エピローグ
その日のうちに、ルビーとセオドアは皇城に帰還していた。
旅の終わりから休む間もなく続いたアクアマリンの襲来に、冥府への救出劇。それらすべてが丸く収まった形となり、二人は心から安堵していた。
「怒涛の日々だったな。疲労が溜まっているだろうから、しばらくはゆっくり休んでほしい。これからは穏やかに毎日が続いていくのだから」
皇妃の部屋でソファに座るセオドアは、自分に身を寄せる妻の頭を撫でながら労をねぎらった。
「いえ、すべては妹が原因だったのです。陛下を巻き込んでしまって、ほんとうにすみませんでした」
「もういい。万事想像以上に上手く収まったのだから、結果的には良かったのだ」
自分の治世にラングレーが豊かになる未来がみえるなんて、これぽっちも想像していなかったことだ。
我慢ばかりさせていた民を、近い将来に必ずいい暮らしができるようにしてやれることが、セオドアはなにより嬉しかった。
「ルビーのおかげだ。俺とこの国を選んでくれてありがとう」
「こちらこそ。陛下と離縁しなくて心からホッとしています」
いたずらっぽくルビーが微笑みを返す。
妹の身代わりにこの国に嫁いできて、顔を合わせた三秒後には偽物だとバレて。あの日からあっという間に一年が経ったのだ。祖国の塔で暮らしていた年月よりずっと短いのに、比べ物にならないほど濃密で目まぐるしい年月だった。
毎日何も考えずにのんびり過ごすことはできなくなったが、今の自分はかけがえのないものをたくさん持っている。それを守ることが幸せであり生きがいだと実感していた。
セオドアは愛おしそうに彼女の頬に触れ、しみじみと幸せを噛みしめる。
「……そういえば、まだきちんと伝えていなかった」
「なんのことです?」
おもむろに目の前にひざまずいたセオドアを不思議に思う。
彼はルビーの手を取り、まっすぐに無垢な瞳を見つめた。
「俺と結婚してほしい。ルビー、君だけに永遠の愛を誓う」
「……っ!」
はっとして息を呑むルビー。
「陛下……」
「どうかセオドアと」
細く白い指に、いつの間に用意していたのか大粒のルビーがあしらわれた指輪が通される。きらきらと輝く宝石を守るような金細工はセオドアの瞳の色にそっくりだった。
「――返事を聞いても?」
優しくセオドアが訊ねると、ルビーはじわりと頬を染め、大輪の薔薇のような笑顔を咲かせた。
「はいっ! わたしも心からセオドア様をお慕いしております!」
――セオドアの身体がそっとルビーを包み込み、彼女もそれに応える。
ふたりはようやく、本当の夫婦として結ばれたのだった。
この日からルビーは皇妃の部屋に住み続けることとなる。森のログハウスは再建されたものの、皇妃のスローライフは休みの日限定となるのだった。
◇◇◇
――物語のその後を少しだけ。
半年後に執り行われた結婚式は国を挙げての盛大な慶事となり、猛毒の大聖女を一目見ようと各国の君主もこぞって列席を希望した。
しかしその中に花嫁の祖国であるベルハイム王国の名はなかった。二人の娘を失ったベルハイム王族は求心力が低下し、かねてからの横暴ぶりに不満を抱いていた勢力によって革命が起こった。新たな国家が誕生し、旧王族や甘い汁を吸っていた貴族らは辺境に幽閉されたという話だ。
冥府に取り残されたアクアマリンは、嫌悪していた『醜い魔物』たちにしぶしぶ頭を下げ、魔王城の召使いとして働いている。「こんなはずじゃなかった」と毎日ブツブツ呟きながら城を徘徊する姿は、裏で「黄泉の怨霊に擬態しているのか?」と陰口を叩かれている。
ラングレー帝夫妻と冥府は交流を続け、人間界ではしばしば休暇を楽しむ魔王の姿が目撃された。
夫妻は沢山の子宝にも恵まれた。仲睦まじく笑い声の絶えない一家は国民から親しまれ、永く続く平和な時代の始まりとして後世に語り継がれたという。
(了)