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光バイト

作者: 雉白書屋

 闇バイト。自分がやっていたことが世間ではそう呼ばれているということを知ったのは、つい昨日の夕方のことだった。

 少し汚い、定食屋に置いてあったテレビのニュース番組。『逮捕』『報酬は支払われない』『すぐ捕まる』『使い捨ての駒』『愚か者』気が滅入るようなことばかりコメンテーターのお爺さんが言っていた。

 知らなかったんだ。テレビなんて見ている暇がなかったんだから。それに芸能人の不倫だなんだどうでもいいのの他は暗いニュースばかりで、自分に必要な情報なんて全然……そう、届いた時にはもう遅い。

 きっと捕まった人たちもそうだったんだろう。使い捨て人間。社会でも。どこへ行っても。拾う神ありと思ったのに、もう引き返せないところまで来てしまった気がする。

 始めはただの運び屋。奨学金や大学時代に患った病気、その治療費を返すためにブラック企業に勤めながらの副業のつもりだった。品物を受け取って渡してって出前と同じ感覚。でも報酬は桁違いだ。会社をクビになってからは闇バイトが本業に。

 何を運んでいるか知ろうとはしなかった。中身は見るなとの指示。怖くて逆らう気もなかった。ああ、こうして思い返すと最初から悪いことをしてるって自覚はあったんだな。

 真摯に、真面目に尽くしたつもりだった。恐怖からじゃない。そういう性格なんだ。でも、あのアナウンサーの説明によると最初は軽い仕事から始めて、やがて強盗とかもっと悪い事をやらせるらしい。

 募集の際、運転免許証の写真など個人情報を犯罪組織、言わば半グレにそっくりそのまま渡してるから、今さらやめられない。きっと自分だけじゃなく家族も殺される。何なら、その始末も誰かアルバイトにやらせるのかもしれない。

 自分がやる側になったらと思うと……ああ、噂をすれば影だ。スマホにメッセージが来た。こんなこといつまで続けなきゃならないんだ。捕まるまで? それはいつ? 警察は今、この瞬間も僕を探しているのかもしれない。もうじき捕まる気がする。怖い。怖い怖い怖い。でも他にもう……え、これって。






「ああ、こんばんは。お待ちしてましたよ」


「えっと、あの」


「初回なので見守り役ということ、こうして直接会いましたけど、次からはメッセージでの指示のみなのでそのつもりで。さ、行きましょうか」


「いや、あのちょっと」

 

 夜の街中。僕の声なんて体についた蜘蛛の糸のように然程意に介さず、その男はスタスタと路地を歩いて行った。


「なにしているんですか? ほら早く早く。この仕事は時間厳守ですよ」


 振り返った彼は手招きし、また歩き出したので僕は慌ててその背中を追った。

 男ではあるけど、どこか中性的で中学生の頃にいた気の強い女の先生を思い出し、僕はリードを着けられた犬のように降参気分だった。トラウマっていうのは地雷みたいだ。いつどこで踏むかわからない。


「さ、ここです。あと四分ほどですね。じゃあ、質問があるなら今のうちにどうぞ。ただし簡潔明瞭に。はい、あと三分四十七秒」


「え、あ、えっと、あの『光バイト』ってなんですか?」


 光バイトのお知らせ。そのメッセージを見た僕はまあ、闇よりはマシかなと思い応募し、今に至る。

 でも、詳しい話は会ってからということで、何をやるのかもわからない。ただこれをきっかけに闇バイトから足を洗えたら、まさに光の下で生きるんだと、その一心だった。


「光は光ですよ。まあ、やっているうちに分かります。あ、ほら行って行って! あの人です! ほら早く! 追って!」


「え、あ、はい」


 彼が指さす男の後に続いて歩いた。別に変わったところはない。普通の会社員のようだ。

 何をしろというのか。まさか襲えというのか。あのスマホを奪えとか……。いや、でも光だしな。いや、だから光って何なんだ……え、光が。あ――


「危ない!」


 ……間一髪。歩きスマホの前方不注意。いや、それはあの車も同じか。結構なスピードが出ていた。

 いや、今はそれはいい。頭を下げられ、お礼を言われるのもそこそこに、電柱の陰にいる指示役の彼の手招きに応じ、僕は駆け足で戻った。


「いやぁ、お見事お見事」


「はぁ、どうも……でも僕自身もちょっと危なかったというか肝を冷やしましたよ」


「あなた、見込みありますよ。では追って連絡します。はい、解散」


 手をパンと叩き、くるりと背を向け彼はまたスタスタと歩いて行った。

 一時は騒然としていた繁華街の雑踏は踏まれた雑草が立ち上がるようにまた元通りに、そして忙しなく蠢き続けていた。


 その三日後、スマホにまた指示が届いた。さらにその後も、その後も。僕はメッセージに記載された場所に向かい、そして同じように人助けした。そう、これは人助けだ。怪我や命の危険からだけじゃない。傘がなくて困っている人など、一日の内に何度も指示が飛ぶようになり、その度に僕は走った。悪い気はしなかった。人から感謝されるのは心地良い。だから耐えられた。

 でも三ヶ月が経ち、僕にはどうしても気になることがあった。


「感心感心。あなたは働き者ですね」


「いや、まあ、へへへ」


 ダメもとで一度どうしても会いたいとメッセージを送信したら、こうして会ってもらえることになった。

 詳しい訳を聞きもせず働き続けていた僕がなぜ、そうしたか。


「では、次も頑張って。五分後です。質問があるならどうぞ。ただし――」


「簡潔明瞭にですよね。じゃあ聞きますけど、あの、お金を頂いていないんですけど……」


「はい?」


「はい? って給料を。あの、そろそろ貯金も尽きそうなんですけど……」


「ああ、そんなことでしたか。これは光バイトなのでそういったものは出ませんよ」


「はぁ、ん? いや、え? タダ働き?」


「はい」


「で、でもそれじゃ、どうやって暮らせばいいんですか!?」


「それはそっちの都合なので。これはね、名誉ある仕事なのですよ。お金など何です、ああ、俗物俗物」


「俗物って……あの、人助けといい、まさかこれって、あなたって……」


「ま、こういうものですがね」


 そう言った彼がピッと頭の上を指さすと、そこに光る輪っかが現れた。


「て、天使……?」


「『様』を忘れずにね」


「天使、様……あの、ああ、オーケー、察しはつきました。頼んでも給料は頂けないんですね? 

じゃあ競馬や宝くじに当たるとか幸運を貰えたりも、ああ、はい、それもないと。え……じゃあ、あ! そうか、この仕事をこなしていけば死後、天国行き確約とか」


「時間です。さ、ほら行って」



 目を細め、薄笑いを浮かべるだけで彼は答えなかった。

 強すぎる光。それもまた視界を奪い、闇と同等なのではないのかと僕は思ったが、今さらやめることなどできそうになかった。今、縋れるものが他に何もないのだから……。

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