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ルビーの誕生会

時系列としては冥府帰還後〜結婚式までの間のお話です。

 春を迎えたラングレー皇国。

 瘴気が去った空からは、あたたかな陽射しが惜しみなく城に降り注ぐ。

 誰もがどことなく楽しい気持ちになり、花香る春の訪れを喜んでいたが――。


 セオドアは久しぶりに苦悩していた。

 ふとしたことから、もうすぐルビーの誕生日だということを知ったからである。


「いまさら奥様の誕生日を知ったんですか? 伴侶や恋人の誕生日は事前に調べておくのが鉄則でしょう。過ぎてしまわなくてよかったですよ」


 書類を届けに来たアーノルドを捕まえて、小言覚悟で打ち明けると、やはりチクチクと痛いところを突かれてしまう。


「……昨年の誕生日は、祝うことができなかった」

「昨年? ああ、殿下が我が国にいらしてすぐのタイミングでしたね。お互いそれどころじゃなかった時期ですから、それは仕方がないと思いますけれど」


 どよんとして落ち込んだ表情のセオドア。

 そんな彼をじっと眺め、アーノルドは顎に手を当てる。


「それで? わたくしになにか相談事があるんでしょう」

「昨年の分も含めて盛大に祝ってやりたい。案をくれ」

「……はあ?」


 一瞬で般若のような顔になったアーノルドを見て、セオドアは慌てて両手を振る。


「いや! 違う! 自分で考えたぞ! だが俺の考えた至らないパーティーよりも、経験のある者に意見を聞いて計画したほうが、ルビーが喜ぶものにできると思ったんだ!」

「お話になりませんね」


 頭痛がしてきたアーノルドはこめかみを揉み、長い溜息をついた。


「会議に出なければなりませんので、これで失礼します」

「あっ、おい」


 怒られるのを覚悟で訊ねたというのに。

 ルビーを喜ばせる情報の一つも得られなかったセオドアは頭を抱えた。


(……いや、ここで諦めてはいけない。呆れられようが誹られようが、ルビーが喜ぶ祝宴ができればそれでいいんだ!)


 ゆらりと椅子から立ち上がるとセオドアは執務室を出た。

 誰でもいい。誰でもいいから教えてくれ。

 パーティーごとや女性関係に詳しい臣下を見つけたら捕まえて訊ねようと思い、当てもなく城内をさまよい始めた。珍しく弱りきった表情のセオドアを見て、すれ違う使用人たちは不思議そうに振り返る。

 やがてセオドアは意外な存在と邂逅した。


「……君は、マイケルだな?」

「……チュ?」


 厨房付近の廊下をとっとこと走っていた一匹のポイズンラット。呼び止めると動きを止め、小首を傾げてセオドアを見上げた。

 ルビーの親友であるポイズンラットたちはセオドアにとっても慣れた存在になってきたが、たくさんいる個体を見分けるのは正直に言って難しい。少なくともセオドアにはどれも同じに見える。

 しかしこのマイケルだけは別だ。ルビーから賜った首輪をつけて背中に大きな丸いぶち模様がある。唯一見分けられるポイズンラットだった。


(……マイケルか。ルビーを一番よく知っているという意味では、悔しいが現時点で俺はマイケルに負ける)


 マイケルはルビーが塔に閉じ込められていたとき、つまり八年ほど前からの付き合いだ。一番辛い時期を共にしたルビーとマイケルの絆は格別である。

 マイケルならルビーが喜ぶことを知っているかも知れない、とセオドアは拳に力を込めた。


「なあマイケル。折いって話があるんだが」

「チュウ?」


 セオドアは周囲を確認すると廊下の影にマイケルを手招いた。

 旅を通して気づいたが、マイケルは賢い。ルビー以外の人間の話すこともほぼ理解しているのだ。


「もうすぐ君のご主人様の誕生日なんだ。どういうお祝いをしたら喜ぶと思う?」

「チュッ! チュ〜……」


 マイケルはハッとした表情になり、忘れていたとばかりに顔を掻きむしった。


「ぜひ君の意見を聞かせてほしい。こんなことアーノルドには言えないが、最近はこの事ばかり考えてしまって、なかなか夜眠れなくてな」

「チュゥ〜……チュチュッ」


 マイケルはセオドアの手のひらに頭を擦り付け、労りの意を示した。

 優しくされたセオドアはなんだか涙が出そうな気持ちになる。

 半年間に渡る旅をしていたときは、視線を感じると思ったらポイズンラットに見張られていたり、宿で自分のベッドに入るとポイズンラットの家族が寝ていたりと、主人に忠実な彼らからなかなか散々な歓迎を受けていたが、初めてわかり合えた気がした。


「ありがとう、マイケル。俺たちは敵じゃないぞ。仲間だ」

「チュウッ!」

「わかってくれて嬉しい。教えてくれるな?」

「チュチュチュッ!」


 マイケルは任せろといわんばかりの顔でフワフワの胸をポンと打つ。そして得意げに話し始めた。


「チュウ〜〜ッ、チュチュチュ♪ チチッ、チィ〜。チュッチュウ、チュチュッ、チュ〜〜。チィ、チュッ……チュチュ。 チュウチュウッ!」

「えっ」

「チチチッ、チュウチュウッ。チュッチュ、チュ〜ッ、チュチュチュチュ? チー、チュウ、チュウチュ〜〜ッ、チュッ。チュチュ……チュウチュウ、チュ〜〜。チュチィ、チュチュチュ、チュ〜ッ! チュチュッ、チュ〜〜。チィチィ、チュウ……チュッ、チュウチュ〜〜ッ!」

「待ってくれマイケル」

「チュウチュ〜〜ッ、チチィッ☆ チュ〜ッ。チュッ、チュチュ、チュウチュウチィ〜。チュウ! チュ?  チュチュ……チュウチュ〜〜。チィチィ、チュ〜ッ、チュチュチュチュ♪ チュウチュウ、チュ〜〜、チュッ。チュチュ……チュウ、チュウチュチュ。チュ〜ッ、チュチュチュッ、チィ!」

「すまない! 君は俺の言葉を理解できても、俺はポイズンラットの言葉はわからない!」


 主要各国の言語は不自由なく使いこなせるが、ポイズンラット語はさすがに守備範囲外だ。これまで相槌程度のコミュニケーションしか取っていなかったセオドアは慌てふためいた。

 得意げに喋り続けるマイケルに困惑しながらも、今話している情報を理解したくてたまらない。ルビーが喜ぶあれこれを惜しみなく教えてくれている、いわば宝の山なのだから。

 我慢ができなくなったセオドアは、とうとう唇を動かした。


「チュウ」

「……何をされているんですか、陛下」

「!」


 振り返ると呆れ顔のエマが立っていた。


「今、人間の声でチュウって聞こえましたけど」

「空耳だ」

「まさか陛下が」

「気のせいだ」

「…………」


 畑でとれた野菜を厨房に届けに来たエマ。今しがたはっきりと聞こえたものの、セオドアの名誉のためにこれ以上追求することはやめた。


「……ですが、マイケル様とふたりでいらっしゃるなんて珍しいですね。ルビー様のことで何かあったのですか?」

「もうすぐルビーの誕生日だ。エマ、君にも話を聞きたかった。どういうお祝いをすればルビーが喜ぶか意見が欲しい」

「ルビー様は、陛下がお考えになったことであれば何でも嬉しいと思いますよ」

「そうは言うが、これは初めてのパーティーでもある。ルビーにがっかりしてほしくない」


 エマは抱えていた野菜のバスケットをゆっくりと床に置いた。


「陛下。それは、ルビー様を信じていないということですか?」

「なぜそういう話になる」

「ルビー様が真っすぐで清らかなお心を持つ方だということは、陛下もよくご存知のはずです。何より今のルビー様は心から陛下をお慕いしていらっしゃいます。僭越ながら今のお言葉は、そんなルビー様のお気持ちを疑うように聞こえました」

「……」


 エマの言葉を受けて、セオドアは返答に詰まる。

 そんなふうに思ったことはなかったが、喜ばせたいと思うあまり、結果的に本質を見失ってはいなかっただろうか。


「……君の言う通りだ」

「出過ぎたことを申し上げて、申し訳ございません」


 エマは深々と腰を折る。


「構わない。これからも俺の言動に行き届かないことがあれば、遠慮なく指摘してくれ」


 セオドアは執務室に戻り、改めて今回のことについて向き合った。

 背伸びすることはやめ、今の自分が考えうる中で一番ルビーが楽しんでくれそうなお祝いを考えた。


(格式高い祝宴よりも、賑やかで気兼ねなく過ごせる方が心地いいだろう)

(中央から一流料理人を呼び寄せようと思ったが、一緒に旅をした土地の料理を取り寄せてもう一度味わうのも話に花が咲きそうだ)

(ルビーが呼びたいと思う者は気兼ねなく呼べるように、室内ではなく庭園でやるのもありだな)

(前にログハウスの畑を耕させてもらったが、鍬が刃こぼれしていた。宝石ではなくて新しい農具と砥石のほうが喜ぶかもしれない)


 ――そうして作り上げた誕生日パーティーは、皇妃の祝宴としては控えめなものであったが、和やかな雰囲気に包まれあちこちに笑顔が咲いた。

 成功か失敗だったかは、ルビーの表情を見れば一目瞭然。

 アーノルドとエマ、そしてマイケルもほっとして胸を撫で下ろし、幸せそうに寄り添う皇帝夫妻を眺めながら、満開の桜の下で乾杯するのだった。


近々本作に関して新しいお知らせができる見込みです!

それに際して1章分程度新しいエピソードを書いて連載したいと思うのですが、読んでみたいネタがあったらぜひ感想欄からコメントいただけたら嬉しいです。

いつも応援していただきありがとうございます。

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