第十一問 時には心のままに選択したっていい。
『了解しました』
先生のその言葉が聞こえると、スマホにダウンロードされていた音楽が僕らのいる空間を満たし始めた。
「何だ、これは?歌…だと。一体誰が歌ってるんだ?まさか…おい、それは何なんだ!」
「こ、これは…先生?」
突如、鳴り響いた音楽に奴隷商の男やリディが戸惑い、僕が投げたスマホに視線が集まった。そして、それは目の前に立ちはだかるハイオーガも例外ではなかった。
先生に、僕のスマホに残された充電は残りわずか。電源が落ちる前に、ハイオーガの注意が先生の歌に向いている間に、先に終わらす。
僕は、震える足を叩き、駆け出した。
ハイオーガに肉薄した時、流石に反応してきたが、遅い。今までの攻防で最適化された僕の動きに隙をみせたお前が追いつくことはない。
僕はハイオーガの胸に飛び掛かると両手を突き出し、全身から絞り出すように身を捩りながら声をあげ、氷結魔法を放った。
「うああああああああああああ」
「グガあああああああ」
ハイオーガも声を上げ、僕を掴もうとするが、胸を中心にパキパキと氷が次々に肌を走って行くので、うまく動けないのだろう。それでも、なお力強く抗ってくる。その姿は、まだ目的を成し遂げていない、だから死にたくない、と訴えるように見えた。僕にはそう見えてしまった。だから…
「お願い、もう、眠ってくれよ」
僕はそう囁き、さらに力を込め、ハイオーガを包み込むように魔法の範囲を広げた。
…そして、先生の歌声だけが鳴り響いた。
「お、おい。嘘だろう。あのハイオーガをたった一人の少女が、今にも死にそうな少女が倒しただと。」
すると、男が狼狽えながらそう言葉を口にした。
僕は、氷像に手をつきながら、男の方を今にも閉じそうな目で見向き、リディを助けるため一歩と足を踏み出した。
「ひっ、こっちに来るな!何なんだよ、お前は!こいつがそんなに大事なのか?助けたって何の意味がないはずだ。お前らにとってこいつは生きているだけで害なはずだ!で、でも安心しろ僕がうまく使ってやる!だから、来るんじゃねぇ!」
男は声を上げながら、魔法を放ってきた。だけど、僕は構わず、まっすぐ歩みを進めた。あたりには氷片がキラキラと舞い散っていた。
その光景を見て何を思ったのか、男はさらに怯えるように言葉を続けた。
「く、来るな。こいつを助けたって後悔するだけだぞ!…そ、そうだ。今なら見逃してやる。だ、だから、やめろ。」
うん?何をやめるのだろう?それに後悔なんて…
「こいつの言う通りよ!カイ!私を助けたことをきっと後悔する。私はそんなあなたを見たくない。だから…帰ってよ!……もうやめて、カイは生きて、お願い。」
またリディに帰ってて言われた。もう泣きそう。ねぇ、泣いていいかな、先生。…あ、うん、そうだね。まずは彼女を助けないとだね。
「…後悔なんて今更だよ。僕は選択をよく間違えるからね。でも、今は、心のままに動いているよ。だってそうでしょ。あの何もない草原でリディに言った気持ちは今も変わらないから。それに、約束したじゃん。僕にこの世界のこと教えてくれるんでしょ?」
「…それは。でも、それでもあなたを苦しめる結果になる。私はそれが、いやだ。」
「ふふ、じゃあ、一緒に後悔しよう。二人で間違えればきっと何とかなるよ。」
僕はそう言いながら、俯く彼女の下まで辿り着き、手を伸ばした。
「な、何を言ってるんだ。こいつには首輪がついている。それは僕がいる限り決して外れることはない。それにだ。ここまで近いならいくら何でも魔法が当たるはずだ!お前はここで死ぬんだよおおおお。」
男は、声を上げながら、魔法を放とうと腕を突き出した。
僕はそれは横目で見ながら、リディにまっすぐ向き合い、手を伸ばし続け、
「もうこれ以上の選択肢はないよ。」
と囁いた。
すると、彼女は、小さく笑みをこぼしながら、顔をあげ、僕に向き直った。そこに先ほどまでの悲しそうな暗い顔はなかった。その瞬間、彼女の首にあった拘束具はパラパラと風に流されるように崩れ去っていった。そして…
「ばか。…私は後悔するつもりなんてないからね!」
リディは笑顔でそう言いながら、僕の手を取り、そのまま強く引き寄せた。




