れた。
僕はオーガの最後を見届けた瞬間、足から体の力が抜けるのを感じ、瞼をそっとおろす。
エリカ、あとついでにベターも声をかけながら走り、近づいてきていたが、僕にはそれが遠かった。
目が覚めると知らない天井が見えた。
僕は、体中に違和感を感じながら、起き上がり状況を確認する。
窓を見ると外は暗くなっており、気を失っている間に夜になったようだ。
僕が寝てるとベットの隣では椅子に腰掛け、コクコクと船を漕いでいるギルマスがいた。
どうやら、僕の看病してくれたようだ。しかし、そうなるとリディはどこだろう?
あたりを見渡してみるが、彼女の姿はなかった。代わりに机に置かれた冒険者カードを見つけた。
僕は、冒険者カードに手を伸ばし、眼前に運ぶ。
カードに刻まれた文字に大きな変化はなかったが、スキルボードに一つ記載が増えていた。
…いや、これは…だけど。
「どうやら、ギフトを得たようだな」
すると、後ろから、ギルマスが声をかけてきた。
僕はカードを手にしながら視線をギルマスに向ける。
「まずは、そうだな。災難だったな。野生のオーガに出くわすなんて。普通はこの近辺にはいないんだがな。とにかく、無事でよかった。そして、リディを庇ってくれてありがとう。」
彼女はそう言葉を続け、笑顔でお礼を言った。
「その、リディは無事なんですか?ここにはいないみたいですが。」
「リディは自室で寝ている。そして彼女はお前のおかげで怪我はない。ただ、心傷が深くてな、ひどく落ち込んでいる。けど、まあ、今は夜も遅いしな、ゆっくり部屋で一人寝かせといてやれ。」
僕がリディについて問いかけると、ギルマスはそう答えた。
そっかー、無事なのはよかったけど、落ち込んでいるのか。僕に何かできるかな?
僕が朝、リディに会ったらどうしようかと俯き考えているとギルマスが冒険者カードの方を指差し、口を開く。
「リディについては、朝、顔を合わせた時にでも抱きしめ、励ましてやれ。きっと喜ぶぞ。で、話は最初に戻るが、カイ、お前、ギフトを顕現させたようだな。」
僕は、ギルマスの言葉に「はは、抱きしめれるわけないじゃないですか」と顔を引き攣りながら返し、カードのスキルボードに目をやる。
かつて黒塗りされていた場所には『観測』という二文字が刻まれていた。
「うん?観測?」
僕は疑問をそのまま口に出していた。ギルマスの方を見るが、ギルマスも首を横に振った。
どうやら、ギルマスも詳しくはわからないらしい。
「能力の詳細はわからないが、それが発現したとき、何があったんだ?その時の状況がわかれば多少は能力についてわかってくるはずだろう?」
僕は、ギルマスにそう言われて、あの時のことを思い出すように言葉を紡ぐ。
「えーと、オーガに殴られて、死んだと思ったけど、なぜか生きていて。そして、自分でもおかしいと思うほど笑みが止まらなかった。」
「え、それってお前、頭大丈夫か?」
僕がそういうと、ギルマスが心配そうにそしてどこか引いた感じで問いかけてきた。
「大丈夫じゃないですよ。僕だって傷つくんですからその反応はやめてください。」
僕はギルマスにそう返して、ため息をつきつつ、その後のことを思い出す。
「はー、その後は、えーと、あ、そうだ。魔法が自分でも信じられないくらい上手く使えた。
まあ、大規模のものは使えなかったけど、自分の手が届く範囲ならすごい思い通りに凍らすことができた…。」
「魔法だと?魔法が使えたのか、お前?いや、だが、ギフトを発現させたのだろう。」
そう、ギフト所持者は、ギフト顕現と共に魔法が一切使えなくなる。だけど、僕は使っていた。
僕たちは、互いに首を傾げたが、考えてもわからなかったので、仕方なく保留し、話を進める。
「えーと、魔法については、とりあえず使えてよかったとして、あの時、僕は魔法もそうだけど、すごく調子が良かった。オーガに立ち向かうたびに行動が最適化、効率化しているような感覚があった気がする。そして、同時に視野が広がったように、行動の先の結果が見えたような気がする。」
あの時、最後にエリカが来るのがまるで当然のように僕には思えた。
僕がそう口にすると、ギルマスは確かめるように口を開く。
「つまり行動が最適化され、視野が広がる…と。『観測』という言葉の意味を考えるとお前の力は、自分を含めあらゆるものを多角的に見渡し、そして対象を分析し、そのフィードバックを受けることができるというところか。」
僕は、ギルマスの答えを聞いて、頷き納得した。
夜も遅かったので、この話はこれで終わり、ギルマスも「続きは朝にでもして、今日はゆっくり寝ろ」と言いて部屋を出っていた。
「うーん『観測』か、まあいいっか。」
ギフトの話を聞いた時もっと派手なチート系の能力を想像したけど、これはこれで、いいのかもしれない。僕はそう思い、カードを見て独りごちた。
早朝、僕は街を歩いていた。
あの後、結局僕は寝れなかった。何度もカードを見返し、軽い興奮状態にあったからだ。なので、朝、落ち込んでいるというリディに会ったときに気まずくならないように、上手く励まらせることができるようにと、お菓子でも買っておこうと思った。ちょうど初クエストの報酬も出ることだし。
そんなわけで、店にたどり着くと、開店前にも関わらず、明かりがともり、甘い匂いがした。
僕は、少し躊躇いつつも、店の扉を開け、中にはいる。
「あら、おはよう、カイちゃん。今日は随分と早いようだけど、どうしたの?」
すると、僕に気づいたカウンターにいた女性が優しくそして親しげに声をかけてきた。彼女は、この店の店主の奥さんだ。
僕は、この街に来てからの3日間、あのおばあちゃんの服屋と同様にこのお菓子屋にも通い詰め、毎日お菓子の話を彼女やその旦那である店主さんとした。あれをもう一度、食べたい一心で。
「おはようございます。サニーさん。朝早くすみません。今日はどうしても早くからお菓子を手に入れたかったんです。」
僕がそういうと、彼女は何かを察したのか真剣な表情で詳しくと聞いてきたので、僕は素直に昨日あったクエストのこととか、リディが落ち込んでいることとかを話した。
話を聞いてくれた彼女は「そうだったのね」と優しく呟き、そして、「そういことなら」と言いながら振り向き、奥の厨房で開店の準備をしている旦那さんを呼びつに行った。
しばらくして、サニーさん共にコック姿の一人の男性が現れた。店主のフェルナンさんだ。
「おはよう、カイ君。何やら大変なことになったんだって。僕らでよかったらいくらでも力を貸すよ。」
彼はそう僕に優しくそして力強く言ってくれた。
「そう言ってもらえて、本当に嬉しいです。ありがとうございます、それじゃあ、すみませんが、今用意できるもので十分ですので、少しお菓子を売っていただけないでしょうか。」
僕は感謝の気持ちを込めて、そう彼らに伝えた。
しかし、彼らは納得しないように互いに顔を見合わせやれやれと肩をすくめた。
え?僕は何か失礼なことを言っただろうか?
僕が不思議に感じているとフェルナンさんが口を開いた。
「カイ君、そんな出来合いのものでリディちゃんが喜ぶと思っているのか?僕たちはてっきりここにきたのはあれを求めてきたからだと思ったんだけど。」
まさか…もうできたのか?。
僕は、その言葉に驚愕した。
彼らは驚く僕に構わず話を続ける。
「君たちにお願いされたときにはよくわからなかったが、いざ作ってみると…なあ」
「ええ、すごく美味しかったわ。」
「上手く、再現できているかはわからないけど、味は僕たちが保証する。ほら、リディちゃんも好きなんだろう。」
「きっと、元気が出ると思うわ。」
僕は、サニーさんからお菓子の入った箱を受け取ると満遍の笑みを浮かべ「ありがとございます」と言い、胸に大事に抱え、ギルドに戻った。
僕がギルドに戻ると、エリカやベターが心配そうに声をかけてきた。
僕は昨日のことについてお礼を言い、ついでにリディの場所を聞いた。
するとまだ部屋から出ていないとのことだったので、2階の部屋に赴く。
そして、部屋の扉の前に着くと、軽くノックをして、入る。
「リディ、おはよう。起きてる?実は、さあ、今朝、例のお菓子屋に行ってさ、いいものが手に入ったよ。一緒に食べよ!」
しかし、その言葉に返事はなかった。
あれ?っと思い、部屋を見渡してみるがリディはいなかった。
この日、彼女が帰ってくることはなかった。