牡鹿姫と弱腰男爵
趣味は創作小説投稿、さんっちです。ジャンルには広く浅く触れることが多いです。
産まれた瞬間から決まっているモノはどう足掻いても変わらないから、生きていく中で決まっていくモノを変えていきましょうか。生きながら(生まれ)変わる、よく言われるけど大切。
一部の人々が魔法を使う世界に産まれた、伯爵令嬢ディア・フォルグ。彼女は普通の人間と異なり、生まれつき頭に牡鹿のような角が生えている。奇病だか呪いだか流言が飛び交い、「牡鹿姫」と呼ばれて蔑まれてきた。
不気味な角を見せるなと言われ続け、帽子を被るようになった。伯爵家の品位を下げるからと、どれだけ優れた魔法を使おうが、父は彼女を娘と見ていない。
周囲の様子を伺っては言うとおりに動き、迷惑にならないよう静かに過ごす。それが彼女の日常だ。
16歳になったある日、ディアは珍しく父に呼ばれた。今まで見たことない程、満面の笑みを浮かべる伯爵は切り出す。
「ディア、貴様に縁談が来たぞ」
えっ、と思わず声を出してしまったディア。今まで散々「魔物の娘なんぞ、迎えるものか」と言われてきた。一生婚約せず生きると思っていた彼女には、大事件だ。
「ウォルフ・ネバー男爵、最近当主となった18歳だ。財政難で、どこかの有力家と繋がりたいらしくてな。広大な農地を保有していて、ウチの商売にも手を貸してくれるそうだ」
広大な農地が手に入れば、フォルグ伯爵が営む作物の商売は手堅くなる。オマケに嫌な娘を、自分の前から合理的に追い出せる。なるほど、これは父が喜ぶわけだとディアは悟った。
「ですが、その・・・容姿については」
「伯爵家と繋がれば良いそうだ。明日には馬車を出すから、さっさと行け」
そうして会話を終わらせる伯爵。これ以上話したくないのがバレバレだが、ディアに選択肢など無いも同然。一晩で身支度を済ませて、翌朝には1人馬車に乗り込んだディア。婚約者はどんな人なのか、この姿で上手くやれるか、沢山不安がある。
でも大丈夫、生きていれば幸せを見つけられるから。唯一味方だった亡き母の言葉を、おまじないのように心で呟くのだった。
○
辿り着いたネバー男爵領は、伯爵領の半分しかない平地だ。挨拶も無く走り去る馬車を見送り、ディアは最初の1歩を踏み出す。
歩いても歩いても続く畑、一体どれくらいの広さなのか。それに、男爵様の屋敷は何処だろう。少しウロチョロしていると「見慣れない子だな?」と、領民から話しかけられる。話しかけられたら挨拶するのが道理だと、ディアは丁寧にお辞儀をした。
「私はディア・フォルグと申します。この度はウォルフ・ネバー様との縁談を受けて参りました」
貴族、しかも男爵の婚約者だと分かった領民は、大慌てで頭を下げた。「とんだご無礼を!」と謝る彼らをなだめて、男爵は今どこにいるかを尋ねた。
「あの弱腰男爵・・・じゃなくて、ウォルフ・ネバー様か」
「弱腰・・・?」
「あ、いや。良い人です、好青年なんですよ。ただ、消極的で・・・結構なよなよしている方でしてね。今なら、畑で作業してるんじゃないでしょうか」
少し焦る領民に案内されて、道なりに進んでいく。しばらくして領民は「ウォルフ様ー!」と、とある畑に向けて声をかけた。背の高い青年が反応すると、慌ててディアへと駆け寄っていく。当主を呼ぶ役目を終えた領民は、そそくさと作業に戻ったのだった。
「ディ、ディア・フォルグ様ですね!お、お待ちしておりました。僕、ではなく、私は、ネバー男爵家当主ウォルフ・ネバーと申します。こ、この度は、長旅お疲れさまで、ございます・・・」
青空の色をした髪と瞳が、畑作業のために着込んだ衣服から少しだけ見えた。焦げ茶色の髪と土色の瞳を持つ自分と違い、綺麗な色で羨ましい。当主自らが畑作業を?と驚いたが、貴族にも色々いるのだ。好奇な目で見てはいけないと、己に言い聞かせる。
それにしても、爵位はこちらが上なので、ウォルフはガチガチに緊張していた。この辿々しさから見て、社交経験が少なそうだ。落ち着けと言わんばかりに、彼の足元にいた大型犬はワフゥ!と低い声で鳴く。
「ソロ!静かに、この人は怪しい人じゃないぞ」
「わぁ、立派な犬ですね」
動物好きなディアがそっと手を出す。初対面の人は警戒する、と止めようとしたウォルフの心配と打って変わり、ソロは気持ちよさそうに触られていた。
「不思議ですね。ソロは初対面の人には、そう簡単に心を開かない性格でして」
「・・・もしかして、私が動物と似た匂いなのでしょうか」
そっと帽子を取り、牡鹿姫と呼ばれる理由の角を見せた。婚約する以上、やはり見せておかないといけない。驚いた目で見られるのは慣れている。怪訝な顔されるのも、1歩距離を置かれるのも。
「私の容姿についてご存じかと思いますが・・・やはり、変ですよね。申し訳ありません、婚約者がこのような異端者で」
「と、とんでもない。ディア様は素敵なお方です!」
「・・・え」
そんなこと言われたのは、母以外では初めてだ。
「こんな貧乏男爵家の婚約を受け入れてくださり、こんな貧相な見た目をしている僕も拒絶せず、挨拶していただいて。それに綺麗な髪と瞳で、貴女はとても素敵な・・・あの、その・・・」
ウォルフは自分の台詞で顔を赤らめ、何故か「申し訳ありません!」と頭を下げる。ディアはそれを見て、何故かフフッと笑ってしまう。ソロはすっかり懐いたらしく、ディアの足元でゴロンと腹を見せていた。
「あら、どうしたんでしょうか?」
「あ、甘えてますね。優しく撫でると喜びますよ。ほら、こんな風に」
それからしばらく、2人でソロを撫でることに時間を費やした。初対面で、ここまで距離を縮められるなんて。弱腰と言われているらしいが、一緒にいて心地良い。何より好奇な目で見られない人に出会えたことに、ディアは喜ぶのだった。
●
ネバー男爵家は、ほとんど自給自足で暮らすような貴族。従者も雇えず家族もいないようで、ウォルフは1人で仕事している。これから共に暮らすのだ。何もしない訳にはいかないと、ディアは何ができるか聞いてみる。
「私、家事などの知識は持ち備えております!魔法も使えますので、お手伝いなら出来ると思いますよ」
「そ、そんな!ここに伯爵令嬢がいらっしゃるだけでも恐れ多いのに。家事をさせるなんて、失敬にも程があります。全部、私がやりますから!」
格上の貴族令嬢だからと、ウォルフは最初こそ渋っていた。それでも「私だけ何もしないなんて、私が嫌なんです」と言えば、折れざるを得なかったようだ。ウォルフが隣にいると、掃除も洗濯も何でも楽しかった。誰かといたいと願った時も、ずっと1人だったから。
「あっ、野菜畑の水やりをしないと・・・」
ウォルフがフラフラと井戸に行く様子を見て、今こそ自分の出番だと胸が高鳴る。
「ウォルフ様、私にお任せください」
ディアは水魔法を応用して、雨雲を作った。野菜畑の上だけに雨を降らせて、あっという間に水やりを終える。
「す、凄い・・・。我が男爵家は魔力を持たない一族ですので、驚きました。ありがとうございます。ディア様と出会えて、本当に良かった」
出会えて良かった・・・今まで、逆の言葉しかかけられてなかったのに。うっかり涙が出そうになるくらい、嬉しかった。
その日の午後、ソロの散歩がてら男爵領を案内された。今日は快晴、ウォルフの綺麗な髪や瞳の色と同じ青空がよく見える。広い畑に透明な小川、鳥の声に風の音・・・穏やかな風景が、ディアを幸せな気分にさせる。ふとウォルフを見れば、グイグイとリードを引っ張るソロに苦労しているようだ。
「ソロ君、元気ですね」
「えぇ。毎日兎や鳥を追いかけ回ってるので、本当に体力だけはあるんです」
「私、動物が好きなんです。いつかリードを持って、お散歩してみたいですね」
「いやぁ、ソロは大型犬ですし。ディア様はかなり大変ではないかと・・・」
そんな他愛ない話をしながら、歩いて行く。こんなに誰かとお喋りするなんて初めてだ、関わることすら拒絶されていたのだから。こんな心地よさ、ずっと知らなかった。見るモノ聞くモノ全てが、ワクワクさせてくる。
ふとディアが見つけたのは、図鑑でも見たことの無い鳥だった。紅玉みたいな色で、とても綺麗!その興奮だけで、駆け出していく。
ここが高台であり、向かう先は丁度切り崩されていることも知らずに。
「「・・・あっ!」」
ディアが谷に気付いたのと同時に、ウォルフはリードを離して、落ちそうになった彼女の体を抱き寄せた。ふわりと帽子が足元に落ちて、ハッキリ目を合わせる姿勢になる。ドクン、と心臓が高鳴った。初めて体を密着させたことに、しばらく時が止まった感覚を覚えた2人。
しばらくして現実に戻すように、ソロがワン!と鳴く。
「はっ、あ、ディア様!だ、大丈夫ですか!?お怪我は・・・」
「だ、大丈夫です・・・。す、すみません、私ったら・・・」
互いに赤らめながら話をしていれば、その鳥は物珍しそうにディアに近付いた。彼女がそっと手を伸ばせば、鳥はその手にチョンと乗ってくれる。
「可愛い鳥ですね、とても人懐っこい」
「野生動物は、向こうから近寄ってこないのですが・・・ディア様は、動物に懐かれやすいのかもしれませんね」
「そうかもしれませんね。あの・・・非情におこがましくて申し訳ないのですが・・・離していただけないでしょうか」
彼女の恥ずかしそうな声に、ウォルフはハッと気付いた。ずっとディアの背後で、ガッチリと彼女を抱え込んでいたことに。
「あっ!す、すみません!」
ウォルフはパッと体を離すが、その顔は紅玉より真っ赤。婚約相手で助けるためとはいえ、年頃の女性と密着してしまったのだ。混乱した頭で「今日は戻りましょう!!」と、全速力で来た道を戻っていく。アハハと笑顔になりながら、帽子を拾ったディアもソロのリードを持ち、後を追っていくのだった。
○
○
気付けばディアがネバー男爵家に来て、半年が経過した。ウォルフとの日々は幸せだった、理解者がいることで心が満たされているから。一緒にソロの散歩をしたり、仕事をしたり、お茶を飲んだり。魔法で助けるなどして、領民とも良好な関係を築けている。
気になることといえば、領民が弱腰だというように、ウォルフが消極的なところだろうか。相変わらずディアを「格上の令嬢」として、主人と従者みたいに、おっかなびっくり接してくる。何かする度に、頭をペコペコ下げられる。婚約届の話を出せば「まだ早いのでは・・・」と、どこか後ろ向きだった。
(やはり私が牡鹿姫だから、結婚まではしたくない・・・?)
そう考えた瞬間、胸がズキンと痛んだ。いや、それはあり得ない。ウォルフは出会ってからずっと隣にいてくれる、出会えて嬉しいと言ってくれたのだ。だが周囲を考えると、やはり・・・?
(・・・1人で考えても仕方ありませんね、今日は休みましょう)
少しずつワガママが芽生えていくことに、戸惑いを隠せなかった。それでも瞼を閉じれば、今日の疲れで自然と彼女は眠りに落ちる。
ーーーギィィ・・・
丁度浅い眠りだった意識は、そんな音を聞き取った。風の音?いや、窓は閉めたはず。外の音?にしてはハッキリ聞こえる。
コツ、コツ、と靴音がする。それでようやく、部屋に誰か入ったのだと勘づいた。おそらくウォルフだ。だが挨拶無しに、しかもこんな夜中に、どうしたのだろう。体を起こす気にもなれず、ディアはゆっくり目を開く。
ぼやけた視界の先には・・・尖ったナイフを握る、ウォルフの姿があった!!
何が起きているか分からない。声を出す力も、ここから動く余裕も無い。だがウォルフも先程から震えており、一向に動きはなかった。彼は言葉にならない声を漏らしており、自身でも混乱しているようで・・・。
ーーーガゥ!ガゥガウ!!
この硬直状態を終わらせたのは、やはりソロだった。空いていた扉から、ウォルフの背中に突撃する!!倒れた拍子に彼の手から落ちたナイフは、ベッドの底へと滑っていった。はぁはぁと荒い息を出すウォルフは、ソロに押さえつけられて動けないようだ。武器を失っても、暴れる様子は無い。腕をずっと震わせ、青い瞳から涙が滲んでいる。
落ち着こう、とにかく落ち着こう。ゆっくり呼吸をして、ディアは声をかける。
「・・・お茶でも、飲みましょうか」
シュウシュウと上がる湯気を見て、コポコポとお茶が注がれる音を聞いて、少しずつ落ち着きを取り戻す。沈黙が重い、それでも逃げてはいけない。ウォルフの足元には、何か変なことをしないか、ソロがずっと警戒している。それでも、逃げ出す様子など無いが。
ディアに出来るのはただ1つ。彼が心を開くまで、隣にいることだ。
他に良い方法があるのかもしれない。それでも彼女には、今できることがこれしか思いつかなかった。
「・・・殺そうとした相手に、お茶を出すなんて」
ようやく出たウォルフの声は、涙ぐんでいる。時折嗚咽も混じり、喋るのも一苦労そうだ。
「・・・何故です、何故ここまでするんですか。こんな格下で、何も持っていないような犯罪者に」
「知りたいからです。何が貴方をそこまで駆り立ててしまったのか、何が貴方を追い詰めてしまったのか。
何より・・・ウォルフ様を救いたいから。こんな身なりの私でも素敵だと言ってくださって、出会えて良かったと喜んでくださった。貴方と過ごした日々は、今まで生きていて1番幸せでした。
貴方こそ私にとって、素敵な人なんです。そんな人が苦しんでいたら、助けたいに決まっているではありませんか!!」
その言葉1つ1つに、胸が締め付けられているようだ。先程から嗚咽が止まらないウォルフ。ディアは何も言わず、彼を優しく見つめて時を待つ。
「私は全てを失い、これ以上失わないべく悪事に手を出した、愚か者です」
遂に心を開いたらしい。ウォルフは静かに、追い詰められた過去を語り始める。
彼は10歳の頃、当主だった父と母を亡くす。「18歳で貴族学園を卒業してから当主になれ」という父の遺言で、叔父が当主代理を務めることに。勉学に集中したいが故に、叔父に全てを任せた。
だが卒業直前・・・叔父が男爵家の資産の大半を横領して、娼婦と駆け落ちするという事件が発生する!在学時に決まった婚約もそれを理由に破棄され、相手に膨大な慰謝料を払った結果、ネバー男爵家は爵位を維持できないほど追い込まれた。
爵位を失えば、土地も没収される。領民たちはこの土地から追い出されて、住む場所を失ってしまう・・・!ウォルフは手当たり次第に財政援助を求めたが、後ろ盾もない汚名付きの男爵家など、誰も見向きもしてくれない。そんな中、フォルグ伯爵と出会った。
ーーーネバー男爵領の作物は、我が家の商売に使えそうだ。どうかね、フォルグ伯爵家と取引してくれないだろうか。
ーーーだが作物の売買は時間がかかる、何よりそちらで発生した損失を賄いきれんぞ。男爵家の現状からして、すぐに金が必要だろう?
ーーー実は、こちらからも要望がある。私には、世間から牡鹿姫と呼ばれる愚女がいてな。その醜い見た目で社交界から遠巻きにされ、16歳で既に嫁入りも到底できない状況なのだ。我がフォルグ伯爵家の完全な荷物なのだ。もうこれ以上、汚れ物を持っていたくないのだ。
ーーーだから・・・そちらの領地にて処分してほしい。
「そして支度金として、今まで得たことない膨大な金額を頂いたのです。その上、殺しても事実は隠蔽するし、何より追加の資金を与えると・・・。たった1人殺せば、この土地と領民を救うことができる。私は目の前の欲に負けたのです。
ですが貴女と出会い、共に過ごす内に・・・私は本気で、貴女を愛しました。
貴女に告げたことは、全て真実です。貴女は素敵な人、貴女と出会えて良かった。貴女と過ごせた日々は、何にも代え難い幸せでした。心優しい貴女を、殺すなど出来ない。このまま何事も無く結婚したい。そんな都合の良い夢を願いました。
ですが先日・・・フォルグ伯爵から通達がありまして。1週間後、ここを訪れるまでにディア様を殺していなければ、全てを知るお前を殺すと・・・!」
ウォルフは泣きながら、自身の弱さを嘆き始める。もっと自分が強ければ、伯爵の提案に乗らなかった。もっとしっかりしていれば、叔父の愚行を阻止できた。ここまで追い詰められたのは全部、全部、自分の弱さと甘さのせい。
「私は弱い。この領地や領民どころか、貴女1人すら救えない・・・!!」
泣き叫ぶ彼を、ディアはそっと抱き寄せた。泣きじゃくる幼い自分に、そうしてくれた母を思い出しながら。
「ありがとう、私を信じて話していただいて。そしてごめんなさい、優しい貴方を巻き込んでしまって」
「・・・ディア様」
まさか最愛の婚約者が、父に利用されていたなんて。今まで無知だった自分が、あまりにも情けなくなった。このまま黙っているわけにはいかない。
追い詰められた者を利用し、脅迫し、自分の手を汚さずして殺そうとした。まさに非道、愚の骨頂。
絶対に殺させない、絶対に死ぬものか。愛する人のため、自分のため・・・!
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1週間後の深夜。フォルグ伯爵は静かに、ネバー男爵領にやって来た。密会を邪魔されないように、部屋の前には伯爵が連れてきた黒服が並ぶ。粛々と進むはずだった伯爵と男爵の密会で・・・扉越しで、怒号が響き渡った。
「もう1度言え、なんと言った貴様!?」
「僕はディア様を愛しています。だから・・・彼女を手に掛けたくありません。願わくば、このまま婚約させていただきたいのです!!」
土下座をしながらウォルフが口にした言葉は、伯爵の逆鱗に触れるのに十分なものだった。怒りに任せて振るわれた手は、目の前にあったティーカップを叩き割る。
「忠告したはずだぞ。彼女を殺していなければ、貴様を殺すと!!」
「構いません。彼女を殺して寿命を全うするなんて、こちらから願い下げです!」
今までの受け身から一転して、自分を主張するようになったウォルフ。相変わらず体は震えているが、それでも屈しない意思表示をやめることはない。
「血迷ったか、愛なんぞ馬鹿みたいなモノに取り憑かれおって・・・!!」
伯爵は即座に大量の攻撃魔法を放ち、部屋のモノは大量に破壊していく。魔法の使えないウォルフは為す術もなく、彼は壁に激突。その衝撃で倒れた彼に、伯爵は致死率の高い魔法を放つ準備をする。
「最期の情けだ。貴様が死んだ後、ディアも同じ墓に入れてやろう。貴様が愛する者と一緒に、地獄へ落ちるが良い」
「・・・フォルグ伯爵、自分の娘すら簡単に切り捨てるのですか。簡単に人命を奪おうとする貴方に、貴族どころか人間としての良識すら無い!!」
「黙れ、愚者の貴様に言われる筋合いなどない!!」
伯爵は怒りに身を任せ、今度はウォルフの頭を踏みつけた!踏みつけと殴りを繰り返し、ウォルフの全身は傷だらけになっていく。それでも彼は伯爵を真っすぐに見つめ、決して視線を逸らさなかった。その強い瞳に嫌気が差したのか、伯爵は舌打ちをしながら彼を乱暴に突き飛ばす。
「もう良い。さっさとくたばれ」
今にも魔法を放とうとした、その瞬間。伯爵の魔力は、パチンと消滅してしまった。突如として使えなくなったことに混乱している間にも、バン!!と突き破られた扉。そこから次から次へと、ネバー男爵家の領民が侵入してきたではないか!驚いた様子の伯爵は、あっという間に取り押さえられた。
「なっ!?馬鹿な、何故・・・」
「希少魔法の1種“魔法の無力化”をご存じですか?それを使わせていただきました。ちなみに黒服の人たちは、少しお休みしてもらってます」
領民たちの後ろから、ディアが姿を見せる。伯爵への憎悪を一切隠さずに。
伯爵の行動を知った彼女は、ウォルフを救うべく多くの領民に協力を募ったのだ。勿論、税の軽減など報酬もしっかり用意したが・・・それでも想像以上の人々に、協力してもらえた。今までの信頼が、ちゃんと実を結んだのだ。
「お父様・・・いえフォルグ伯爵。貴方は魔法を暴力目的で使いましたね。傷付けるために魔法を使うことは違反だと、自らおっしゃってたではありませんか。さらにウォルフ様のご様子から見て・・・一方的に傷害を負わせましたね。罪を受けるお覚悟はありますか?」
「待て!!犯罪をしているのなら、この男も同じだ!ディアも知っているだろう。私と裏金で繋がり、貴様を殺そうとしたではないか!」
「裏金とは、変なことをおっしゃいますね。アレは婚約の支度金でしょう?それに私、ウォルフ様に殺されそうになったことなんてありません」
「なっ!?何を言って・・・」
うるせぇ、口答えするな!と領民達が次々と文句を言う。彼らは伯爵を縛り上げると、そのまま外へと連れ出した。どうやら近くの街から兵を呼んでいたらしい。「裏切り者!」「何故私だけ!」と騒ぐ伯爵は、猿ぐつわを付けられて連行されたのだった。
「・・・良いんですか?僕を突き出さなくて」
「だってウォルフ様、何も悪いことをしていないでしょう。証拠もありませんし」
「ですが1週間前・・・僕は、貴女に」
「その時、貴方が持ってたモノ・・・バターナイフでしたでしょう?」
・・・そこも全部、バレていたのか。ウォルフはへにゃりと笑い、力を吸い取られたようにその場に座り込む。そんな彼の傍にしゃがみ込んだディアは、ウォルフを優しく抱きしめた。
「私は、貴方に救われたんです。ここにいても良い、誰かに受け入れられる幸せを教えてくれました。だから今度は、私が貴方を救う番。これからも婚約者として、貴方の隣にいさせてください」
彼女の笑顔を見つめながら・・・ウォルフは静かに涙を流す。これからはもう、誰にも縛られずに彼女を愛せるのだ。彼女の愛を、素直に受け取ることもできる。
「ディア様、やはり貴女は・・・誰よりも、素敵な方です」
その後、フォルグ伯爵は魔法での暴力行為、さらには他貴族への脅迫を繰り返していたとして、重い処罰を科せられた。それを境に、社交界でフォルグ伯爵家の姿を見ることはなくなったらしい。罪人の伯爵も、その娘の牡鹿姫も。
それでも、牡鹿姫は幸せだった。誰かに蔑まれることも、言いなりになる場所なんて無い。今は、本当に愛してくれる人といられるのだから。
「ウォルフ様、フォルグ伯爵家も完全に衰退しました。これからは貴方の方が立場が上ですから、敬語を崩していただいて構いませんよ」
「そそそ、そんな・・・!恐れ多いですよ、ディア様には多大なるご迷惑をおかけしたというのに」
「もう正式な婚約者なのですから。ならば、せめて“ディア”と呼んでください。それが私の願いです」
その言葉に、一瞬戸惑うウォルフ。しばらく口ごもり目を泳がせていたが、ディアの期待する瞳に観念したようだ。すぅと大きく息を吸い込んだ。
「・・・ディ、ディア」
そう言って、またまた真っ赤になるウォルフの顔。まだまだ練習が必要そうだ。
それでも待ち望んだ彼の呼び名は、誰よりも優しくて。ようやく見つけた居場所は、とても温かな場所だった。
fin.
読んでいただきありがとうございます!
楽しんでいただければ幸いです。
どうしてディアに角が生えているのかは、「ただの偶然」です。世の中って偶然で動いているもんですよ。それをどう受け止めるかで、幸か不幸か変わるんです!!