表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/73

六話

 アクアマリンの代わりに嫁入りしてから十日が経った。

 この間セオドアは一度も妻、もといルビーの元を訪れなかった。完全に放置である。

『偽者王女は皇帝の怒りを買っている』というのが城内の共通認識だったが、当のルビー本人だけは、何一つ気にしていなかった。

 離宮には今日もはつらつとした声が響く。


「おはようエマ! 今日もいい感じに曇っていて過ごしやすいわね。朝食の準備をありがとう」

「おはようございます、ルビー様。ポイズンラット様とブラッキー様用のお食事も整っております」

「わたしがやるからいいのに! でも助かるわ。ありがとう!」

「いえ……。ただでさえお食事を共にさせていただいているのです。わたしは仕事でお返しすることしかできません」

「真面目なのね、エマは」


 食卓にはルビーとエマの食事が。床には眷属たちの食事が用意されている。今日も相変わらずパンと芋とスープというラングレーお馴染みのメニューだ。


「キュイィ~ン……」


 食事を見て細い声を出したのはブラッキーだ。口をつけず、長い首を倒してうなだれている。


「どうしたのブラッキー。食欲がないの? どこか調子が悪い?」

「キュゥン」


 首を横に振るブラッキー。

 横で食事にかぶりつくマイケルが彼の異変に気がつき、何やら二匹で話し込み始めた。


「……チチッ。チッ、チチイッ!」

「え? 食事が毎日同じでしんどい? お芋はもう食べたくないって?」


 マイケルの通訳でルビーはブラッキーの主張を把握した。


「贅沢を言ってはいけないわ。わたしたちは居候させてもらってる身だもの。満腹になれて栄養もあるのだから、これ以上ありがたいことはないのよ」

「キュウ。キューン……」

「チチィ、チッチッ。チ~ッ」

「ブラッキーは今まで果物やお肉を食べてたって? お芋は食べる習慣がなかったから食が進まない?」


 よく話を聞いてみると、ブラッキーは単にわがままを言っているのではなく、食べ慣れないものばかりが出るので食が進まないと言っているようだった。

 そうなると、少し可哀想な話ではある。確かに鳥が芋を食べるイメージはあまりない。


「ねえエマ。ブラッキーのために少量でいいのだけど、果実やお肉をいただくことってできる?」


 尋ねると、エマはすまなさそうに眉を下げる。


「申し訳ございません。わたくしは以前厨房周りにいましたので状況がわかるのですが、ラングレーにおいて果実や肉は非常に高価です。平民ですらなかなか口にできないくらいですので、ブラッキー様用にいただくことは難しいかと思います」

「そうなの……。わがままを言ったみたいでごめんなさい。ラングレーは農作物があまり育たないのだったわね」

「はい。冥府から流れてくる瘴気に当てられておりますので、土も質が悪いのです。家畜が育たないわけではないのですが、餌となる牧草自体も高価なため、生産量は限られております……」


 ――『瘴気』。この国に来てから何度も耳にした言葉だ。

 エマに尋ねると、空が濁って暗いのも瘴気のせいだし、冥府から湧き出る魔物が勢いづくのも瘴気のせいだという。

 農作物もこのホッフェン芋や、味は落ちるが安価なバイフェン芋くらいしかまともに育たないので、多くの食材は輸入するしかないという。


「こちらのスープに入っている僅かな野菜も、庶民の半年ぶんの給金を出して購入していると聞いています。一般の国民は普段バイフェン芋しか食べられません」

「そんな厳しい状況とは知らず、呑気なお願いをしてしまったわ。どうか許してね」

「いえ……。わたくしこそ出過ぎたことを申しました。申し訳ございません」


 いつもより神妙な気持ちで朝食を終えたルビーは、さっそく離宮の外に出る。

 空を見上げると、やっぱり今日も混沌として濁っていた。

 長らく幽閉されていたからか、自分にとってこの薄暗くて濁った空気は心地よく感じるけど、他の人はそうではないみたいだ。


「ブラッキーの食糧問題を解決しなきゃいけないわね。いただくことは難しいから、自分で育てられたらいいんだけど……」


 要は土の質がどうにかなればいいということになる。あとは瘴気から守れたら実をつけるまで育つだろう。

 ルビーは考え込みながら、何の気なしに地面に手を触れた。


「…………! この土、わずかに毒を含んでいるわ」


 手のひらから伝わってくる本能的な感覚が、彼女にそれを知らせていた。

 さらに感覚を研ぎ澄ませていくと、どうやらその毒の出どころは空気全体に充満しているということがわかった。


「もしかして、この瘴気っていうのは有毒ガスみたいなものなのかしら。それが染み込んでいるせいで土地が痩せていた?」


 矛盾は思い浮かばなかった。

 もしこの考えが合っているとしたら、毒使いのわたしならどうにかできるかも……?

 先日森の池を浄化できたし、やってみる価値はあるとルビーは決意する。

 ぎゅっと目をつぶり、両手を組んで祈りを捧げる。


(この毒された土地を助けたいの。お願いします……!)


 すると、あの日のように頭の中に呪文が浮かび上がる。ルビーは噛みしめるようにその言葉を口にした。


「ルビー・ローズ・デルファイアの名に於いて命ず。哀れな大地よ、我が猛毒をもってその穢れを晴らせ」


 詠唱と同時にルビーの身体から黒いモヤが立ち昇る。それはみるみる離宮の中庭を覆っていき、そして竜巻のように天に向かってへ昇華されていく。

 風の後に残された大地は見た目こそ変わらなかったが、ルビーが手を触れてみると完全に解毒されていた。


「やった! できたわ! この辺り一帯の瘴気も晴れたみたい。ベルハイム王国と同じ空気の味がするわ」


 弾む気持ちで確認すると、ルビーの住む離宮の敷地内は完全に正常化されていた。土はたっぷりと栄養を含み、空気も爽やかで美味しい。

 これまで空気の味など気にして生きてこなかっただけに、こうして意識してみると毒がないだけでずいぶん味が違う。


「それにしても、あの呪文の『我が猛毒をもって~』ってなんなのかしら。池の時も同じ文言があったように思うけど」


 結果的に毒を消しているのだから、猛毒という単語が出るのは変だと思った。

 少し考えてみたがわからないので、ルビーはブラッキーの食糧問題に頭を戻す。


「お庭に畑を作りましょう! 土を耕して種を植えればいいのかしら? やり方がわからないからエマに教えを請わないとね!」


 ルビーはさっそくエマに種の手配と農耕の手ほどきをお願いした。

「そんなことをなさっても、土が悪いから育ちませんよ」というエマは、ルビーがいくら「毒を除いたから大丈夫よ!」と言っても信じなかった。変わり者の偽者王女がまた変なことを言っているのだろうと相手にしなかったのである。


 だから種をまいて一週間後――耕した大地から鮮やかな緑が芽吹いたとき、エマは自分の目を疑ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ブラッキーは果物を食べていた!毒ありでもオッケーなんだろうな。一緒に森に行けば餌探しできるんでない?
[一言] 毒を殺す毒か
[一言] いったい誰が教えてくれてるんでしょうね呪文……そのうち明かされるかしら(;'∀')
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ