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コミカライズ開始&書籍2巻発売記念/冥府の元王女-③

 翌日魔王城に出勤するとなにやら騒がしい。

 不思議に思いながら着替えて門に行くと、ガイルではなく別の魔物がそこにいた。


「あら? ガイルはどうしたの?」

「はわわっ!」


 人間の上半身に鳥の下半身を持つ魔物のハーピーだ。アクアマリンが声をかけるとビクッと肩を震わせて、羽で頭を覆った。


「まっ、真似しないでください! あたしを真似してもいいことないですよっ」

「はあ?」

「痛いの嫌ですぅ! 怖いですぅ!」


 どうやらこのハーピーは、アクアマリンがなんでもかんでも模倣すると勘違いし、その際に痛い思いをするのではないかと怯えているらしかった。

 亜麻色のふわふわな羽毛を逆立てて丸くなるハーピー。

 臆病な魔物もいるのだと驚いて、アクアマリンは怒りを通り越して呆れた。


「あなたを模倣する理由が無いわ。何もしないわよ」

「ふえぇ? ほ、ほんとうですか……?」

「わたくしだって力を使うと疲れるもの」


 ハーピーは半信半疑の表情を浮かべたが、恐る恐る立ち上がるとアクアマリンから距離をとって門番の位置についた。


「あなた、ガイルの部下なの?」


 アクアマリンが訊ねると、ハーピーはおどおどしながら答える。


「ひ、ひゃい。ガイル様は今ああいう状況なので、しばらくはあたしが代わりにお勤めをします……」

「ガイルに何かあったの?」

「えーっと……」


 ぽりぽりと頬をかいて言い淀むハーピー。

 煮え切らない態度に苛立ちが募ってきたアクアマリンは、ふわふわの羽毛をわしっと掴んで彼女の顔を引き寄せた。


「詳しく教えなさい」

「ひゃあーっ! 助けて! 痛くしないでくださいっ!」

「暴れると羽が抜けるわよ」


 ほわほわと舞う羽毛を見て、これは枕に詰めたらよく眠れそうだわ、とアクアマリンは小首を傾げる。

 ひょっとしたらベルハイムで使っていた最高級枕よりも上質な詰め物だ。


「言います! 言いますからっ!」


 可哀想になってきたので放してやると、ハーピーはゼイゼイと息を荒らげて「人間、怖いですぅ」と呟いていた。


「……あなた、そんなに怖がりなのに門番なんてできるの?」

「うっ。じ、自信は無いですぅ。でもガイル様の代わりなので、頑張るですぅ……」


 ハーピーは乱れた羽を整えながら、弱々しく話し始めた。


「今朝の定期報告の時に、ガイル様は魔王陛下を攻撃してしまったんです。それで今、牢屋に入っています」

「ガイルが魔王様を攻撃したですって?」


 耳を疑ったアクアマリンは聞き返す。

 ガイルは魔王の側近でもあったはずだ。どうしてそんなことをしたのか、何一つ理由が思い当たらなかった。


「そうなんですぅ。あたしみたいな下っ端は定期報告に参加しないんで聞いた話ですけど、突然性格が変わったように暴れだしたみたいで……」


 魔王に怪我はなかったが、ガイルは直ちに捕らえられ、今は牢屋に入れられているそうだ。


「そういう客、昨日酒場で見たけれど。まさか酔っていたわけではないわよね?」

「ガイル様はお酒好きで、結構な量を飲むんですけど、それはいつものことだから……」

「……納得できないわ」


 ガイルは職務に真面目だ。アクアマリンは一応彼の預かりということになっている。冥府で暮らすことになってからあれこれ世話を焼いてくれた魔物だ。

 二日酔いでもないなら、ますます信じられないことである。


「ガイルに面会してくるわ。しばらく門をお願い」

「ぴえっ!? あたしだけでやるんですかぁ!? そんなぁ~~!」


 泣きつくハーピーを残して牢屋に向かう。

 魔王城の地下に広がる牢獄はじめじめしていて、罪を犯した魔物たちの低い唸り声が響き渡っている。さすがのアクアマリンもごくりと唾を飲んだ。

 松明を掲げて一つ一つ牢を確認し、力なく膝を抱えるガイルを発見した。


「ガイル! 様子を見に来たわ。いったいどうしちゃったのよ」

「人間か……」


 憔悴して弱々しい様子のガイル。

 肌はいつにも増して土色で、なんというか生気を感じられない顔つきだった。


「すごく調子が悪そうよ。やっぱり飲み過ぎたんじゃないの?」

「我にもわからない。いつもどおりの酒量だが、年を取って弱くなってきたのかもしれない……」

「いつここから出られるの?」

「出るときは死ぬ時だ。陛下に牙をむいたのだから、我は処刑される」

「――!」


 言葉を失うアクアマリンを見て、ガイルは少しだけ微笑んだ。


「人間よ。我が面倒をみられるのはここまでだ。たくましく生きるんだぞ」

「……そんなこと、言わないでよ」


 アクアマリンは、今まで彼がしてくれたことを思い出さずにはいられなかった。

 住む場所を探してくれたり、なんにもできない自分に火の起こし方や水汲みのやり方を教えてくれたり。差別的な言動をしてくる魔物たちに「この人間への攻撃は我への攻撃とみなす」と触れ回り、裏で守ってくれていたことも知っている。

 ちょっとしたお菓子が手に入ったときは、「我は甘いものが好きではないから」と、差し入れてくれたこともあった。


 ガイルがいなかったらとっくに自分は死んでいた。

 これからもそうやって面倒をみてくれないと困るのだ。


「……安心して、ガイル。わたくしが助けるわ」

「やめておけ。人間は――特におまえは大人しくしていたほうがいい。ここは弱肉強食の世界だということを、もう知っているはずだ」

「あら、ずいぶんと軽く見られているのね」


 アクアマリンは腕を組むと、にやりと唇の端を持ち上げてみせた。


「わたくしを誰だと思っているの? いまだかつて、冥府で罪を償うように命じられた令嬢がいると思って?」


 ガイルは二、三度目を瞬かせたが、「……ククッ」と可笑しさを噛み殺した。


「いい顔だ。そうだった、おまえは極悪人だっということを忘れていた」

「わかればいいのよ。火おこしや水汲みは知らなくても、悪だくみと誰かを陥れることは得意なの。ここで大人しく朗報を待ちなさい」


 牢獄を出たアクアマリンは魔王に謁見を求めた。

 魔王と対面するのは冥府に取り残された日以来である。

 別に用もないし、あの余裕ぶった態度を見ると腹が立ってくるので、会いたいとも思っていなかったが。すべての決定権を持つのはこの男なので仕方がない。

 急な謁見要求だったがすぐに広間に通された。


「ごきげんよう魔王様。世間話をしても仕方が無いので用件を言いますわ。ガイルの処刑をしばらく待っていただきたいの」

「ほう? なぜだ?」

「彼があなたを攻撃したのは事実にしても、そんなことをするはずがないもの。必ず裏があるはずよ。彼に落ち度がないことが分かれば、処刑する必要は無いでしょう」

「……ガイルは部下に恵まれたな。命乞いをしてきたのは十人目だ。自分で調べると言ってきたのは貴様が初めてだが」

「部下に恵まれたのはあなたも同じではなくて? あなただってガイルがいなくなったら困るはずよ」


 魔王城でも一、二を争う古株のガイル。

 彼のもとには一日を通して魔物が訊ねてきて、あれやこれやと分からないこと聞いていく。その相手をしつつ、魔王の側近としての仕事もこなし、魔王も信頼を置いている存在であることはアクアマリンでさえ知っていることだった。


「貴様にそのようなことを言われる日が来るとは。どうやら改心は進んでいるようだな」


 魔王はククッと鼻を鳴らすと、長い足をゆっくり組み替えた。


「オレもあいつを殺したくはない。期限は三日だ」

「せめて一週間は欲しいわ」

「本来であれば即刻処刑の罪だ。ガイルは優秀だが、それゆえに存在を疎ましく思うやつもいる。親しい者を優遇すると他の者が不満を抱く。三日以上は伸ばせない」

「……分かったわ」

「その代わりに補佐を一人つけてやろう。頼んだぞ、模倣よ」


 魔王が出ていってしばらくすると、補佐だという魔物が案内されて入ってきた。

 お互いに顔を認識すると、うげっと顔を歪めた。


「魔王陛下の特別任務と聞いて来たのに! あんたなんかに協力しないわよ」


 メドゥーサのネリッサが盛大にため息をつけば、アクアマリンもやれやれと肩をすくめる。


「これだから三流は困るわ。公私混同するなんて最悪よ」

「はあっ!? あんたも同じでしょう! 大聖女にしたことを知らないとでも思ってるの!?」

「なら話が早いわ。こうなってしまってわたくしは自分が三流だったことに気がついたの。やるならやるで徹底的にやるべきだったのよ。気付いているだけあなたよりましだわ。あなたは昔の自分を見ているようで恥ずかしいのよ」

「〜〜っ! どうでもいいけど、一人で勝手にして!」


 ネリッサは鼻息荒く広間から出ていった。

 交渉は決裂だ。

 しかし、もともと一人でやるつもりだったからどうということはない。


(とにかく三日しかないんだもの。急がないと)


 何から始めるか逡巡して、まずはガイルの家に行ってみることにした。


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